第23話 騎士団の中隊長

「うーん、やっぱ無理だな」

 ギンジはしゃがみ込んでオークの遺体を検分しながら言う。

 イシュリ山を出て5日目、ジシュカル王国の騎士団に追われたオークの一団と遭遇し、挟み撃ちにして50体ほどの集団を撃滅したばかりであった。

「でしょう? 親分冗談がきついですよ」

 ヒューイが胸をなでおろしながら言う。

「いやだってさ、もうちょっと豚っぽいかと思ったんだよ。これはほとんど人じゃん。さすがに無理だ」


 そんな会話をしているのを聞きながら私はジシュカル王国騎士団の中隊長と話をしていた。

 兜を脱いだ中隊長は右手を差し出してくる。

「王国騎士団のイェルパ・ラントです。オークどもを倒すのにご助力頂き感謝する」

「コンスタンスです」

 ラント中隊長は私の右手をしっかりと握った。

「見事な槍さばきだ。我らの中にもあれだけの腕前を持つ者はそうそうおりますまい」

「過分なお褒めの言葉ですね」

「いやいや。ご謙遜されるな」


 ラント中隊長は私の手を離し一呼吸を置くと言葉を切り出す。

「以前どこかでお見かけしたことがある気がします」

「申し訳ない。私の方はラント殿にお会いした記憶は無いようです」

 ラント中隊長は少し残念そうな顔した。

「聖アッサンデール王国との合同演習でお姿を見ましたよ。ご挨拶をしなかったからご記憶がないのは仕方ない」

 私の頭の中で警告の角笛が鳴り響く。


「2年ぐらい前だったかな。模擬戦で我が隊の若手を叩きのめしていましたね」

 くっそー。無駄に記憶力のいいやつだな。

 2年前に出会った外国女なんて普通は覚えていないだろう。

 あれか。この高身長が悪いのか。

 さてどうする。

 人違いだと言い逃れるか、素直に認めるか。

 

 別に私に対して劣情をもよおすのは居ないだろうし、トラブル除けに変装することはないだろうと考えていたが甘かったな。

 まあ、顔の造形をいじって別人に見せることはできても身長はごまかせない。

 駆けまわる私を魔法の標的として維持し続けるのは難しいし、どのみち無理か。

 おっと、こんなことを考えている場合じゃない。

 私は大変申し訳なさそうな顔をした。


「ラント中隊長のことを思い出そうとしたが、どうしても記憶がない。非礼ご容赦願いたい」

 余計なことを考えていた間を誤魔化すために過去の記憶を漁っていた振りをする。

 なし崩し的に別人を装うことはできなくなった。

 ラント中隊長は鷹揚に手を振る。

「顔を合わせてご挨拶したわけでなし、こちらが勝手に一方的に見ていただけのことです。非礼でもなんでもありませんよ」


「おう。どこかで見たことがあるかと思ったらイェルパではないか」

 ダールが会話に割り込んできた。

 ドワーフは人間社会の階級に無頓着なのはよく知られているが、騎士団の中隊長ともなると個人名を呼び捨てというのはさすがにまずいのでは……。

 トラブルを予感して密かに身構えているとラント中隊長はダールを見て少し狼狽する。

「おや。鉄の爪がこんなところで何をしているのです?」

「見りゃ分かるだろう。護衛だよ」


 冷や冷やするがラント中隊長はざっくばらんな性格のようだ。

「もう少し手伝ってくれと頼んだのにイシュリ山に帰っていった当人がこんなところに居るのを見れば言いたくもなるでしょうよ」

「吾輩の道は吾輩が選ぶ。なんの不思議があろうか」

「ということは鉄の爪は自らの運命を見つけたということかな?」

「うんにゃ。まだ見つけておらん。それを見つけるためにこの者たちと同行している」


 私たちの一行を眺めていたラント中隊長はにこりと笑みを見せる。

「ますます興味が湧いてきますね。コンスタンスさん、色々とお話を伺いたいと思うのですが、立ち話というのもなんでしょう。負傷者の手当ても必要ですし、今夜はここで一緒に野営しませんか?」

 提案という形を取っているが、向こうは騎士団の中隊長殿であり、実質的には命令に等しい。

 ただ、私たちのリーダーはギンジだった。

 私が話を受けて伝えてもいいが、一緒に野営をするというのならその点は明らかにしておいた方がいいと考える。


「コンスタンスさん。何か問題?」

 声をかけようとした相手が向こうからやってきた。

 どうやらオークは食えるか問題に決着がついたらしい。

 立場上、私が双方へ紹介の労をとる。

「ラント中隊長、ご紹介する。こちらが我々の雇用主のギンジさんだ」

 ギンジの方に向き直った。

「ギンジさん。こちらが、この大勢の騎士の指揮官であられるラント殿だ」

 失礼のないようになと目で伝える。


 ラント中隊長は面白そうに目に閃かせた。

 若いせいか感情を隠すのが得意ではないらしい。それか、あまり感情を隠す必要がないのかも。

「ギンジ殿か。オーク討伐に協力いただき感謝する。まあ、これだけの腕前の護衛を2人も抱えておられれば造作もないことだったでしょう」

「お役に立てたなら何よりです。それで、コンスタンスさんと長い間話していたようですが、何か御用ですか?」


「ああ。一方的ではあるが私がコンスタンスさんを以前お見かけしていたという話が長くなってね。それで、他にも色々と伺いたいと思って、今夜は一緒に野営をしてはどうかと提案していたところだったんですよ。大したおもてなしはできないが、ご協力のお礼も兼ねてどうだろう?」

「そういうことですか。そうだねえ。ここで急いだところでもうすぐ日暮れだ。それじゃ、ご招待に応じさせていただきますよ。ラント殿」


 ラント中隊長は相好を崩した。

「受けて頂いてありがたい。そうだ。もしギンジ殿の一行に怪我人がいれば仰ってください。中隊付きの治療術師に診させよう。うちの中隊員にも何人か怪我人はいるようなのでその後になるがね」

「ありがたい申し出だね。でも、間に合っているから大丈夫だ」

「そうか。遠慮しなくて構わないよ。もし、後から必要ということになったら声をかけたまえ。それでは、夕食のときにご一緒しよう。楽しみにしているよ」


 ラント中隊長はひらりと馬にまたがる。

 副官や付き人を従えると大声で指示を出しながら駆け去った。

「コンスタンスさん。あんまり歓迎してなさそうな感じだな」

 ギンジが声をかけてくる。

「ああ。私が聖アッサンデール王国に仕えていたのを知っている者がいるとは計算外だった。しかも中隊長とはな」

「イェルパは悪い男ではないぞ。御曹司ぼんぼんの割にはな」

「そいつは嬉しい情報だ」

 ダールに対する返事の言葉とは裏腹に夜のことを思い浮かべると気が重かった。

 

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