虹が虫偏なのには理由がある
一人ヒャッハーしているソワラを除き、他の面々は『
大きさが縮んだ所で能力値が大きく下がった訳ではなく、縮小した身体を伸び縮みさせ、大蛇は素早く尾と牙による連撃を繰り出してくる。
上に下に右に左に。関節の数が多少減らせていようとも、元が蛇の類だ、限界がある。
今もまた、胴をくねらせた反動で豪快な薙ぎ払いを繰り出す傍ら、ラルヴァンに向けてその喉首を噛み千切らんと牙を剥く。
大蛇がその身をくねらせ不格好にも連撃を繰り出さんとしたその刹那、素早くクリフが手槍を差し込み大蛇の牙を打ち据える。それが齎したのはほんの少しの停滞であったがその隙に、素早くラルヴァンが身を翻した。
間一髪か、硬質化した皮膚と擦れた大蛇の牙が音もなく火花を散らす。
尤も、今の交錯は痛み分けと言ったところか、顔を引いた大蛇の口の端がほんの僅かに欠けていた。一瞬の交錯のその隙に、ラルヴァンが叩き込んだ斬撃は都合四度。
回避のための、或いは反撃のための余力を残した最大限の連撃は、而してほんの僅かな傷を残したのみ。
何度目の交錯か、繰り出した斬撃の回数も両手両足の指では数え切れない程のその果てに、漸く目に見える成果が現れたと思えばそれだ。嫌気の差すほど頑丈この上ない大蛇に対し、さしものラルヴァンも軽く肩を竦める仕草を見せた。
その視線の先には後方でアルケを抱えて、今しも大蛇の攻撃圏内を脱したばかりのソワラが居た。声など聞こえないというのにも関わらずドンピシャのタイミングで振り返ったソワラの、動かぬ彫像である事を忘れたその顔に、青筋が勢いよく浮かび上がる。
単純なハンドサインのみで互いの意思を過不足無く伝えあった二人、正に以心伝心と言えるだろう。尤も互いの顔に青筋を浮かべ、下品なやり取りに終止していなければ、の話ではあるが。
何らかのやり取りを挟み、その上で大蛇からの攻撃を捌いた二人は同時に地を蹴り走り出す。
向かった先は当然の如く巨大な大蛇の下、距離の関係から先んじたラルヴァンが大蛇の牙に向けて斬撃を放つ。
踏み込む一歩、鋼の如き肉体が隆起する。息を一つ、赤熱した筋肉が蒸気を発する。
呼吸による
それを裏技によって自由自在に引き出せるからこそ、彼は『サウラン』有数の強者として広く知られているのだ。
後先考えない現状出せる最大火力、目にも止まらぬ八連撃が襲い掛かる。
剣聖の技能『無窮錬』。自身の保有する強化技能を前提条件を無視して熟練度に応じた個数、
対象が自身の物に限られる、同じ技能は重ねられない等、幾つかの制約があるものの、使いこなせれば強力無比なこの技能。最大の問題は剣聖へと辿り着ける者の少なさだろうか。
本来ならば、時間を掛けて到達しうる至高の領域。それを一瞬でものにする暴挙。
一閃一閃に
先までの剣戟とは比べ物にならないほどに練り上げられた剣閃は、今までの苦労が何だったのかと言いたくなるほど、容易く大蛇の牙を圧し折ってみせたのである。
その直後にあっさりと、大蛇の尾に引っ掛けられてあらぬ所へと放り飛ばされたのは、ご愛嬌と置いておこう。
コバエを振り払ったその動きの隙に、幾分かぎこちない動きで突っ込んできたのは二番手ソワラ。この戦闘の火蓋を切って落とした初擊の如く、幾重にも呪文を絡めた一太刀を振るう。
腰の
ただの数打ちの鉄剣、
踏み込むその間を利用して、一つの呪文を行使したソワラ。
それら特化した分岐を辿らず、愚直なまでに正道を突き進んだその末路。
さらに言えば呪文の行使にも、武器戦闘にも特化しなかったその
即ち、捧げられる対価を捧げつくしたその果てに、幾つかの選択肢からなる
『
その身に宿した神秘に内から焼かれて朽ちた剣たち。
過剰なまでの強化に加え一撃だけを条件に、武装の
単純故に強力無比な、己が身を顧みぬ自爆呪文。
起動させなかったそれらの呪文を宿した武器、一定の間隔で配置されたそれを直上から眺めたのならば、その位置を結んだ線が
誓言を紡ぐ。誰に聞こえずとも、己が身の内を震わせる為に。
計算されつくした配置によって象られた魔方陣が、精緻極まる身体操作によって編み上げられた
果てへと至った者のみが知り得る
超常との契約を由とする誓約召喚者のそれは、契約を交わした存在との問答によって定められる。
であれば、
抜き放った剣を天へと翳す。
これは祈りではなく、願いでもない。
魔方陣へと神秘が注がれ励起する。
耐久力を消費して、単純な力場を形成するだけの呪文。それが魔方陣の辺と角を為す武器へと働き掛ける。
強制的に攻撃判定を当てられ起動した武器たちが、次々に爆ぜ散ると共に魔力を撒き散らし塵となる。
そうして、励起した魔方陣が更に魔力を注ぎ込まれ、次なる段階へと変成する。
それはあたかも花が蕾へと巻き戻るかの如く、魔方陣の中心で剣を構えるソワラを包み込む。
静かに掲げた剣を振り下ろしたソワラ。
その前には正に牙を圧し折られたばかりの大蛇が、大口を開けて待っていた。
隙があったのかも判らぬ程のその数瞬、ラルヴァンを放り捨て傷を確認するその間隙に、意識の空白とも呼べるその隙間に差し込まれた一撃が、過つ事無く正確に、圧し折られた牙のその対となる位置の牙を切り落として見せた。
瞬く間に牙を二度も折られた大蛇、その直後に現れた変化は目を疑うほどに劇的な物だった。
魔力が渦を巻き『
その姿はまるで昆虫の変態を早回しで進めたかの様。虹色に輝く繭を破り捨てるのではなく、そのまま取り込むようにして再誕を果たしたその姿は、先の大蛇の姿からは大きくかけ離れた物となっていた。
海の様に輝いていた鱗はそのままに、虹蜺の如き燐光を纏い。頭頂部からは優美な角が二対、後方から前方へと向けて冠の様に伸びている。
更には最大の変化はそのシルエットだろう、鋭い爪を備えた手足が一対ずつ。その長い胴から生えている。
蛇足、という言葉がある。無駄な事、無意味な付け足しを意味するこの言葉。而して、手足の生えた蛇とは何ぞやと考えれば、実は一つの答えが浮かび上がる。
嘗て空に架かる
世界を覆う海と大地を繋ぐもの。豊穣を、文明をもたらした偉大な力。
自然の猛威を一身に背負うその概念。
即ち、竜である。
「 」
ビリビリと、魂が振るえる程の咆哮を一つ。
聴こえぬ筈の其れが、一行の耳朶を強かに打つ。
本来であればあり得ぬ現象、それを自儘に振るう暴挙を平然と為す存在。
世界の成り立ちまでその系譜を遡る種族。生まれついての強者にして上位存在たる一種一族の中の一柱。
世界に属する
世界の為に生み出され、今尚その大半は来たるべき時の為に世界各地で眠りについている調停者たち。
神話に謳われし世界の守護者、その一柱の成れの果てが、一行へと向けて本格的に牙を剥く。
音も届かぬこの空間にあって、咆哮一つで一行の動きを縛り付けた『
彼我の体格差もあれば、位階の差も当然に。
救いはほんの小手調べでしか無かったことか、クリフの構えた楯を断ち割り、咄嗟に翳したソワラの鉄剣を圧し折ったそれも、本気であったなら一人二人は死人が出ていたに違いない。
元より安全圏に居たアルケも、放り捨てられたが故に離れていたラルヴァンすらも、その一薙ぎに籠められた神秘の余波で立つことすらも儘ならないのだから、どれ程驚異的かは想像に難くない。
位階も種族も、尋常ならざる虹霓竜。霊素に依ってその身の大半を象った、生ける現象とでも云うべき代物。
只の身動ぎの余波ですら、力無き者では一溜りもない程だ。
未だ膝を着いたままのアルケに対し、曇り一つ無い剣を構え吶喊したラルヴァン。
武器を取り出す事も儘ならない程に追い込まれていたソワラの前へ、無理繰りにでも割り込みに入る。
楯を割られたクリフはと言えば、こちらはこちらで尾による連擊を捌くので手一杯と云ったところか。
呪歌を用いた支援行動を行えない事もあり、その動きは精彩を欠いたものとなってしまっている。
尤も、単独戦闘を想定した
他方ソワラは戦士職能などは一切無いが、それはそれとして中身の技量は一行どころか世界を見ても、上から数えて両の指の内には入るだろう程。
それであっても格上相手は流石に手も足も出ず、どうにか逃げ回るのが精一杯と云ったところ。
三人掛かりであったとしても到底対処出来る領域にはなく、而して無様を晒しては居ても、どうにかこうにか戦闘事態は続行できている。
それもその筈、ここには四人居るのだから、そう易々と崩れる事などあり得ない。
尤も、あくまで凌げているのみ。
ここから先更なる猛攻を前にして、何処まで一行が追い縋れるのかは正に、神のみぞ知る、と云ったところなのであった。
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