Re:ヴァース WORLD Ouverture ~すちゃらか楽団珍道中~

五十鈴砂子次郎

割とありふれた世紀末感


 お天道様がさんさんと、頭上に鎮座するうららかな昼差がり。


 ありふれた辺境の農地。獣除けの柵が並んだ小麦畑の中で、実りゆく穂が爽やかな風に揺らめいている。

 畑がやおら黄金色に色づいてゆく、夏の盛りに。


 農夫らの話し声も鳥のさえずりも聞こえない、息づく者の居ないかのように静かなひと時に。


 恵みの雨を浴びて健やかに伸び行き、収穫の時を待ち望む畑へと、その歩を進める一団があった。


 身に着けたるは己の力を示すための首級トロフィー勲章まみれの素肌をさらし、刃こぼれ傷ついた思い思いの武装を手にしたその姿は、長閑な日常には相応しくない装いで。

 事実我が物顔で歩く一団は、而して日常には登場することの無い怖気だつような化け物ばかり。数々の英雄譚にて謡われる、悪逆非道を為す悪鬼バルログども、その姿であった。


 悪鬼どもは行く手を遮るものなど何もないというかの如くに、しわぶき一つとてしないあぜ道を、穀倉地帯ひいてはその先の城郭都市パレッサを睨み付けるかのようにして進んでいた。


 それもそうだろう、一団の先頭を行くのは見上げる首が折れんばかりの巨体を誇る矮巨人トロール種の中でも、一際凶暴であることをその呼び名の所以とする矮巨人トロール屠殺者ブッチャー達。まだらに赤黒く染まった肌が、浴びた返り血の濃さを示す。


 そのすぐ後ろ、異界辿移種フィーンドを源流とする地這種レッサーの一種である赤燐蜥蜴ザラマンデルがのっさりと闊歩する。その丘の如き巨体を揺すり、高熱を発する体液と外皮で、街道に焼け焦げた轍を残していく。


 赤燐蜥蜴に輿を引かせた即席の戦車チャリオットに乗り込むのは、で出来た魔術書バインダー護符タリズマンを身にまとった人喰鬼オーガ魔術士ウィザード隊。悪趣味な装束は、さながら自らの戦果を示すための殺害申告板スコアボード


 さらには蛮神ビコガヴィルの敬虔な信徒であることで知られる有翼鬼ガルーダの熟練の神撃戦士インセンスターらが空を舞う。毛皮の装束は前面のみが薄汚れ、その跡を誇示するかの如く胸を大きく張っている。


 2対の腕で強靭な弓を引き、四足獣の下半身によって縦横無尽に動き回る。重装兵殺しの名でも呼ばれる猿獣鬼アンドレアスの部隊が両翼を固めている。


 両手両足の指でも数えられないほどのは、脆弱な人族ヒューナスの守る砦など鎧袖一触にできるほどの戦力であり、こんな畑しかないような辺境に出ていい戦力ではなく、小鬼グレム獣鬼バグベアを伴わぬその威容は悪鬼どもの本気度を示しているかのようだった。


 一糸乱れぬ行軍とともに空気すらも踏みしめるかのように、重厚なオーラを振りまきながら一心に突き進む悪鬼どもの一団に。世界は悲鳴を上げ青空すらも昏く染まり、どこからともなく軽妙なメロディが流れ出すかのような……



 ……軽妙な?……



 その歩様こそ乱れぬものの一斉に立ち尽くす悪鬼どもの軍勢。

 見晴らしの良い街道沿い、人族の一軍にも匹敵する自軍の兵力ゆえに斥候の類を放っていなかったのは油断か否か。屠殺者はその身を深く沈め猿獣鬼らが射線をとるためにゆるく散開しだす。


 有翼鬼らが高度を上げさらに先を見通そうとした、その間際、

ブットうしろだ!」

 軍勢の中央に陣取っていた魔神デーモンが鋭く一喝したその瞬間、一団はその隊列を崩さぬままに後方へと再展開を果たしていた。


 なるほどまさに、見晴らしの良い街道沿いをこれだけの軍勢に気付かれずに近づこうと思えばとりえる手段などそう多くはなく、上は有翼鬼らが占めているともなれば残る答えは後方一つ。

 瞬時にそれに至り声をあげて見せた魔神へと、称賛の声をかけるべく人喰鬼魔術士が横を向くと……


「あん?どこにいk」


 無音……くるり、くるりと回る視界の中で、一つ、人喰鬼は思い出す。魔神の中には敵対者を道連れにするため死者の声ラストワードを発することができる種がいることを。

 そしてこの一団の中にいた爆焼魔人ボンバイエこそがその内の一種であったことを。


ザレシュッ突撃ぃ!!」

 もはや一刻の猶予もないと人喰鬼が声を上げ、人族らしき影へと、放たれた矢の如く屠殺者らがうなりをあげて襲い掛かる。猿獣鬼らは素早く広がり、一体が前方で大盾を構え二体が後方から弓を構える十八番のスリーマンセルで間合いを詰める。

 人喰鬼が魔術書を開き素早く呪文書スクロールを引きちぎるや否や、三度、音もなく死神の鎌が振り下ろされ魔術師の首が宙を舞う。


「蜥蜴ッ!何をしている!動けっ!動かんかぁ!」

 そも、地を這いながら遊弋種グレーターをも捕食する、赤燐蜥蜴に戦車を引かせているのにも関わらず、再三狙撃を受けているのか、その答えがであった。


 夢うつつ、等という単純なもの、

 対象の精神を精髄世界アストラルへと導き終わりなき悪夢へと耽溺させる、数ある呪文の中でもいっとう習得、行使に習熟を要する『悪夢への招聘ナイトメア・トゥ・デイズ』の呪文である。


ブラツ降りろ!早くしろっ、ただの的だぞ!」

 一際貫禄ある有翼鬼が人喰鬼たちの頭上から声をかける。それは猛禽の頂点と自らを誇り霊長のすべてを下位種と蔑む有翼鬼らしからぬ、悲痛なほどの叫びであった。


 さもありなん、彼らの身を襲うは見るも能わず聞くも能わぬ、不可避にして絶対の力。空に住い力を誇示する彼らだからこそ、その脅威を、無慈悲さをよく知る死神。


 『砕けた知恵の実アヴィ・グラフィスィカ


 生きとし生けるものすべてがその軛に囚われて離れられぬ絶対の法則。

 万有引力の法則による、という結果をたたきつける、禁断の呪文戦術級呪文である。


 それは上空の有翼鬼達を柘榴の如く地面に打ち捨てるだけではなく、前方を行く屠殺者達すら巻き込み突撃の勢いを大きく削ぎ落していた。

 万全の状態であれば屠殺者が敵陣を叩き割り、その後猿獣鬼達による十字砲火が敵対者の命の灯をたやすく吹き消していったであろう、だが、しかし。

 都合6の部隊からなる、24の強弓による一斉射は、小細工の類などを用いずとも重装歩兵密集陣形ファランクスをたやすく引き裂くこともできるのだ。

 いわんや大きく数に劣るたかだかぽっちの人族など、この一射で全て片がついても可笑しくは、ない。


 それらが、いつも相手にしていた脆弱な人族のにあたるのであれば。


「「「じゃかましいぃ!!!」」」

 キィィン、とどこか無機質な、生理的に嫌悪感を掻き立てるような音と共に、大音声で告げられたそのだけで、板金鎧プレートアーマーすら貫く弾幕がその威を発することもなく、散々に吹き散らされていった。


「「「矢弾なんぞ効かんわっ!、おのこならば槍を持って掛かってこんかぁ!!」」」


 戦域すべてに届かんばかりのその声は、しかしてだみ声、どら声の類にあらず。

 深く腹の底に響くような重低音バス、敵対者には畏怖を、庇護者には安心感をもたらすような、漢らしい声であった。


 その威容もまた漢らしく、見上げるほどの巨体を輝かんばかりの、而して傷だらけの板金鎧に身を包み。手にはこれまた歴戦の、威風堂々たる大楯を携え。手槍を逆手になぜか石突を顔元に近づけ、仁王立ちに構えている。


 猿獣鬼らは狙いを変えて偉丈夫の後方、いまだ動きのないように見える後衛へとその矛先を転じていく。折しも呪文の軛から脱した屠殺者達と挟み撃ちにする形へとその陣形を変えんとした、その刹那。耳に届いた一つの音。


 不意に、足元にネズミが飛び込んだ。不意に、大きな石ころに足を取られた。不意に、飛んできた花に視界を取られる。不意に、不意に、不意に。

 その一糸乱れぬ連携が、一瞬にして瓦解した。縺れ、躓き、転び、拉げる。猿獣鬼達は一切を理解できず、されど致命的なを敵対者たちが繰り出したことを悟った。


「そこで臥して、聞き届けるんだ。これは、君たちへ送る鎮魂歌レクイエムだよ」


 地の底から湧き上がるような重低音。4本の弦で奏でる重厚な拍子リズム。それはまさに、紛うことなく、弦楽器であった。

 戦場で爪弾くには些か不釣り合いなそれは、而して目を向ければ、その一団の中ではそう大きく外れた装いでもなかった。


 手槍マイクを構える偉丈夫の歌い手ヴォーカル、最後方でいつの間にやらセットを完了していた小さな重奏鼓手ドラム。その左方、すらりとした長身を、これまたすらりとした燕尾服に身に包んだ鍵盤奏者キーボード。歌い手の、それぞれ両隣後ろに構えるのは、まるで鏡写しのごとき装い風体の六絃琴ギター四絃琴ベース


 それは、まさに、紛うことなき、音楽隊バンドマンの姿であった。


 戦場には似合わぬその佇まいは、而して悪鬼には関係の無い物。ましてや散々いいようにやられてきた屠殺者らにとっては、敵対者の姿を見つけたそのことで怒りの頂点に達するのみ。


 『怒りの発火フレンジィ


 神代を生くる巨神タイタスの血を引く矮巨人種は、総じて魔道士ソーサラーとしての素養を持つ。それは理性を半ば捨てたようにすら見える屠殺者達ですら変わりなく、知性ではなく感情によって励起する魔道呪文との親和性は、実のところ通常種よりも高くすらある。


 その血が沸きたてる怒りのままに、目に見えるすべてを鏖殺せんと再度突撃を敢行しようとしたその最中。敵中から一人、飛び出す影が。


 は屠殺者達が構えをとるよりも迅く、滑らかに、果断に。その首を、手足を切り飛ばしていった。


「演者へのおさわりは、お控えくだサイッ!」


 今時、飾りの一つもない実直な鉄剣を片手に、その肉体美を惜しげもなく外気に晒し、局部を守るは限界ぎりぎりのブーメランパンツ、グローブとブーツ、それにマントを身にまとったその姿は、まさに英雄ヘンタイというに相応しい立ち姿であり。

 一切惜しげもなく曝され振るわれるその肉体の躍動と技巧は、これぞ剣技の極致と言わんばかりのものであり、その一閃にて手足が宙を舞っている。


 他方、ようやく赤燐蜥蜴の死体を盾とすることに成功した人喰鬼達が、各々援護のための呪文書を行使していく。

 それらの援護を受けて、体勢を立て直した残り少ない有翼鬼達がようやく敵を視認したときには、すでに屠殺者と猿獣鬼達は


「な、なにが、おきた、なにが」


 齢300を数える歴戦の有翼鬼神撃戦士の長ですら、状況の理解を拒むほどの惨状が広がっていた。

 たった前は何もなかったはずのそこには、かろうじて数の判別ができる程度に解体された屠殺者が、猿獣鬼に至っては何かものすごい力で、一纏めにような痕跡が点在しているのみとなっていた。


「ビ、ビチャラくそがブラツ降りろッ、蜥蜴の後ろに隠れるんだ!」


 有翼鬼の長として撤退の判断を下すことは、その長い生涯の中でもの経験はあったが、それでもここまで酷いものではなかった。這う這うの体で隠れた有翼鬼達の耳に聞きなれぬ旋律が流れ込んでくる。


 は軽妙でありながらもいくつもの響きを孕んで、聞きなれぬ音ながら耳に心地よく、体の内より安らぐような、心地よさに身を委ねたくなるような、そんな、いつまでも聞いていたくなるような、すべてを投げ出してしまいたくなるような、そんな……


覚醒アウェイクッ!……すまん、俺は……ここま、で」


 たたきつけられたのは呪文か、それとも魂からの叱咤か、いずれにしろ、もはや残ったのは有翼鬼の長一体のみ。


 自らが刃を交える暇すらなく、悪鬼の軍勢は消滅していた。


「もはや、ここまでか。……せめて尋常なる名乗りを!」


 聞き届けるとも思わぬことを承知で声を上げる。せめて、せめて一矢報いるため。名乗りを上げるそのタイミングで、せめて一太刀入れることができたのならば、蛮神の下で沙汰を待つ彼らに吉報を届けることもできるのだが。


「……良いだろう。聞かれたのならば、答えることは吝かにあらず」


「では、失礼して。……「「「遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ!!」」」

「「「我らこそ、辺境の荒野を褥とし、人跡未踏を渡り歩く!」」」

「「「東に困ったおばさまあれば、ライブを開いて励まして、西に迷ったクソガキあれば、引きずり回して家路につける!」」」

「「「北に悪鬼出たとありゃ、おっとり刀で駆けつけて、快刀乱麻に悪を断つ!」」」

「「「南のほうで姫様に、お褒めの言葉を戴けりゃ、這う這うの体で城から逃げだす!!」」」

 

「「「我ら!辺境!!『すちゃらか楽団バンドマン』!!いざ、惨状!!!」」」

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