第22話 ゲテモノ食い
ドワーフの住処の1つであるイシュリ山からもっとも近いエルフの森は聖アッサンデール王国の北辺を東に進んだところにある。
草原が広がる場所でジシュカル王国が統治していた。
ジシュカル王国は聖アッサンデール王国と同盟関係にあり、経済的にも軍事的にも結びつきが強い。
それというのもジシュカル王国の北側には魔族が跋扈する地域が広がっていた。
そのため王国を守る騎士団は私たちが東進しているところよりもさらに北にある国境沿いに展開しており、この辺りではあまり騎士を見かけないはずである。
そのつもりでいたら、巡回中の騎士団に遭遇した。
2個小隊16名か。
今の陣容なら腕づくで切り抜けられなくはないな。
「そこの一団止まれ」
「なんの用ですか?」
ギンジは愛想のいい声を出す。
「出発地と目的地、旅の用件を言え」
「イシュリ山から東の森に仕入れに行くところです」
隊長の羽根飾り付きの兜を被った男の耳に副官が口を寄せた。
「鉄の爪……」
隊長が私たちを見回し頷く。
「そうか。随分と大所帯だな」
「そうですか? 人数が多い方が安心なもので」
「だいぶ魔族の活動が活発になっている。どさくさに紛れて荒稼ぎしようという強盗団がでるかもしれない。まあ、お前たちには手を出さんだろうが、気をつけて行くんだな」
「ご忠告ありがとうございます」
想像していたよりもあっさりと尋問が終わった。
ドワーフが4人も同行しているというのが効果があったようだ。
出発地がイシュリ山でドワーフが居れば、それがらみの仕事だろうと考えるのはごく自然である。
忙しい時期にジシュカル王国の騎士も隣接するドワーフ族と揉めたくはないはずだった。
ダールの
しかし、ギンジがあんなに愛想良くできるとは意外だった。
私の視線に気付いたのか首を傾げる。
「何か聞きたいことでもある?」
「意外と如才ないんだなと思ってな」
「やだなあ、俺は真面目なラーメン屋さんですよ。治安組織の人たちと揉めるわけないじゃないですか」
よく言うよ、と思ったが裏稼業で殺しをする男は、怪しまれないためにも普段は大人しくしているのかもしれない。
ギンジは私に片目をつぶった。
「それよりもコンスタンスさん、あの一団とぶつかって力づくで切り抜けられるか計算していたでしょ?」
「まあな。万が一に備えて計算した。しかし、私の考えていることがよく分かったな」
「そりゃ、俺も同じように彼我の戦力分析はしましたから」
まったく、真面目な飲食店の店主はそんなことをしないんだよ。
「それで、どう計算した?」
「んー。俺はあの人たちの強さが分かんないんですよね。ぶつかったことがないから。ただ、コンスタンスさんが緊張を解いたところをみると勝てるんでしょうね」
本当にやっかいな男だ。
つくづくギンジが敵じゃなくて良かったと思う。
「あまり楽観視しないほうがいいぞ。あの状況だからの話だからな。立ち止まった状態だから馬の機動力を生かせない。そうじゃなければかなり厳しいだずだ。まあ、よほどのことがない限りは、ジシュカル王国の騎士団とぶつかることはないだろう」
「強盗団が出るかもしれないという話はどう思います?」
「分からん。まあ、今後は野営するときは本格的に見張りを立てた方がいいだろうな」
そうは言ったものの、流しのラーメン屋ギンテイの総勢は18名にもなった。
戦闘においてはまったく戦力にならないファラーラ様とリーシャの2名を含んでいるが、その2人を除いても先ほどの騎士団2個小隊と同数である。
防御戦闘に優れるドワーフが4名もいることを考えると、守りの面では騎士団以上かもしれない。
ドワーフのところで作ってくれた荷馬車2台も頑丈な造りなのでいざというときには攻撃をさけるための簡易的な防御施設として使うこともできた。
荷馬車の間にファラーラ様とリーシャが入り、その前後をドワーフが固めればそう簡単には突破できないだろう。
相手が強盗団ならは個人の戦闘力もヒューイたちとそれほど変わらない。
10名という人数はそれだけで十分な戦力となった。
次の休憩のときにダールが私のところにやってくる。
「さっきの騎士が言っていたことは本当だ。吾輩が出かけていたというのは実は魔族の領域の偵察でな。確かに活動が活発になっておる。それほど強いものは含まれてはおらんようだが数だけは多い」
「具体的には何がいる?」
「ゴブリンとオークがそれぞれ2、3百ずつといったところか」
「それってどんな奴らなんだ? 教えてもらってもいいか?」
私の近くをうろちょろしていたギンジが話に入ってきた。
「なんと。ギンジはゴブリンとオークを知らぬというのか?」
「ああ。ギンジは変わった男なんだ。世故に長けているように見えて常識がなかったりする」
異世界から来たという話はしたくないだろうとフォローしたつもりが微妙に貶すような内容になってしまう。
「確かに吾輩たちと長耳族との関係も知らなかったからな。では吾輩が説明しよう」
ダールがニカリと笑った。
「ゴブリンというのは緑色の肌をして背が低い盗人でな。やつらは何も作り出せんくせにピカピカ光るものが大好きときている。1人1人はそれほど強くないが狡猾でな、こそこそ動き回って物を盗んでいきよる。大人の人間には敵わぬが女子供を襲って連れ去ることもあるな」
「ふーん。コソ泥のような連中ってことか。で、オークっているのは?」
「背丈はお前たち人間と変わらぬぐらいある。割と太った体型をしており豚のような顔つきをしているな。ゴブリンどもよりは好戦的で、人間の村を襲撃することもあるようだ。力はあるが不器用なので剣は使わずにもっぱら木の棍棒を使う。ただ、少しでも訓練を受けた人間が剣を持っていれば人間の方が勝つことが多いな」
「豚みたいな顔をしてるのか。そいつ食えるの?」
ギンジの無邪気な問いはダールをして一瞬沈黙を強いたが、少し間が空いて笑い出す。
「ほうほう。突拍子もないことを言いだしよる。どうだろうな。オークを食ってみようという発想がなかったぞい」
「いやあ、豚みたいなんだろ。叉焼作れるかなって思ったんだけど、それほど変か?」
「かなり知能が劣るが一応は言葉も話すからな。さすがに食ってみようという気にはならん。不潔だし食べたら腹に虫が湧きそうだ」
「じゃあ、やめておくか」
じゃあって何だよ。
ギンジの発言に周囲の人間は少し今までとは違った視線を向けていた。
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