第24話 対策会議

 夕食までには時間があるので、主要メンバーで対策会議を開く。

 最大の課題はファラーラ様の身分を隠し通すかどうかだった。

 このまま隠し通す方が安全ではある。

 ジシュカル王国は聖アッサンデール王国とそこまで大きな力の差はない。

 だからゴンドーラ王国のように直ちにミーナシアラ女王に媚を売ることは考えられなかったが、女王の意に逆らってまでファラーラ様を擁護する理由もなかった。


 ただ、隠し切ろうにも、うかつにも私のことを認識されてしまったので、なぜ騎士が聖アッサンデール王国を離れてギンジの護衛をしているかを説明する必要がある。

 一介の女騎士のことなど気にも留めない可能性が高いが、聞かれたときの準備をしておいた方がいいだろう。

 下手に嘘をついて露見したときに疑われるのは避けたかった。


 ファラーラ様に先ほどのことを報告すると頬に指を当てて何か考えている。

「ラント、ラント……。何か聞き覚えがあるのよね。ジシュカル王国の総騎士団長を務めるのがラント家ではなかったかしら」

 さすがはファラーラ様だった。

 自国のみならず隣国のことも把握していらっしゃる。

 しかし、総騎士団長だと?

 ダールが頷く。

「うむ。あのイェルパは現在の総騎士団長の嫡男だ。経験を積むために中隊長をやっておる」


 ギンジが手を挙げた。

「総騎士団長ってのは偉いのか?」

「軍事面のトップだな。ジシュカルは位置的に常に戦時体制にあるようなものだから偉いぞ。国王の次に偉い」

「はあ。道理で育ちのいい感じがしたわけか。じゃあ、ゆくゆくはあの男は出世するんだな」

「まあ、間違いなかろう。生真面目で優秀で人望も厚い」

「俺と一緒だな」


 ギンジが胸を張ったが賛同の声は上がらない。

 沈黙は可愛そうなので反応してやることにする。

「いつもの変な台詞はいらないぞ」

 手を前に出そうとしていたギンジは固まっていた。

「まあ、非凡であるとは思うがギンジはラント殿とは方向性が全然違うな」

「あ、そう……」

 ギンジはなんだか嬉しそうにしている。

 みんなの注目を集めなければ気が済まないところが子供っぽい。


「それで、ファラーラ様。いかがしましょうか?」

「そうね。確かに判断に迷うわね」

 ギンジはこの世界の権力には疎いし、ダールはそもそも人間社会の権威を認めていなかった。

 そういう方面の判断はこの中ではファラーラ様が一番確かだと思われる。

「そもそも、どうして食事を一緒になんていいだしたのかしらね?」

「そりゃ決まっておるじゃろう。男が女性を食事に誘う理由など」

 面白くもなさそうにダールが言葉を紡いだ。


「それってえとつまり……、あのラントって若造はコンスタンスさんを誘ったってことかあ?」

 ギンジが素っ頓狂な声を上げる。

 そりゃ驚きだよな。でもあれだ。もうちょっとこう柔らかな物言いというか……。

「職権乱用じゃねえか。ふてえ野郎だ」

 ギンジは腕を組んで不快そうな顔をし、それにダールが応じた。

「ふむ。まあ、あのクソ真面目にしては珍しいな。仕事で立ち寄った町のお嬢さんから招待されたときは固辞していたんだがのう」


「これは由々しい事態ね。ラントさんもコンスタンスを見初めるなんて見る目はあるようだけど」

 なんか変な方向に話が進んでいるようなので疑問を呈することにする。

「ちょっと想像を逞しくし過ぎじゃないですか。私に興味があるとしてもきっと騎士としてですよ。ほら、魔族が活発に動いているせいで人手が足りないから私をスカウトしようとしているんじゃないかな」


「そうかしら。どちらにしても私は困るわ」

「そ、そうだよ。銀亭の営業にも影響がでちまう」

 心配の声をあげる2人にダールは首を振った。

「いや。間違いなく色恋沙汰だ」

「ダールさん。やけにはっきりと言うんですね」

 リーシャがここぞとばかりに質問をする。


 ダールは胸を張った。

「そりゃそうとも。男同士で酒を飲んでいればそういう話も出る。イェルパが昔チラリと見た女が忘れられないと言っておった。他人の色恋なんぞに興味がなく適当に聞き流しておったが、今思えばあれはコンスタンスのことだったのだな。道理でイシュリ山で初めてコンスタンスを見たときに既視感があったわけだ」

 ラント殿がダールを見て慌てたのはそういうこと?

 まあ、ダールが言っていることが事実だとしたら確かにそれは嫌だな。

 しかし、ラント殿が私のことが忘れられないというのは信じがたい。


 総騎士団長の御曹司で若くて見た目も良く人望もあるなら配偶者は選び放題だろう。

 よりによって私を選ぶというのはちょっと目の病気か何かじゃないのだろうか。

 ああ、あれか。

 ジシュカル王国は最前線だから、武人の家系としては丈夫で強い子供が欲しいというやつか。

 そういう声は聖アッサンデール王国にいる頃もあった。

 おっ勃てばの話だけどな、などと最後は下品な笑いで終わっていたが。


 気が付けば皆が私の顔を見ている。

「コンスタンス。顔色が良くないわよ。大丈夫?」

「あ、大丈夫です。あまりに突拍子もない話で驚いただけですから。なんか話が逸れてしまいましたね。えーと、ラント殿の意図はともかく、ファラーラ様のことはどうしましょう?」

 ファラーラ様はふんわりと笑った。


「脇に置いておいてもいいけど、もし、コンスタンスを口説こうというのなら、私は身分を隠してはいられないわ。コンスタンスは私の護衛騎士なんですもの。まずは私の許可を得ないなんてありえないわ。その事実を知らないんじゃ仕方ないけど」

「そうなんですか?」

 ギンジが興味深そうに質問をする。

「そうよ。護衛騎士なんて誰でもいいってわけじゃないんだから。コンスタンス以上の人材はなかなか見つからないでしょうし。後任が見つからない状態で私の護衛騎士を口説こうなんて大問題よ」


 なぜかギンジが顔を強張らせていた。

 いつもはあまり強く意見を言わないファラーラ様がはっきりと自己主張をすることに驚いたのかもしれないな。

 ギンジが顔を引きつらせながら聞く。

「それじゃあ、お姫さん。素顔を晒して正体を明かしますか?」

「そうねえ。なんかそれも変な気がするわね。やはり身分を隠しておきましょう。ただ、もし、コンスタンスへのアプローチだったときは、正体を明かしてでも、しっかりきっちり話をさせてもらうわ。私の素性が分かってもラントさんも惚れた弱みで私たちに強く出れないでしょうしね」

 ふふふと笑みを浮かべるファラーラ様はやはり一国の王女様なのだった。

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