【第一章】カンスト冒険者の教える、迷子のペット探しマニュアル

【第一話】久しぶりのお使い

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 ――クレッサ地方において最も権威ある都市は、と聞かれたら、十人中八人ほどは「クレスタリアン」と答えるだろう。――

 ――しかし、クレッサ地方において、いま最も‘‘アツい‘‘都市は、と聞かれたのなら、十人中十人がこう答えるであろう。――


「それは、この‘‘アンセット‘‘だっ、てね!」


「「ヒュー!」」

「いいぜ兄ちゃんたち!」「よく言った!」

「その通りだ!」「よく見るとあんたは姉ちゃんか?」

「どっちでもいい!もう一曲頼むぜ!」


 うだるような陽もすでに空から姿を消し、貞淑な乙女のごとき双月が、てんやわんやの大通りを見守っている暮れ、通りに面した解放酒場ビアホールの一角に、我らがすちゃらか楽団バンドマンの姿もあった。


 鍵盤キーボードを構えながらの弾き語りを披露しているアルケと、普段の三割増しの‘ノリ‘で合いの手を入れながら六絃琴ギターを弾いている双子の上の方ソワレ、弟のディケイは静かに後ろの方で四絃琴ベースを弾きながらも、おひねりを投じる客にこまめに会釈を返している。


 残りのメンツはといえば、いずれも成人、大酒のみ。テーブル一つにあふれんばかりの酒と料理とを注文して、味わうが早いか大ジョッキを傾けていた。


「ここは、いつ来ても賑やかだな」


 クリフエッジはそのとした灰礬柘榴石ツァボライトの顔に、麦酒ビアの白い泡ひげをつけながら周囲を見回し独り言ちる。


「……発明市……」


 オッぺケペーがそれに対して呟きこそ返すものの、その意識はすでに目の前の豆とくず肉の激辛煮チリコンカーンへと向けられている。

 慎重に、生い茂った顎髭に汁が付かぬように震える匙を繰るその姿からは、常の冷静沈着さは欠片も見られない。


 中々テーブルの上が片付かぬと、クリフが頭を振りながら次の獲物を物色していると、少し離れた集団より野太い歓声がぶち上る。


 ふと見れば、隣にいたはずのラルヴァンの姿は遠く、人垣の向こうで自慢の肉体美を見せびらかして、むくつけき漢どもに囲われては大歓声を浴びている。


 飛んでいるおひねりの量を見るに、今晩はラルヴァンの方に軍配が上がるだろう。さもありなん、三人が相手をしている街の市民よりも、武装商人の護衛や街の衛視連中の方が実入りも羽振りも良いのが世の常なのだから。

 ましてやあの筋肉達磨に対して歓声を上げるのだ、よほど集団なのだと伺える。


「ふぅむ、オッペケぺー。もう少し頼む速度を上げないと、おひねりの量に追いつかないぞ」

「……おごれ……、……振る舞い酒だ……」

「しからば、……「「今宵はうちの団員たちに良くしてもらった礼だ!この店で一番良い酒の樽を二つ!私の方から皆に奢らせてもらおう!」」


 瞬間、店内は爆発したかのような歓声に溢れ、

 給仕女中ウェイトレスが慌てたように駆け寄ってくる。

 常にはない光景に、さしもの鉱石人種ガリアンといえども冷や汗をかいた気分に陥る。


「す、すみません。今うちにある一番のお酒だと『コントレツゥスキー』の30年物になってしまうんです」

「ヴぉぅっぱぁ!!」


 普段から冷静沈着、無口なオッペケぺーとも思えぬような、よくわからない音がその喉元から飛び出た。咽込んでいるのを見るに火酒ウィスキーの類が気管に入ったのだろうか。

 さもありなん、30年物など、ましてコントレツゥスキーなど、代物。


 この狂騒、もはや客のすべてが‘グル‘になって、何も知らぬ幼気な旅人を尻の毛まで毟ろうとしているのではないか。

 そんな、ありもしない妄想すら脳裏をよぎるほどの狂態の中、遠くで団員たちがうなだれているのを見て、さらに気が遠くなるクリフであった。





「金策だ!!」



 酔っ払いどもの放つ饐えた臭いとは裏腹に、清々しいまでの朝日を浴びながら。


 開口一番、クリフが一行の前で告げる。

 さもありなん、昨夜の一件で貯蓄が底を突く事こそ無かったものの、予定していた装備更新の為の資金にすら手を付けてしまった物であるからして。

 早急に対処せねば成るまい、何せ。

「ガントレル工房の復刻モデルが、転売ヤー死すべし!」


「言うて、どうするんです。ここらで請けれる依頼なんて、早々無いと思いやすが?」

「あ、ウェイトレスさん、オススメと気まぐれのサンドイッチ一つずつお願いします。分けっこしよ」

「……煮込み、一つ……」


 和気藹々、頭目の死地ピンチもどこ吹く風と、装いを変えた元酒場でくだを巻く。

 昨日の衝撃覚めやらぬなか、といったわけでも無く。ただ一行の内の誰かがナニかをやらかすのは日常茶飯事なだけの事。

 

「まずは派出所ギルドだな。案外掘り出し物の依頼書が転がっているかもしれん。すまないがウェイトレス、此方も煮込み一つ。加えてここで一番大きな派出所を教えて貰えないか」


「お待ちどうさま、サンドイッチ二つと煮込み二つね。ここらで大きな派出所となると『ガラテア商会』の系列になるね。大通りに面しているから直ぐに分かると思うよ」


 ウェイトレスの答えに、半ば予想通りながらも渋い顔をしてしまう一行。

 それを見やりフォローなのか、

「他に大きな所と言えば『シッケテール』の系列になるね」

 と続けるも、一行はさらに渋い顔。


「ここいら辺は五年くらい前までは、何にもない穀倉地だったからね。他の商会が入ってくることも無かったのさ」

 

 ウェイトレスがため息を一つ、態とらしく溢す。


「其処に現れたのが稀代の発明家、トンポー氏。そして彼に肖ろうとする、発明家の卵達」


「この街を穀倉地としてでは無く、別の名前で世に広めた、うちらの街の新名物」


 ――発明家市場ラブ・クラフト――


 クレッサ地方で、今最も注目を集める城郭都市パレッサ"アンセット"


 それは、ただの稀代の天才が巻き起こした大旋風である。



 ――食べ終わったら食器はカウンターに置いといてくれよ――



 一通り我が町自慢を終えたウェイトレスは、厨房の店主の鋭い視線も何のその、前掛けを華麗に取り去りそのまま裏口から出て行ってしまった。





「皆、どう考える」


 唸りを上げながら、頭目が問いを発する。


 普段からして、大方針こそ立てれども、その方策は丸投げする嫌いのある頭目とて。此度のこれは、流石に大暴投としか言い様の無い代物であった。


 一行の皆が皆、てんでに腕を組み頭を抱える様子なぞ、そんじょそこらでは御目にかかれぬ代物である。

 最も、大の大人が雁首揃えてうなりを上げる、邪教の儀式めいた光景に何の価値があるのかは知らないが。


「……一長一短……」

「ンッ、まさに。其処ですね。どちらがいいか。…次はトマトを」

「ゆうても、ウチラが悪いことしたわけじゃあないし~。依頼のブッキングは向こうの手落ちでしょ」

「でも、それで向こうが損失を被ったのは事実だよ。ハイ、あーん」

 

 三人寄らば文殊の知恵とて、集めた頭が思索に向いているかは別の話。

 早くも脱線しかけている若人らを尻目に、数少ない筋肉達磨頭脳労働者が頭をひねる。


 しかして、時もそうあるわけで無し。


「いずれにしろ、先ずは向かって見まショウ。向こうとしても、此方と直ぐに敵対したい、何てことは思わないでしょうカラ」

「では、そう言うことで」



「……ドチラから……?」



「皆、どう考える!」


「「どっちでも良い!」」

「では、ガラテア商会にしまショウ」



 


「「たのもうっ!」」

「何でそんなに喧嘩腰何でスカ!」


 どやどやと、がやがやと、朝の静かな派出所に景気の良い声が響く。

 普段であれば書き入れ時、受付前は人いきれが酷いものだが、今日に限っては見渡す限りの伽藍堂であった。

 

「存外、空いているのだな。朝だからか?」

「え~、それって仕事が無いんじゃないの」



「此処に閑古鳥が鳴いているのは、アンタ達のおかげさね。」


 受付カウンターの奥から声が届く。婀娜っぽい、甘く粘りつくような声。


「よくきたねぇ、辺境最優」


 此処ガラテア商会派出所アンセット支部に置いては、響く筈の無い声。

 商会の本部にて、日夜、権謀術数を手繰っている筈の人物。

 その美貌で落とした男は片手の数、その頭脳で破滅させた商売敵は星の数。


 紛うことなき、生え抜きの


 コロコロと嗤いながら、ガラテア商会の女傑が告げる。


「昨日の酒は、実に素晴らしい味わいだったよ」


「おんどれらかぁ!私の大楯の為の金子を、今朝方肥やしに変えたのはぁ!」

「おい!止めろ止めろ!いきなり刃傷沙汰にすんなや!」

「そも、リーダーさんの楯だけの金じゃないでしょ」


 てんやわんや、何処でも寸劇コントを繰り広げるのは楽団としての性か、それとも生まれもっての質か。


「相も変わらず勇ましいねぇ、金剛アダマス。ちゃんと手綱は握っときなよ森の忌み子ミスルトゥ愛し子バドゥルゥ


 その醜態を尻目に、艶やかなドレスの裾の翻しながら広間の奥、暗く翳った廊下の先をゆるりと示す。



 ――まあ良い、よく来たねぇ。待っていたよ、アンタ達を――





 

 派出所の奥、限られた者しか入れない談話室の中に、一行と女傑の姿があった。

 明かり取りの窓すらなく、依頼人の姿が表から見えぬように入り口がある特別製の部屋だ。


 魔石角灯ランプの灯りに照らされ、不気味に影を負った頭目が、重く硬く圧するが如くに口を開く。


「こんな所に連れて来て、一体何の要件だ。依頼のブッキングに関しては、既に決着は着いたものと思っていたが」

「アタシらだってそうだよ。なのにアンタ達、あれから一切コッチに寄り付かなく成っちゃったじゃないかい」


 対するは女傑、軽く伏せ、翳る貌に哀愁を漂わせて。


「淋しかったんだよ、こう見えて、ね」


「…それは、済まなかった…」

 

 女の泪に漢が抗うすべはなし、顔をそらしたじろぐ頭目に向けて、援護射撃がその背中へと降り注ぐ。


「リーダー照れてるぜ。ヒューッ!」

「流石。スラシャ。漢を転がすのは。お手の物。見習いたい」

「……惚れた弱み……」


「そこぉ!煩いぞ!廊下に立っとれ!」

「狭いんだから止しとくれよ」

「すまん!」

 

 いつもの応酬も空回り、己のペースに話を巻き込む。これぞ熟練の商人の手管と言わんばかりの、剛腕無比な力業であった。


「ほんと、姉御にはよわいね、リーダーさん」



 閑話休題、各々飲料の類いで口を湿らせ、ようやっとこさ本題へと入る。


「アンタ達に一つ、依頼があるのさ」

「指名依頼か?暫く寄り付かなかったのに?」

「別に、アンタ達が指名されたわけじゃないさ。ただ、他にこなせる人材の当てが無かっただけよ」

「天下のガラテア商会でこなせない依頼?そんなの在るの?ご自慢の暴力装置天剣十二振りは?」

「天剣はあくまで武力、調査や探索には不向きでね。さりとて小飼の野伏レンジャーには、荷が重すぎるのよ」

 

 丁々発止に言葉が飛び交う。


 片や冒険者アドベンチャラー、安全マージンは最大に、リスクヘッジは厳密に、然れど冒険心で頭を芯まで茹でらせて。


 片や商売人、リスクの先に勝機を見出だし、常道を外れた場所にを見出だし、常に堅実に将来を見据える。



「我々に、何をやらせたいんだ」



「迷子のペット探し」

高塔ラマーック導人メイガス、直々の依頼さね」

 



 それはまるで、慮外の冒険譚サーガの幕開けを告げる序曲ouvertureの如く、彼らの日常に放り込まれたのだった。





「そういえば、どうしてあのランクの酒場にコントレツゥスキーの30年物が置いてあったか、ご存知でスカ?」

「あれ、店主が先の工房主の従兄弟だとかで特別に身内価格で売って貰ったそうでね。もしかすると、まだ隠し持ってるかも知れないわね」

「まて!それならば、」

「ぼったくられたわね。まあ、定価で買ったと思えばそこまで割高でもなかったでしょう」

「私は飲めなかったのにぃ!」








――――――Tips―――――――



 『石ころ』


 何処にでも転がっているアイテム。

 其れこそ探せば、家の中(高確率で子供連れ)でも見つかる。

 インベトリ内に×99個までストックは可能だが、産地、種類、含有率、重量、体積、形状のマスクデータが存在し、それらが一定の割合で適合するものしかスタック出来ない。

 その為、考え為しに拾うとスタック出来ずにインベトリが埋まることもある。


 運営がユーザーに対して謝罪と共に送る『詫び石』も、内部データとしては『石ころ』の為同様にスタック出来るのだが、『詫び石』の場合は発行日が刻印されており同じ発行日の物しかスタック出来無いため、スタックが可能な詫び石はマニアの間では高値で取引されている。


 関連項目


 ・『詫び石』

 ・『詫び石事件』

 ・『天より注ぐカタストロフィ我らが贖罪【詫び石の雨】メテオ・スコール

 ・ガーディリアン伯、世界石博覧会暗殺事件

 ・三角貿易摩擦

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