タンクに火力を持たせるとアタッカーが不要になる説
全面攻勢にでた一行に対し、コチラもコチラで全霊で以って押し潰しにかかっている『
叩き付けや噛み付き引っ掻き薙ぎ払いと、通常攻撃の範疇の物でしかないのが寂しい所ではあるが、大きさはそれだけで武器である。
呪文も
さりとて一行も一行で、自身らの身の丈の数十倍にも成る怪物からの攻撃に対して爪楊枝ほどの武器で以って抗しているのだから、どちらの方がよりイかれているかに関しては議論の余地もあるだろうが。
何れにしても、自重や出し惜しみを捨て去った双方の激突は更に勢いをいや増しており、戦況は歯止めを失い坂を転がり落ちるように激しさを増していくのであった。
剣戟が嵐の如く舞い踊り、爪牙が無慈悲に蹂躙する。
幾条もの火線が呪文によって飛び交い、極彩色の鱗の前に色取り取りの火花となって舞い散っていく。
それを傍から見ていたのならば、これ以上無い芸術作品となっていた事だろう。
至高の演者が贈る最高峰の殺陣。
強いて文句を付けるのならば、あまりに鬼気迫るその圧だろうか。
正々堂々も騎士道も無い、泥臭く必死な命の取り合い。
迸る血潮と汗とがまるで絵画のようなその情景に、確かな質感を、現実味を与えていた。
ソワラは度重なる交錯を前に、既に名剣の在庫も尽き果て更には強固な鱗の前に魔剣すらも刃が潰れて以降、保有する
その隣では執拗に反撃を繰り返す虹霓竜から守らんと、既に四代目と成り果てた大楯を構えたクリフが縦横無尽に駆けずり回っている。
後方からはアルケが攻撃呪文を雨霰と連射しながらも、
その姿からは開戦当初のクリフへの配慮は欠片も見えず、何なら力尽くで
更には、好き勝手動き回っているラルヴァンも居る。剣聖となった彼にとって技能の
一行の中でもとりわけ単独戦闘への適性の高いラルヴァン、相手が技能を用いることが出来ないのであれば、援護が無くとも十二分に戦える。
そんな滅多打ちにされている虹霓竜ではあるが、一方的にやられてばかりな訳も無い。振るわれる鉄剣棍棒を叩き落とし、お返しとばかりに尾撃で以ってその身を強かに打ち据える。
爪牙を振るうのは絶好の機会を得た時のみ。一度手酷く反撃を受け根元からぽっきりと爪を折られてからは、もっぱら爪牙はクリフの方へと向けられていた。
であれば残りの面子は安泰かと問われれば、そうは問屋が卸さない。
先にも述べたが大きさとは、それだけで一線級の武器となる。
況してそれを振るうのが
ただ一薙ぎでアルケの身体を枯れ枝の如く叩き折り、その余勢を駆って群がるラルヴァンとソワラを容易くあしらう。
家猫が家主と戯れるが如く、なれども双方のスケールの違いが比較にならぬ被害を齎す。
吹き飛ばされたアルケは言うに及ばず、前衛二人も手足を折られ倒れ伏している。
好機と見て取った虹霓竜が再度そっ頸を切り落とさんと、その鋭い爪を奔らせるが、流石にそれはクリフが止める。
大楯の表面で火花を散らしながら、楯と同じくらいの大きさの爪が目前を過ぎて行く。生きた心地もしないだろうに、一行の頭目としての立場からか、或いは
その執念が功を奏したか、続けて襲い掛かってきた連撃にも臆することなく遅滞なく、堅実に楯を振るって捌いて見せた。
凌がれたとみるや虹霓竜も素早くその首を引き戻す、一拍遅れて戦線復帰したラルヴァンの剣閃が残像となった首を斬る。もしも虹霓竜が追撃を企てていたなら、或いはそれを一瞬でも逡巡していたならば、その首は半ば断ち切られていても可笑しくは無かったろう。
ソワラはと云えば、コチラは堅実に地面に突き立てらた爪の一つを狙いすまして打ち据えている。無論、その一撃のみで折れる程貧弱な物ではあるまいが、塵も積もれば山となるの言葉の通り、確実なダメージと有利を積み重ねる為の一歩を躊躇わぬからこその此の名声。
もう何度目かの殴打かも数えられぬほどの試行の結果、ようやっと入った罅であったが、虹霓竜が一瞥をくれるやたちどころに治っていく。
何度繰り返したかも判らぬが、それでも一行が攻撃の手を止めることは無い。
たとえ傷を癒せるのだとしても、積み重ねなければ打ち破る事すら出来んのだ。
元より容易く打ち倒せる程度の代物だとは、一行の誰もが思ってはいない。
愚直なまでに一心に、ただ只管に攻撃の手を緩める事無き一行に対し、虹霓竜はと云えばこちらは些かその猛攻にも陰りが出て来たか。
今までとは異なり攻撃との間に、一拍、間が置かれることが増えて来た。
スタミナ不足、とは言い難い。基本的には無尽蔵な程のリソースを蓄えているのが竜種だ、これしきの事で息が切れるような軟弱な生物では無い。であれば何故かと云えば、それは単なるストレスであろう。
何せ竜種。その腕の一振りで、小さな町なら灰燼に帰する事間違い無く、裏を返せば戦闘行為などそうそう行った事など無いのだ。
あるのは同格との格闘位の物か、どちらにしろ此処まで命を削り合うような死合いなど、虹霓竜には想像も出来ぬ領域の話。
畢竟、戦闘が長時間に及んだ際のペース配分やその計算など、縁がないにも程があると云うもの。
況して相手は自らよりも遥かに小さく弱き者、それに追い詰められる経験など皆無と言っても過言ではない。ここまでやり合えただけ敢闘物だろう。
さりとて、敵手のそんな事情まで斟酌する程、一行の方も甘くは無い。
攻撃の手が緩んだと見るや否や、更に圧を強める面々。一気呵成のその攻撃に怯んだ虹霓竜が引いた分、更に押し込み押しまくる。
一行としても、ここから更に圧を強めるのは容易なことでは無いのだが、漸く巡ってきた好機、ここで押さねば地力に勝る虹霓竜相手に競り勝てぬ、とばかりに残り少ない余力を全て投じる勢いで掛かる。
神秘で象られた鉄棍が、魔力を帯びた鉄剣が、呪文に依って編まれた光弾が、これで最後とばかりに振るわれる。
その様は恰かも先の焼き写しの如く、励起した魔力によって目も眩む程の輝きを放つ。
如何にもこれから大技を放つ、と云わんばかりのその様相に、而して虹霓竜の打つ手はない。
無論、爪牙も尾撃も存分に振るわれてはいるのだが、技能も用いぬただの攻撃ではクリフの守りを貫くには一手足りない。
ここで『
畢竟、この状況は双方の戦闘に対する経験値の差が出たと、そういうことになるのだろう。
詰めを誤り逃した虹霓竜と、詰めろを掛けた一行。
絶体絶命の窮地に陥った虹霓竜ではあるが、さりとてそう簡単に殺られてやる心算も無い。
ここまで疲弊し追い込まれた身体に三発もの大技を受ければ、それはそれは大層愉快な事には成るだろう。
裏を返せば、二発までなら耐える目も在る、と云うところか。
勿論確証は無きに等しい、されどここまで疲弊したことも初めてであれば、この様な大技の打ち合いをしたのも初めての事。
なればこそ、この策とも呼べぬ策であっても、通る道も在るやも知れず。
虹霓竜は逆転の目を掛け、大博打に打って出る。
それは、全力でもって一人を落とし返す刀で放たれた二発は甘んじて受ける、という代物。
勿論、全く成功の目が無い訳ではない。竜種の類い稀な基礎能力値を鑑みれば、十分勝算は在る。
とは言えそれも、受けきれる火力であれば、の話。故に何処が博打かと問われれば、誰の攻撃を防ぐのか、の一点となる。
ここで、いの一番に排除されるのはアルケだろう。未だ虹霓竜に対して拘束、妨害と云った面を除いては有効な攻撃を行えていないのが現状だ。
故に、脅威度は低く見積もれるだろう。
であれば残り二人はどうかと言えば、此れは此れで難しい話。
何分、双方ここまで虹霓竜を滅多打ちにした張本人、脅威度で言えば似たり寄ったり、どちらも高いのが問題だ。
さりとて両方は流石の虹霓竜にも狙えない。幾らなんでもそこまで欲張れば楯持ちが邪魔に入るのは明らかな事だ。
その瞬間、虹霓竜の脳内でどのような思考が巡らされたかは定かではないが、その後の行動が結論を雄弁に物語っていた。
形振り構わず一直線に、ソワラへと攻撃を繰り出さんとする虹霓竜。
そこには今まであった周囲への警戒は欠片もなく、唯々怨敵を滅するために全霊を賭している。
その選択が吉と出るか凶と出るか、残り数拍にも満たない距離を互いの殺意が染め上げた。
故にこそ、それに気付けなかったのは致し方のない事だったのだろう。
達人同士の死合いの最中に、見え見えの大技を放つ者がいるのかどうか。
無論、皆無とは言えぬだろう。大技を見せ札に、死角からの必殺を狙う狼藉者は何時の時代も一定数は存在している。
だがそれも、必殺の一撃という手札があるからこその選択。次手も無しに強攻撃をぶっぱするのは初心者の所業であり、中級者ともなれば次に繋げるための行動を常にとるもの。
勿論上級者ともなれば、その意識の隙を突いて大技を当てに来るものである。
であれば、達人ともいえる彼らならば、どのような一手を放つのか。
それは、稲妻の如き閃光で以って答えを返した。
するりと突き抜け虹霓竜の尾を引き裂き、腹の半ばまでを抉り去ったその手槍。
何の気負いもなく衒いもない、無造作に放たれたクリフの手槍。
それが此処までの成果を上げたのは、幾つかの仕込みと一つの幸運の成せる業か。
そもそもこのクリフ、盾役としてはかなりの変則型である。
自前での
真っ先に排除したくなる様に、そのための嫌がらせ性能を極限まで追求した害悪
故にこそ、対人戦において、相手にされない事はままある。
何せ相手をするだけ損をするのだ、無論相手をしなくても損をするのだが
だからこそ、嫌がらせに命を懸けたような彼はそこで思考を止めはしない。
敵に無視をされたなら、無視できない様にしてやれば良い、と。それが彼の至った傍迷惑な
その結果が、これである。
意識が逸れた事による
一撃の火力の為に筋力ステータスに極振りをする、欠けた機動力は装備によって耐久力は種族特徴によって補う。
他にも様々な要素が有るが、結局のところ答えは一つ。
一撃のみであったとしても攻撃手に遜色の無い火力を持てば、厭でも狙わざるを得ない。
余りにも脳筋の極みである。
さりとてこれに慌てたのは虹霓竜だ、二発迄ならの計算がここに来て大幅に狂うどころか前提からして崩されたのだ。
二度は撃てない代物ではあるが、そんなことは虹霓竜の側からは与り知らぬ事。ここに来て大幅に脅威度を上げて来たクリフを、無視することなど出来はしない。
尤も、普段であればいくら何でも、ここまでの火力が出はしない。
たった一つの幸運、それは相手が『虹蛇』であり、用いられたのが『投げ槍』であった事ただそれだけ。
この時、この瞬間であったからこその超火力、これに並ぶ火力を出すのはそう簡単にはいかないだろう。
最早一瞬の逡巡も待てぬ虹霓竜が、決死の思いでソワラへと向けて突貫する。
それはあたかもこの戦闘の嚆矢を告げた一撃の如く、遂に長かったこの戦闘へと終局を告げる一撃となるのであった。
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