第17話 変わり者のドワーフ
引き続きスープの仕込みをするというギンジを残して部屋を後にする。
なにかそわそわしていたが私がラーメンの秘密を暴こうとしたからかもしれない。
ただ、結局ギンジは尻尾を出さなかった。
ギンジのような強かな男が正面から問いただされて簡単に白状するはずもない。
邪なことを企んでいる様子は無かったのでとりあえずは問題なしとする。
私が部屋から去ってから何かをするのかもしれないが、常に見張っているわけにもいかない。
まあ、かなり変わった男ではあるが、私たちに対して悪意を向けてきたことはなかった。
成り行きとはいえ利害も一致している。
全面的に信用できるというわけではないが、少なくとも敵対はしていない。
食堂に顔を出すとファラーラ様とリーシャはもう食事を終えて部屋に戻った後らしく姿が見えなかった。
ギンジの手伝いをしている間、鳥のいい匂いをさせている場所にいたせいもあり腹が減っている。
何かの肉を焼いたものとパンをもらって食べていると、1人のドワーフが陶器製のジョッキを2つ持ってやってきた。
「コカトリス殺しの勇敢な戦士よ。乾杯をしようじゃないか」
声をかけてきたドワーフは私の目からするとどれも同じように見えるドワーフの中でもひときわ異彩を放っている。
一回り体が大きく、周囲の他のドワーフたちも畏敬の表情を向けていた。
ドワーフは私のことを凝視して何かを思い出そうとするような顔をしている。
どういうことだ? まあ、いいか。
ちょうど飲み物が欲しいと思っていたところだったので、これ幸いとジョッキを受け取ってそれを高く掲げる。
それから私とドワーフは掲げていたジョッキをぐいと飲み干した。
肉とパンは特筆するほどではないが、ジョッキの中身のビールはなかなかに芳醇な味わいである。
ドワーフは感嘆の声をあげた。
「ほう、ほう。さすがだな。槍の腕前もさることながら、飲みっぷりもなかなかのものだ。おい。ジョッキを2つだ」
ドワーフは新たなジョッキを取り寄せる。
「ダールと呼んでくれ。まあ、仲間内じゃそれなりに名の通っている戦士だ。だが、さすがにコカトリスを1人で殺ろうというほど自惚れちゃいない。いずれ人を揃えてと思いながら、ちと旅に出て戻ってみればこの騒ぎだ。ではあいさつ代わりにもう1度乾杯をしよう。コンスタンス、あんたの健康に」
「ダール。あなたの健康に」
再びジョッキを空けた。
ガハハとダールは上機嫌で笑う。
「コカトリスを倒すとはどんな偉丈夫かと思えば、このように細っこいおなごとはな。まあ、背はちと高いが」
ドワーフにとっては私でも細く見えるのか。
まあ、ドワーフは概ね酒樽のような体型をしているからなあ。
私はジョッキを持つ手にぐっと力をこめた。二の腕の筋肉が盛り上がる。
「言うほど細くないと思うがな」
ダールはジロリと私の腕に視線を送った。
「ふむ。確かに戦士の腕だ。気分を害したのなら謝ろう」
「いや、別に不快ではない。あまり言われなれていないと言うだけだ」
「そうか。まあ、体の大きさは重要ではないな。それを使って何を為すかが大事というもの。コカトリスを倒した勇士の体つきに言及したのは確かに不適切であった」
真面目くさって謝罪するダールに内心おかしくなった。
ダールは細く見えると言ったことが私を侮辱したのではないかと思って謝っている。
私の方はこの男っぽい体つきを疎ましく思う部分もあるが、ダールにはそういう発想は全くなさそうだった。
純粋に武というものをそれ1点で評価している。
「それで、コンスタンス、あんたは何を目指して戦っている?」
「何を目指してというのは?」
「あんたはファラーラ姫に仕えているのだろう? ファラーラ姫への不当な取り扱いをはねのけ、聖アッサンデール王国の女王に就けようとしているのではないのか?」
「そんなつもりはない。少なくとも今まではね。ここに来るまでの行動は身を守るためにやむを得ずというものにすぎない。まあ、今後も火の粉は払わなければならないだろうけれども」
「なんと。それだけの腕を持ちながら大望を抱いていないのか。コカトリスを倒したのは武名を上げ人を集めるためと思うておったがな。では本当に食材を手に入れるためにコカトリスと戦ったのか?」
ダールはあまり世間話をすることがないドワーフにしては冗舌だった。
変わり者ということらしい。
自分で評するのも変かもしれないが、どうも類は友を呼ぶということか。
「信じられないだろうがその通りだ。私たちはギンジがすることに協力し、それで彼が私たちを手助けする関係なんだ。そして、あの男はラーメンの店を開くことがなによりも重要らしい」
「ふむ。それは素晴らしい。なるほどな」
ダールはなぜかこの話に感銘を受けたらしい。
ご機嫌でまたジョッキを空ける。
ジョッキをテーブルの上に置くとダールは居住まいを正した。
「吾輩はずっと人生の目的を探してきた。それで最近悟ったのだが、どうも吾輩自身にはやりたいことがないようだ。そこで頼みがある。あんたの横で斧を振るうことを認めてもらえないかな?」
「それは……?」
「誰かの望みを叶える手伝いをする中で見えてくるものもあるのではないかなと考えている。ただ、それが世界の終わりを願うようなものであっては困る。あんたたちならその点は間違いないだろう」
「誰かに一臂を添えるというのも1つの生き方ではあるだろう。ただ、私もファラーラ様に仕える身だ。一存では決められぬ」
「分かった。ファラーラ姫にも許可を取る。その前にコンスタンス、あんたの諾否を聞きたい」
初対面の相手の人物判断など私の手に余る。
同じように人物判断をしたギンジの場合は切羽詰まった状態だった。
出会い自体が偶然だったし、何よりギンジは常識外れで、いずれ裏切らせる目的で私たちに埋伏させるには向かなすぎる。
今回同行の提案をしてきたダールはドワーフだ。
武骨で一途な性格であり陰謀などとは無縁そうだが、ドワーフも工芸品に対する執着は持っているとされている。
どうしても手に入れたいとするものがあれば、それで釣ることが絶無であるとは考えられなかった。
まあ、考えても分からないときに人物を判定する方法もなくはない。
戦士には戦士のやりかたがある。
私は残っていたビールを飲み干すと勢いよくジョッキを置いた。
「ようし、分かった。ダール。あなたの提案を受け入れるか否かは私の槍に聞け」
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