真実は、いつも一つ!



 ――うららかだった昼下がり、お天道様は相も変わらずお空の上で、お大尽を気取っているそのさなか、白昼堂々と起きた大事件。隣のおうちのザヴォエル君(仮)とそのお友達を挽き殺した犯人とは――


「後半へ、続くぅっ!」

「バカをやってないで手伝え、このスカポンタン」


 そよ風の吹く、長閑な街道沿い。

 鳥のさえずりが遠間から聞こえてくる、けだるげな陽気には。


 およそ似つかわしくない、殺戮の跡と格好の一団がそこにいた。

 

 一人は板金鎧プレートアーマーを着込んだ鉱石人種ガリアン。見上げるような背丈の偉丈夫で、その灰礬柘榴石ツァボライトの肌を陽光に煌めかせながら、手槍の手入れに勤しんでいる。


 双子だろうか、鏡写しのごとき風体の真人種アルヴが二人。そろいの背広の三つ揃えで固めている。


 片方は深緑色の外套を豪奢な緋色の留め針フィビュラで留めている。黒緑の怜悧な装いながら、快活陽気な表情が青年の雰囲気を軽く仕立て上げている。

 もう片方はカーキ色のトレンチコートを颯爽と着こなしている。片割れよりは幾分幼い表情ながら、胸元に除く碧いブローチが洒脱な雰囲気を醸し出している。

 

 大きく視線を下げると、そこにはずんぐりむっくりな坑削人種ドヴェルグの姿が。大きな鉄の箱を背負い、双子と共に転がった装備品を集めていくその姿は、もはやどちらが本体かわからぬような有様を見せていた。


 他方、此方はさらに猟奇的な。

 並んだ死体の前で腕を組みながら唸っているのは、蒼髪の半魔人種インヴォル。愁いを帯びた碧黄の虹彩異色症ヘテロクロミアが、何処か退廃的な雰囲気を醸し出している。


 その横で死体を並べる猟奇的な活動に勤しんでいるのは、白金色の髪を短く刈りこんだ汎人種ヒューリン。貴公子然とした金髪緑眼の首から上とは打って変わって、首から下は局部を守るブーメランパンツにグローブ、ブーツにマントと変態丸だしな姿である。


 まるで、一仕事を終えたばかりの農夫のような、気だるげな雰囲気を纏いながら。

 この度の珍事件の後始末をしている一行であった。


「珍しいですね。こんな所で赤燐蜥蜴ザラマンデルなんて。普段はもっと。熱いところに住んでいるのに」

「このためだけに使役テイムして、連れてきたんじゃない?たぶん魔神デーモンと合わせて、最後っ屁として爆発させる気だったんじゃないかな?ドッカーンってさ」


 鎧袖一触、言葉通りに足らずで悪鬼バルログどもの軍勢を挽きつぶした、すちゃらか楽団バンドマン一行は、いまさらながらに事の次第を探ろうとしていた。


「……残しておくべきか……」

「必要はないでショウ。尋問したところで、彼らがホントのところを話すとは思えまセンッ」

「……そのポーズは……?」

「モストマスキュラー、デスッ!」

「…………ふむ………、…………そうか………」


 前衛組は、死体から形を保っている装具の類を引っぺがして見分していく。見覚えのある刻印や装飾など、手掛かりになりそうなものを虱潰しに。


 他方、後衛組は別の方向でアプローチしていく。


「まあ。話そうが。話すまいが。逃れることは。できませんが」


 半魔人種の青年アルケが、奇麗なままの有翼鬼ガルーダの死体へと手をかざす。

 一際体格のいい有翼鬼だ、生前はさぞ方々を荒らして回っていたのだろう。死体でなければアルケの細腕では抗うことなど出来はすまい。

 強者の死体を恣にするそのことに、ほの暗い悦びを抱えて、アルケは一つの呪文を紡ぎだす。


 『死者との対話スピーク・ウィズ・デッド


 本来交わらぬはずの生者と死者との境を取り払う呪文。

 どんなに口の堅いものでも、たちどころに答えを述べさせてしまう、まさに冒涜的な呪文の一つといえよう。欠点があるならば……


「どこに向かっていたの?」

「ア、ア……アンセット………」


「どこから来た?」

「ツ、ツヴィングトルム」


「何をしようとしていた?」

「人族の町、襲撃」


「他の部隊は?」

「拠点に」


「長の種族は?」

「…………知らない…………」


 この、融通の利かなさだろう。


「つまり?どういうことだ?」

 

 一行の頭目リーダーたる鉱石人種の偉丈夫、クリフエッジが術者であるアルケに問いかける。


「この先にある城郭都市パレッサを狙っていて。ここから山一つ越えた向こうの荒廃地域バンデッタからきて。向こうにはまだ部隊が残っていて。向こうの頭目は不明。このくらい」

「ふむ、なるほど」

「リーダー、その、なんも分からんちゃい、みたいな時になんか言うの、やめた方がいいぜ」

「ふぅむぅ、なあるほどぉっ!」

「いっったぁい!!」


 真人種の青年、双子の片割れソワラがいつものように頭目にちょっかいをかける。その返しはまたいつもの如く、鉱石人種特有の剛力と岩石の表皮を最大限に生かした梅干しコメカミぐりぐりであった。

 他方、痛みに悶えるあられもない姿には、世間一般の人族ヒューナスが持つ真人種としての神性さの欠片もない。


「でも、どうすんの。山向こうに掃除に行くの?いっぱいお迎えが待ってるのに?」


 見目以外のどこが似ているといえるのか、真人種特有の神性カリスマを発しながら、双子の片割れディケイが一行に問いかける。


 さもありなん、山越え自体は彼らにとっては造作もないが、問題は別にある。


「……補給が、できん……」


 一行の中ではストッパーより、坑削人種のオッぺケペーが答える。

 今回は魔術拡張収納装置ストレージ・ボックスを置いてきての旅路のため、普段よりもなお物資に乏しい。

 さらに言えば、こちらは人跡領域グラシア向こうは蛮地。いくら彼らが精強であれど人族の括りである以上、寝食の問題からは離れられぬ。


 そも、今回の主目的は。今から目的を切り替えるとなると、彼ら特有の問題点にぶち当たることとなってしまう。


「そも。これは僕らへの探索譚クエストでしょう。今すぐに取り掛かるより。準備をしてからのほうがいいでしょう」

「そうですネ。これだけの兵力が気軽に来れるのなら、ここは人域とはなっていないでショウ。とはいえ、いつまで安全かは不明デス。いつでも探索譚を開始できるようにしておくのがいいでショウ」


 アルケが棚上げの方策を示す。一行の中ではヘンタイながらも地頭はいい、汎人種のラルヴァンも同調しつつ方針を示す。


 どだい、情報も何もないのに話し合ったところで、出来ることなど無きに等しいのだ。


 一行は当初の目的にのっとり殺伐とした光景を尻目に、のどかな街道をゆっくりと、軽妙な旋律と共に歩いていくのであった。



「リーダーさん、ところで今回の巡業は、どの程度の期間を予定しているんですか?」

「ソワラ、お前また何も言わずに連れだしただろ」

「というよりも、ディケイサン。ちゃんと話を聞いてから来ないと、後が大変ですヨ。今回はちゃんと服とか糧食レーションとか持ってきてるんでスカ?また野兎たちが焚火に突撃していく光景は、見たくはないのデス」

「待った!今回は俺じゃない!冤罪だ、弁護士を要請する!」


「大丈夫です。きちんとお泊りセットは携帯済みです。ちゃんと。おそろいの寝巻も用意しました」



「……色ボケが過ぎる……」



 殺戮の跡など無かったかのように、和気藹々と街道を行く一行。

 お天道様の行く方へ、気まま勝手に、早々にバカ話を広げ、自然体で歩を進める。


 点在していた骸も既に無く、戻ってきた鳥の囀ずりからは、数分前に起きた惨状など、想像も出来ないほどに長閑であった。





 悪鬼の軍勢、それは、数がいれば出来るものではない。


 どだい、協調性、利他主義、知識の集積と研鑽といった、を象徴するものを持たないからこそ、彼等は秩序に在らざる者ノンプレイヤーと呼ばれているのだ。

 

 数を集めた所で烏合の衆の方がマシ、縄張り争いを繰り広げ、最終的には屍の山の出来上がり。


 何てことも珍しい事ではない。


 それでも、悪鬼が群れるのは、生存戦略以上の理由がある。



 それは、力による支配、ただ一つ。

 


 そうして出来上がった軍勢が、人族ヒューナスの国を蹂躙することもまた、さして珍しい事ではない。


 それでも、今は無きその光景を、他の者が見ていたなら、少しばかり話が違っていたかも知れない。


 矮巨人屠殺者トロールブッチャー、七体。

 猿獣鬼アンドレアス、十八体。

 人喰鬼魔術士オーガウィザード、六体。

 有翼鬼神撃戦士ガルーダインセンスター、七体。

 赤燐蜥蜴ザラマンデル、一体。

 爆焼魔神ボンバイエ、一体。



 計上合計リザルト


 討伐数、四十体。


 逃走数、零。




 頑強な砦に籠った人族の一軍に、壊滅的な被害損失率五割を与えられるだけの戦力を、殲滅全損する等、尋常な業ではあり得ない。



 況してや六人ぽっちでなどと。



 本来で在れば、幾つもの城郭都市が陥落し、事態を重く見た崑崙コンロンが動きを見せるまで、悪鬼による悪逆無道が繰り広げられていたことだろう。


 勝鬨を上げる人族たちが戦記の演目を終えるまでに、どれ程の人間の血が、涙が流れるのか。


 

 あるいは、その途上で有志らが立ち上がったとして、悪鬼どもの暴虐をどれほど押しとどめられたものか。


 矮巨人屠殺者一体だけでも、腕利きの傭兵が六、七名は欲しいというのに。

 どれだけの規模の傭兵団マーセナリーなら、武装商社カンパニーなら、これだけの規模の軍勢を相手どれるというのか。


 そんなものはこの辺境にはなく、どちらであったとて何のにもならなかったろう。


 ただ後世の歴史書にて、一行二行書き記されるだけの悲劇。



 

 それを覆して見せたのは、而して別の意味で我らが一行。




 率いる頭目の名はクリフエッジ。鉱石人種の重戦士ガード/歌い手シンガー


 灰礬柘榴石ツァボライト宿石カタリストながら、謡われるその名は、『不破の金剛アダマス

 歌によって味方を鼓舞し、盾になって味方を守り、その手槍でもって露払いを為す。自他ともに認める司令塔にして守り役タンク


 その横で、陽気に周囲を盛り立てるのはソワラ。真人種の誓約召喚者ウォーロック/魔道士ソーサラー/演奏家ミュージシャン


 双子の先触れ忌み子にして掟破りの追放者エグザイル。響きしその名は、『破戒の奏者デッド・ロック

 悪魔デヴィルとの契約により、奏でる音色は聴くもの全てに破滅を与える。生在る者も亡き者も、一様にその音圧衝撃で灰塵へと帰す主軸攻撃役メインアタッカー


 呑気に空を仰ぎ、鳥たちと語らうのはディケイ。真人種の精霊感者ドルイド/吟遊詩人ジョングルール/野伏レンジャー


 双子の末愛し子にして何時か来たりし者予言の子。世界に愛され、唯一を慈しむ『愛を謡う者イスラフェイル

 彼の道行きに世界は障害を置かず、遍く命が彼と共に涙を流し、星々とすら語り合う。生粋の援け手バッファーにして、失敗知らずの斥候役スカウト


 危なっかしいの手を引き歩くのがアルケ。半魔人種の聖職者クレリック/楽師バード/学士セージ


 持つ異端の半魔人種。密やかに、而して知らぬ者なきその名は『分かたれぬ半身エンゲージ・リング

 祈りと感謝、感情と知性でもって味方へは恩恵を、敵対者へは制裁を与える。行動操作クラウドコントールの達人にして癒者ヒーラー


 最後方で一人、二輪鉄車バイクに跨るのはオッぺケペー。坑削人種の魔術師ウィザード/錬金術師アルケミスト/軍楽隊ミリタリー・バンド/騎手ライダー


 鎧を纏い、操縦桿を握る。異色の姿から付いたその名が『駆け抜け征く軍楽隊ワンマン・アーミー

 呪文書スクロールによらず、魔術を行使し。一行を連れて何処へも駆ける。走攻守、三拍子揃った縁の下の力持ち。遊撃サブアタッカー兼、攻勢防御サブタンク兼、補助支援サポーター兼、運送役トランスポート


 一歩一歩、歩を進めるのに合わせて、特注の大剣ウェイトを上げ下げしているのは、ラルヴァン。汎人種ヘンタイ、ではなく、汎人種ヒューリン

 

 愚直なまでに剣の道を突き進み、その果てに一つの真理にたどり着いてしまった『真理の曲解者アンロスト

 その一振りに込められた意味を理解できるものは居らず、その生い立ちを想起できる者も居ない、孤高の剣士。一行の最終兵器フィニッシャー




 集った理由も様々な、而して今は、運命共同体たる一心同体な一行の、音に聞こえしその名こそ、辺境最優「すちゃらか楽団バンドマン」。




 乗り越えた荒波は数知れず、だれもが知るその偉業、どんな貧村にも僻地にも、たちどころに駆けつけて、救いを齎す救世主。


 彼らの越えてきた冒険譚を思えば、これくらいの出来事は、誰に語られる事も無く。


 ただ空を行く者たちだけが、小さな命の行く末を、じっと見つめているのであった。

 

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