第25話 逡巡と暴露

 騎士団が野営の準備をしている近くで、私たちも天幕を張る。

 オークを完膚なきまでに粉砕したせいか表情は明るく活気に満ちていた。

 私たちが固まっているところから少し離れたところで煮炊きが始まる。

 平服の男女の姿が見えるところをみると、近くの村から徴用してきたらしい。

 風紀が乱れそうだなと顔をしかめる。

 気の大きくなった騎士が村娘とその辺でよろしく始める姿をファラーラ様に見せるわけにはいかない。

 まあ、ファラーラ様もそういう方面のことをまったく何も知らないというわけでもないのだが。


 やはりファラーラ様には向うへ出向かずにここに留まってもらおうと考えていると、騎士1人と村人を連れたラント中隊長がやってきた。

「仲間内で寛いでいるところお邪魔するよ。それでは支度を頼む」

 ラントに頼まれた村人は手早く食事の支度をすると去っていく。

 さらにラントは残った騎士にも退席を促した。

「隊長。せめて副長の私だけでも」

「騎士たちも戦勝で気分が高揚しているだろう。馬鹿な真似はしないだろうが、お前が目を光らせておいてほしい」

「分かりました」

 騎士はため息をつくと去っていく。


 ラント中隊長は手を擦り合わせた。

「さて、まずは食事にしようじゃないか。我々からの感謝の気持ちだ。遠慮なく食べてくれたまえ。そうそう、私のことはイェルパと呼んでほしい」

 そう言いながら、ラント中隊長は鍋からシチューをよそって食べ始める。

 変なものは入っていないというアピールらしい。

「んじゃ遠慮なく」

 ギンジも皿によそい、ダールが続いた。


 私が去っていった村人の方へ視線を送るとラント中隊長が注釈を入れる。

「ちゃんと代金を払って購入したものだ。強制的に徴発したものじゃないから安心してくれ。ジシュカル王国の奢りだよ」

 わざわざ単身で乗り込んでくるところといい、ここまで礼を尽くされては仕方ない。

 私もテーブルから皿と匙をとりあげると大鍋からシチューをすくう。

 ラント中隊長から少し離れたところ、ギンジの隣に腰をおろして食べ始めた。

 少しスパイシーで濃厚な味付けのものが胃の腑へと落ちていく。


 ヒューイや他の者たちに混じってリーシャが2つ皿を運んでいった。

 ファラーラ様は馬車の横に出した小さな椅子に座って匙でシチューを口へと運ぶ。

 所作が洗煉されていた。

 少し行儀悪さも身につける必要があるかもしれないな。

 皿に口をつけてかきこんでいる連中の中にいると目立ってしかたない。

 ラント中隊長は虫除けの覆いの下からライ麦のパンを取ってくる。

 直接かぶりつきながら言った。


「他のものも自由に取ってくれ。シチューもまだたっぷりと残っているはずだ」

「イェルパ。酒はないのか?」

「悪いな、ダール。部下に禁酒を強いている手前、俺が飲むわけにはいかないんだ。酒は別の機会にしてくれ」

「相変わらずお堅いことだ」

 ダールは鼻を鳴らすがラント中隊長は気にした様子もない。

 ライ麦パンで綺麗に拭うと皿を置いた。


「さて、腹も膨れたことだし少し話をしようか。ああ、皆さんは遠慮なく食事をしながらで」

 ダールは酒がないならとシチューをお替わりしている。

 ラント中隊長は私の方に顔を向けた。

 すぐにしゃべり出すかと思ったら、騎士たちの方を振り返ったり馬車を眺めたりさている。

 ようやく口を開いて出てきたのは愚にもつかないことだった。


「なかなか居心地の良さそうなキャラバンだね」

「まあな」

 雇い主がすぐそばにいるのになんて質問だ。これ以外の返事のしようがない。

 ラントは兜の据わりを安定させるためにために短く刈りこんだ金髪をかき回す。

「コンスタンスさんは兜は使わないんだね。いや、その長い髪は素敵だよ。兜のためなんかに切るのはもったいないから当然だね。ははは」

 なんだ、このぎこちない話し方と内容は?


 私自身は経験がないが、若い騎士が女性に話しかけるときはもうちょっと気の利いたことを言っていたぞ。

 しかし、私が視線を向けると僅かに顔を伏せ頬に赤みが差すのは、この私でも誤解をしようがない。

 マジで私に気があるのか?


「編み込んだところも格好いいがな、ほどくとまた雰囲気が変わって素晴らしいんだぞ」

 なぜか私の髪の毛のことをギンジが自慢した。

 目を上げたラント中隊長がきっとギンジの方を見る。

 ぐぬぬというように奥歯を噛みしめていた。


 ラント中隊長はギンジから視線を外して私に問いかける。

「それで……、コンスタンスさんは祖国を離れたということなのだろうか?」

 これまた答えるのが難しい質問だな。

 ファラーラ様の護衛の任を宰相から解かれたわけではないので、一応形式的にはまだ聖アッサンデール王国の騎士である。

 ただ実質的にはお尋ね者に含まれるし、正面きって王国の騎士と名乗れるかというと難しい。

 まてよ。

 公式にはファラーラ様は王女の位を剥奪されていない。

 ミーナシアラ女王は公的にはファラーラ様をどう扱うことが可能なのだろう?


「イェルパさん。まあ、あまり細かいことは言えない任務についていると考えていただきたい」

 騎士ならお互いに色々あるだろうというのを言外に匂わす。

「ああ、踏み込んだことを聞いてすいません。こんなことをお聞きしたのはですね……」

 急に尻すぼみになった。

 ギンジが得意げに講釈を垂れる。


「あんまり他人の事情に首を突っ込むもんじゃねえな。他人には話せないことの1つや2つあるもんだ」

 その言い方だと私に何か凄い秘密があるみたいじゃないか。

 まあ、一般論として言っているんだろうけど、だいたいそういうお前が殺し屋だろ。

 というか私たちの一行は脛に傷を持ちすぎだな。


 ラント中隊長は口を閉じてしばらく何かを考える様子になった。

 パチパチと火が爆ぜる音が響く。

 離れたところで騎士たちが何かに爆笑した。

 それに目を向けてから、ラント中隊長は馬車の方をじっと見る。

 そこではファラーラ様がリーシャの持ってきたライ麦パンを手で小さくして食べていた。


 食事中なのでフードが上がり魔法で変装した顔が露わになっている。

 ラント中隊長はファラーラ様と私を交互に見ていた。

 何か凄く嫌な予感がする。

 ラント中隊長は左手の甲を私の方に向けて差しだしてきた。

「コンスタンスさん。初対面でこんなことを言い出すとかえって警戒させてしまうかもしれない。だけど千載一遇の機会だから言わせてもらうよ」


 ますます話の流れがきな臭くなり、ギンジがソロリと身体を動かす。

「私を頼ってみないか。我が剣に誓って悪いようにはしない。この指輪はね、幻影の魔法は無効化するんだ。あの人は第2王女のファラーラ様だろう?」

 その瞬間、ギンジが電光石火のごとくラント中隊長に躍りかかった。

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