大型一体と小型百体、どちらの駆除が楽なのか


 戦闘時間の割には激闘であったものの、呪文の枠を消費したわけでもない為に。軽めの小休止を挟み探索を続行した一行は、群がる有象無象を鎧袖一触に振り払って破竹の快進撃を続けていた。


「現状、聾珠ロウシュの仔との遭遇率は三割といった所か」

「向こうの痕跡も見えないね、まだまだ先の方に居るみたいかな」


 今もまた、会話を交わしながらも手早く怪鼠マッドラットの群れを処理している。厄介な疫病の媒介者となり得るために、大概の城郭都市パレッサでは極めて優先度の高い魔害物モンスターとして扱われている代物だ。


 その他にも多種多様な魔害物が生息しており、その殆どが何らかの事由により、大規模な感染爆発パンデミックを誘発しかねない部類であるのは偶然か否か。

 何れにしろ見過ごすわけには行かない以上、多少の消耗は必要経費と盛大に狩り尽くす勢いで始末している。


「しっかし、こいつは面倒だな。樹海のせいで見通しは悪いし足場も悪い、その癖向こうは、多少の悪さは気にしない魔害物と来た。正攻法なら早晩、力尽きちまう」

「だからこそ、ここまでしぶとく残っているのでショウ。油断大敵デス」


 小声であっても意思疎通可能なのはこれまでの経験が故か、警戒しながら周囲には聞こえない様に雑談を交わす無駄な高等技術を見せる一行。

 無論、聾珠の仔が接近した際にはいち早く気付けるように、との事で行っているものではあるのだが。それにしたって傍から見れば、気を抜いているとも取られかねない様相である。


 尤も、一行の足元に転がる無数の屍が目に入らねば、とは付け加えなければならないだろう。


 本来であれば、時間の流れない領域内では通常の繁殖行動は意味を為さず、次第に生物はその数を減らすのが一般的ではあるのだが、それでもこの量というのは余程大量に封印されていたのか、はたまた。


「とは言え、いくら何でも多すぎマス。この数は余りにもオカシイ」


 流石に疑問を覚えたか、ラルヴァンが声を上げる。その内容に各々思う所もあったか、一行は暫し足を止めて腰を据え、休憩がてら議論を交わす態勢を取る。


「この領域が出来て百年弱、没入者ヴィジットが積極的に流入しだしたのが二十年弱。増えると思うか?」


 議論の音頭を取ったのはクリフ。先ずは話し合う事の流れを決める為に、軽めの話題から斬り込んで行く。


「……無理だ……。没入者が居なければ時間は流れない……故、継続的な繁殖は不可能、それが定説だ……」

──没入者の目的は領域の解体。駆除では無いために放置はあり得る──

「没入者の連続接続ログイン時間の問題もありマス。況してや向こうと此方の時差を鑑みれば、二十年と言ったところでたかが知れているカト」

みたいな特例は別として、他の奴等は大概十時間が関の山なんだろ?追加すりゃあ領域内は更に早く削れていく、歴史書の厚みは兎角中身の文章はヘボい、みたいな物だろ」


 その内オッペケペーが懐から水筒を取り出し、中身の霊薬ポーションを手早く一行へと配る。そのまま車座となった面々は腰を下ろしたまま、対面へと視線を向けつつ話を続ける。


「……小兵だ、狙って減らすのは難しい……」

「或いは、減ってはいる、のかもしれない。まだ僕らは、大型捕食者を見掛けてないし」

──見付かりやすく好戦的な種から減っている可能性は有る。没入者も『翼喰らう獅子モルブドゥス』も中型大型を先ずは狙う筈──


「では、減ったように見えん理由はそれで良い。問題は、何故こうも遭遇するのか、だ」


 次いで投げかけられた疑問がそもそもの始まり、この閉鎖空間内でこうも遭遇率が高いのは何故なのか。


「詰まる所、リーダーはこう思っている訳だ『向こうにはもう、補足されているんじゃないか』とね。家の斥候の技量が信用ならない、と」


 厭味ったらしい口調で、夏場のガムの如く絡みつくような声音で告げるソワラ。家族愛に溢れているのか、ただ単に他人を罵倒したいだけか、あえて判断に困るラインを攻めてくる辺り本心は欠片も籠っては居ないに違いない。


「そうは言っていない。……ただ、聞きたいのは、他に人の気配はないかどうかだ」


 苦々し気な顔を隠さずにクリフは問いかける、それはともすれば単純な討伐では済まなくなる可能性を孕んだ問いであった。


「…………今の所、生きたヒトの気配は無いよ。僕らの周囲にも怪しい気配は無い。勿論、聾珠の周りにはが届かないから、其処に居ないかどうかは分からないけど、それがどうしたの?」


 一人樹上で幹を背に寛いでいるディケイ、ざわざわと揺れる枝葉が彼の言葉に相槌を打つように鳴っている。

 

「取り越し苦労であればそれで良い。だが、もしも何者かが我等への妨害を企てて居たら、と思ってな」

「ナルホド、最悪は聾珠を焚き付けてからの横殴り、デスネ。確かに警戒は必要デス」


 それはある種の最悪ではある。さしもの一行とて領域の主との戦闘において、横から第三者に攻撃を受ければ予期せぬ問題が起きかねない。

 それが通常、打たれ弱いとされる後衛に対して向けられたならば、相応の痛手は覚悟せねばならぬだろう。


「……無駄だろう……。横から殴れる戦力は、近辺には存在しない……」

──場合によっては先の『翼喰らう獅子』も警戒対象になる。可能性を論ずるのは無意味ではない──


 その可能性を思い付いたが故に、クリフは苦い顔をしていたのだろう。なにせ頭目リーダー、一行の命運を、責任を背負うのは彼なのだから気にしすぎるという事は無い。

 とはいえ、現状判断材料が足りなさ過ぎて議論の余地も何もない。時間も無いのだから結論がこうなるのは致し方ないと云うべきであろう。


「議論は此処までにして置こう。後衛は奇襲への対策を心がけてくれ、ディケイ、些細な変化も報告してくれて構わない」


 議論のタネは尽きないが、さりとて現時点ではどうしても解決せねばならない問題でもない。無論、他者の介入あっての物だとすれば、戦闘自体の危険度も変化することを想定しなければならないし、領域の解体後も問題が残る事にはなるのだが。


 そうであるならそれはそれ。


「時間に余裕があるとは言い難い。迅速に聾珠を討伐し、横殴りがあればそれには余裕の有る人員で対応。情報は要らん、殲滅だ」


 もとより、問題解決には武力で以って邁進して来たのが一行だ。今更多少の問題が浮上してきたところで、頭を使って冴えたやり方を思い付くわけも無し。

 問題があるなら先にぶん殴ってやろうとばかりに、手早く装備の調子を整え隊列を直して進みだす一行。



 前方の確認のために、少しばかりディケイが離れた隙を狙った訳では無いのだろうが、その最中に思いついたようにクリフがに話を振る。


「ソワラ、アルケ。先ほど話には出たが、お前たちの様な者は他には居ないのか?」


 それは只の他愛のない雑談の一つ、無論ここでする必要があるのかと問われれば、その必要は無かったのだろうが。

 尤も、雑談などは得てしてその程度の代物だ。ふとした瞬間に零れた言葉に、少なくとも大抵の発言者は価値を見出しているわけでは無いからこそ、その場その場だけの会話が成り立つのだから。


「居ない。少なくとも俺の知る範囲に限れば、だがな」

「そうなのか。実際の所はどうなんだ?制限がないとはいえコチラに接続のしっぱなし、とはいかんのだろう」


 周囲に気を配りながらも惰性で会話は続けているクリフ。相手をしているソワラの方も、会話に身が入っているとは言えないのだが。


「ま、向こうはともかく、コッチはの名目だからな。自前の筐体ポットじゃない以上、無理は余り言えんのよ」


 故にこそ、そういったふとした瞬間に、予期せぬ失言失態が起こり得る物なのが、有史以来変わらぬ人間の性なのであろうか。

 そうであるならば、次の世代に生まれてくるだろう新人類には、反面教師として貰いたいものだ。


「元々はアイツだけの予定だったしな、


「……ふむ、後半は聴かなかった事にして置こう」


 一同の間に冷たい風が流れたのは錯覚か否か。何れにしても、それまでは何とか続いていた会話もピタリと止まり、再開の糸口も掴めぬまま暫し無言で探索を進める一行なのであった。




 

 冷たい風が頬を撫でる様に吹いている。或いはそれは、久方ぶりにこうして大空を飛び回って居るからか。


 否、久方ぶりとは何故だろうか。


 彼は『翼喰らう獅子』。空を征くのが本懐の筈、それが宙を駆けるのが久し振り?

 

 暫し疑問を覚えるも、風を切る快感の前には些細な事。久方ぶりなら猶の事、愉しまなければ損でしかない。


 折しも目の前には獲物が無様に飛んでいる。それは空の王者の前を征くには、実にみすぼらしい風切り羽を必死になって羽搏かせていた。

 彼はその余りの懸命さをいじらしく思い、親切心から優しくその背を撫で擦ってやったほどだ。


 尤も、背後から翼蜥蜴ワイバーン』には、堪ったものでは無かったのだろう。身悶えする暇も無く、真っ逆さまに地面へと向かって落ちていく。

 見ればその翼は既に動かず、背骨は不可解な方向へと折れ曲がって突き出ている。


 無論彼にとってはこんなもの、只のじゃれつきの範疇でしかなく、なんなら慌てて翼蜥蜴をその手で回収して地面の染みにならない様に、なんて気を使ってもやる始末。

 

 優しく地面へと横たえてやり、そこで漸く眼前の獲物が只の肉となっていることに気付いた彼は、フンスと鼻息一つを溢すとやおらその強靭な顎で蜥蜴の死体を食い漁る。


 此度の獲物は当たりの部類か、皮はパリリと良く張り詰め、鱗のカリっとした触感が良いアクセントになっている。中の肉も良く身が引き締まり、噛めば噛むほど肉の味が滲み出てくる。

 鼻先でより分けた内臓も実に味わい深く、濃い肉の味、血の味以上にそこに含まれる滋養強壮の類が心身へと染み渡る。


 残すことなく全てを頂きたい所ではあるが、彼はグルメである以上に年齢相応に博識でもあった為、若気の至りで毒に当たったことも忘れてはいない。

 しっかりと毒のある尾の肉や内臓の内にある毒腺には手を付けず。また、首の肉は種類にもよるが『息吹ブレス』の影響で肉質が変化していることが多いため、その部分にも念のため手は付けずにそのままの形で残している。


 運動の後のおやつを美味しく頂いた彼は、そのまま眠気へと傾きだした頭を抱え、塒へとその脚を向け軽く一っ飛び。

 向かった先はと云えば、薄暗い樹冠に隠された洞穴。


 彼の身体に誂えたようなその塒へと、不可思議な程にすっぽりきっちり身体を収め、間を置く事も無く寝息を立て始める。




 本来であれば、『翼喰らう獅子』が塒とするのは荒野や荒れ地など、見晴らしの良い場所である。なんとなれば彼らは頂点捕食者、逃げ隠れする必要は無く、歯向かって生きて帰れる者など居ない文字通りの怪物なのであるからして。


 なのにそれが、穴倉の中に身を潜める逃げ隠れする、など。


 尤も、が本当に生存本能から生まれた産物なのかは、疑問の余地があるのだが。




 静かに眠る彼を、遠間から眺める二つの眼。


 音も無く静かに忍び寄るそれを前に、しかし彼が目を覚ます様子は欠片も無い。


 或いは既に、目覚める必要は無いのかもしれない。


 それほどまでに静かに、ひっそりと。


 少しずつ、日は傾いて逝くのであった。


 

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