プロの言うベストコンディションは素人の絶不調


 その後間もなく呆気ない程簡単に、『竜の息吹ブレス』に依って吹き散らされた『爛れ竜擬きドレイク・ゾンビ』。肉片が端から燐光を纏って消失していくのは、これ以上の復活を成さぬ事を示している。


 あれから稼げたのは幾秒か、何れにしろそれまでの時間で一行は完全に態勢を建て直し、更なる優勢を決定付けるための準備を始めていた。


 思う存分火力を振るった二人へと、『愛悦を聾する蜺の珠エインガナ・オルク』の敵意ヘイトが向かうが万全の状態で待ち構えていたクリフの前に、その尽くが撃ち落とされる。


 その内、次第に攻撃役の二人から、クリフの方へと敵意の質が変わり始める。荒々しい連撃が、洗礼された狙いすました一撃へと変貌し、更にはそれまでついぞ日の目を見ることの無かった、技能スキルを絡めた攻撃をも織り交ぜてくる始末。


 尤もその程度で崩されるほど、クリフの方も柔では無い。

 体格で勝る相手に一歩も譲らず、真っ向からぶつかって行く。楯で手槍で、四方八方より繰り出される連撃相手に時に受け、時には流し反撃を入れる。

 そうしてクリフが作り出した流れに乗って、ソワラとラルヴァンが攻め立てていく。


 互いの立ち位置を食い合うかの如く苛烈に攻めたてる二人、先程までの遠慮は一切ないその様子は鬼気迫るほどの圧を放っている。その火力に虹霓竜の敵意が持っていかれそうになるが、既の処でクリフからのインターセプトが入る事を繰り返し、シーソーのように天秤が揺れ動きながらも破綻するには一歩が足りず、素知らぬ顔で一行が戦場の趨勢を握ったまま進んでいく。


 無論、未だにクリフの方は本調子ではない。薄氷を踏むかのように、とまでは言わないが、それでも平均台の上を全力疾走するぐらいには、まだまだ盤石とは言い難いのが現状だ。


 それを鑑みても尚、二人に剣を振るう手を止める気は無い。


 既に戦闘開始からは小一時間は経っている。無論その程度で音を上げるほど誰も彼も柔ではないが、さりとて其れにも限度と云う物があるだろう。

 とりわけ最前線で一人、盾役タンクとして孤軍奮闘しているクリフの疲労は、図り知れぬ物となってしまっている。


 どだい11階梯超越者エルフの、それも竜種を相手取って一人で戦線を持たせた事こそ、英雄足り得る偉業と言えよう。

 一般的な常識セオリーに則って言えば、竜種を相手にするならば盾役は全体の三割は欲しい。無論支援を行う後方部隊はこれまた全体の三割欲しく、兵站補給も忘れてはならない。結果としては攻撃手は肩身の狭い思いをする事となるが、どだい竜など早々簡単にくたばる様な物でもないのだ。長期戦を見据えたならば、護りにこそ力を入れるべきである。

 そも竜種など、端から抗う相手と見なす愚か者が居るかどうかの話になるのだが。


 度重なる回復呪文に一時的耐性を獲得し始め、いよいよクリフの限界が見えてきたからこそ、攻撃役の二人は遮二無二かかって削りに出ているのだ。

 尤も、攻め掛かる為の判断材料はそれだけでは無い。討伐までの道筋が見えているからこそのこの動き、事前の作戦からも少々の軌道修正を挟みつつ、概ねは想定通りに進んでいる。

 

 無論、その中ではクリフが早々に潰れた際の策も有るには有るが、その場合は他の面子が生きていられる保証がない為、その方向へと向かずに一安心と云った所か。


 何れにしろ、これまで以上の火力を投じる二人に依って、虹霓竜の敵愾心をどれだけの間クリフが惹き付け続けられるかが、この先の展開を左右する重要な要素であることには違いない。

 嵩む負傷に募る疲労、精神性から異なるが故に疲れからのミスなどは望むべくもない竜種に対し、只人の範疇からは逃れられない一行は、そちらの意味でもこれまで以上に忍耐力との勝負になる。



 次第に早鐘を打つ心臓、浅く早く上がりゆく息。

 クリフならずとも手足の一本二本が千切れ飛び、間一髪で命脈を繋ぎ止めたのも幾度か。時間と共に最適化されてきた動作が、疲労から崩れてきたのはどれ程前の事であろう。

 後方から飛んでくる癒しの呪文が、霊薬ポーションへと変わったのが何時の頃からであったのだろうか、散漫としていく思考に各自の動きが精彩を欠いていく。



 先に崩れたのはどちらであったか。



 支援呪文の切り替え期間インターバル、いい加減呪文の枠も霊薬もかつかつな現状、必要のない部分からはどうしても手を引かざるを得ない場面が出てきてしまう。

 更には、既に戦闘開始からは二時間近く経過している為に、効果時間が切れて掛け直せない呪文もいくつか出ている。

 況してやそれらすべてをアルケ一人で管理しているのだ、取り違えるのも致し方のない事だろう。

 

 とは云え、それがミスかと問われれば疑問の残る余地もある。

 普段であれば今居る面子が呪文の援護一つ程度で、動きが左右される筈もない。

 況して相手が相手、疲労の類いで動きが乱れるのであれば、とうの昔にこの世からは去っている。


 而して、事実としてその瞬間、掛けられていた支援の消えたその時に。

 クリフの弾いた一撃が、流れ弾のようにソワラの脚を撥ね飛ばしたのは違いない。


 折しも攻撃に移ろうとしたその瞬間の出来事に、咄嗟に回避に動くことも出来ず、不格好なまま振り下ろされた剣は当たりどころが悪かったようで、綺麗に真っ二つに割れてしまった。


 片足と剣、両方一挙に亡くした者等、世界広しと云えどそうは居ないだろう。だからどうだと云う話でもあるが、今はいささか間が悪い。


 ずい、と流れた虹霓竜の視線の先は、今しも逸れた爪の一撃でかたわと成ったばかりの者へ。

 遠慮会釈の欠片もないそれは、而して定められた法則レールから逸脱する事を赦されぬ絡繰システムの様に、冷酷なまでの判断基準優先順位に依って定められた。


 尾による薙ぎ払いから流れる様に爪での叩きつけへと繋がった連撃、攻撃よりも妨害を意識した薙ぎ払いは、楯で以って逸らそうとしたクリフの身体を絡め捕りその身動きを短時間とは言え封じる。

 更には爪の一撃すらも次に繋げるための布石に過ぎず、回避に回ったソワラの立ち位置と、後方で支援を行うアルケの位置とが虹霓竜から一直線に並んでしまう。


 いくら何でもこの状態では、回避も防御も覚束ない。


 溜めを見せず、最小限の威力で絞り出された『竜の息吹』に、見事頭を撃ち抜かれたソワラ。その後方ではどてっ腹に大穴を開けたアルケが、身動ぎ一つ出来ずに立ち尽くしていた。


 事ここに至るまで、一切その素振りを見せなかったバグによる。それが漸く一行に対して牙を剥いたのだ。


 尤も、一行の積み上げた時間データ量を考えれば、それも何ら可笑しな事ではない。

 一行の面々を構成する、情報素子の一割でも汚染できれば効果を発揮するとは云えど、軽く見積もってもの情報量だ。況してそれが英雄と謳われし者なのだから、関連情報だけをとってもそこらの一般人の一生分の情報量に匹敵すると言っても過言ではない。


 言ってしまえばたったの二時間弱で数千、数万時間分の情報素子を、何重にも張り巡らされた防壁を突破して書き換えて見せたのだから、これを脅威と言わずして何を脅威と呼べるだろうか。

 

 旧時代にはよく見られたという伝達遅延ラグを起こしたかのように、厭にゆっくりと倒れ伏すソワラと、微動だにせず突っ立ったまま時間が止まったかのように動かぬアルケ。

 首を吹っ飛ばされたソワラは流石に即死だが、腹に穴が開いた程度で半魔人種インヴォルが行動不能に至る訳も無く、本来であれば何の支障も無く行動できている所だが、疵によって各種情報素子を書き換えられた挙句、情報の伝達も阻害されているのだから致命傷と言うしかない。


 そう、なのである。いのちいたるきずと書いて致命傷。

 即ち、即死ではない以上、挽回する術は幾らでもあるのだ。



 アルケの身体が1と0の集合体に一度分解される。その殆どの部位が綺麗な緑色をしているが、一部、毒々しい赤と紫の斑色に染まっている。

 それこそ彼の大敵、疵の毒牙に掛かったことを事を示す色。


 周囲への浸食を繰り返す、アメーバのように蠢く赤紫の影が、不意に真白き光に包まれたかと思うが早いか、アルケの身体から弾き飛ばされるように切り取られ、残された正常な情報素子からアルケの身体が再構築されていく。



 これもまたその一つ、『悪性切除デブリドマン』の呪文である。


 その名の通りに、掛けられた対象にとって悪影響のある要素を排斥し、健全な状態に再生させる呪文。

 欠点があるとするならば、よほどの悪影響を与える要素でなければならず、生死を超える程の効果を発揮しようと思えば、疵に浸食される程でなければならない点か。



 つい、と視線を流せばソワラの方も同じようにして身体の再構築を果たしている。コチラの方が赤紫の浸食が少なかったのは偶然か否か。

 肉を持った体に、今は陶器のそれではあるが舞い戻ったソワラは、先ほどの醜態の余韻も見せず。一度死したが故に消え去った虹霓竜の敵意を稼ぎ直すかのように、一気呵成に攻め立てていた。


 足の欠損はついでに修復されたものの失った剣は手元には無く、抜き放った剣は何本目か。さすがのソワラも、在庫の量が気になりだしてくる域に入り始めている。


 されど、消費した剣の本数は今ならば、そのまま虹霓竜へと与えた手傷に換算出来る。

 斑に剝がされた鱗はチラホラと。点在するそれは如何にも小さな物でしかないが、虹霓竜の巨体で隠しきれる程少なくも偏ってもいない。少なくとも、アルケであっても相応の呪文を用いれば、狙って当てる事は十分可能な大きさと箇所に存在している。


 厭になるほど繰り返してきた応酬ではあるが、双方既に、持ち得る力の底が見え始めて来た時期でもある。


 呪文の枠が尽きかけて来た一行に、無尽蔵にも思えた体力が衰えを見せる『愛悦を聾する蜺の珠エインガナ・オルク』。


 此処が現実世界であれば、流された血で既に一面が湖の様になっていた事だろう。

 それだけの失血、さしもの虹霓竜もいい加減に衰えて当然の事であり、そして此処で、これまで一行へと苦行を強いて来た位階ステージの差が唐突に虹霓竜へと牙を剥く。


 如何な竜種とて生理現象には逆らえぬ、と言いたい所ではあるが。実の所、竜種の様な上位存在の生態を説明するためには、既存の物理法則や科学知識の大半は役には立たない。


 立たない、のだがそれでも幾つかの例外、或いは応用の範疇に収まる物事もある。


 失血、或いは霊素エーテル欠乏症と呼ばれるものがそれにあたる。


 簡単に言ってしまえば、如何な上位存在であったとしても、自身を存在させるために必要な物質や概念が欠落しては、流石にそのままで居ることは出来ない、と云う理論だ。


 そして、端からそんな状況に陥らないからこその上位存在。ちょっとした刺激で簡単に引っ繰り返る人族ヒューナスとは物が違う。


 裏を返せば、そう云った避けようのない欠陥、或いは突発的な不調と云ったものに対して、経験が無いのが上位存在というものだ。

 

 故に、これだけの失血を前にして、虹霓竜が唐突に眩暈立ち眩みを起こしたことは、経験の無かったそれに咄嗟の対処を行えなかったことは、至極当然の事なのである。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る