第26話 睨み合い
「やめろ!」
私はギンジの身体を後ろから抱き止める。
「なんだよ。なんで止めるんだ? まあ、コンスタンスの腕の中ってのは悪くないけどな」
「下郎が。コンスタンスさんから離れろ」
語気鋭く吐き捨てるラント中隊長の右手にはダガーが握られていた。
「え? 俺はコンスタンスさんに抱きつかれている方なんだけど」
この馬鹿どもが、ファラーラ様の前だぞ。
私はギンジと体の位置を入れ替えると同時にぱっと手を離す。
「2人ともどういうつもりだ?」
左右を睨みつけるとギンジは傷ついた顔をし、ラント中隊長は不服そうな表情になった。
「だってよ、こいつ秘密を知ったんだぜ。頼ってくれというのはつまり秘密をバラされたくなければ言うことを聞け、ってことだろ?」
さすが横着者として一日の長があるギンジが先に憎まれ口を叩いた。
「馬鹿なことを言うなっ! お前こそコンスタンスさんと馴れ馴れしくして、何か良からぬことを企んでいるんだろう?」
ラント中隊長が怒りをほとばしらせる。
2人に間で言い合いが始まりそうになった。
こめかみがじんわりと痛む。
「もっと冷静に話ができんのか?」
「会話が面倒で吾輩と刃を交えたコンスタンスが言うと説得力があるな」
シチューを飲み込んだダールが感想を述べた。
「え? コンスタンスさんはダールと戦ったのか?」
「いかにも。勝負がつく前にお姫さんに邪魔されたがな」
「仲間うちでそんなことをしている余裕はないだろう。一体何をやっているんだ?」
ラントが信じられないという顔をする。
そこへファラーラ様がやってきて言った。
「とりあえず、座ってお話をしましょうか。ラント殿の部下の方も心配するでしょうし」
大人しく全員腰を降ろして再度話を始める。
ラント中隊長がダールのことを見てから半ば自棄になった感じで宣言した。
「私はファラーラ様の窮状は理解している。その上で、コンスタンスさんに頼るように言ったのは正直に言って個人的な感情によるものだ。ファラーラ様、貴女の護衛騎士を妻とすることをお許しください。もちろん、私の妻となってからもコンスタンスさんが護衛騎士を続けることを阻むつもりはないです。これなら異存はないかと思いますが」
「ちょっと待った」
ギンジがすかさず否定の声をあげる。
ラント中隊長は声を荒らげることなく冷ややかな視線をギンジに向けた。
「あなたが嘴を挟む権利はないはずです。外野は引っ込んでいていただきましょう」
「ところが権利があるんだな」
「ああ。このキャラバンの用心棒をしてもらっていると言いたいんですね。分かりました。その代金を私が払いましょう。その金で他の人を雇えばいい」
「そうじゃねえんだな。金で雇っているわけじゃないし用心棒ってことでもない」
「まさか、やっぱり正体を知られるわけにはいかないという弱みに付け込んで……」
「違うと言ってんだろ。コンスタンスさんは俺の店を手伝ってくれているんだ。お互いの窮状を助けあおうという相互扶助の精神でな。今のところ、コンスタンスさんは俺の店で俺の代理が務まりうる唯一の人材だ。そう簡単に抜けられるわけにはいかねえんだよ」
「あなたの商売がどれほどのものかは知らないが、コンスタンスさんを縛るほどの価値があるとは思えない」
ラントがこう言った途端に、その場の空気が変わる。
さすがに発言はしないが、ヒューイたちからゆらりと黒いものが立ち上った。
ギンジに弟子入りしたドワーフたちも目に殺気をみなぎらせている。
ダールがあごひげをしごいた。
「イェルパ。その発言は撤回した方がいいな。イシュリ山の吾輩の同胞のほぼすべてを敵に回すことになるぞ」
「な……」
ラント中隊長が絶句し、初めてその場の雰囲気に気づく。
「一体どういうことだ?」
「ラーメンだよ」
「ラーメン?」
「そうだ。ギンジが作る至福の味わいだ。それを否定すれば戦争になる」
なおも信じがたい顔をしているラント中隊長に私も言葉を添えた。
「信じがたいだろうがダールの言っていることに誇張はない。実際ラーメンを巡って暴動が起きかけたこともある」
唇を嚙みしめていたラント中隊長は息を吐くとギンジに謝罪する。
「先ほどあなたの商売を貶したことは謝罪して撤回する。すまなかった」
ギンジはその謝罪を受け入れた。
どうだという顔をするので警告する。
「ギンジ。その大人げない真似はやめろ」
するとギンジはぶるっと身震いをして顔をひと撫でした。
「ギンジさんの商売は商売として、コンスタンスさんは必要ないのではないか? 今までもあなたは1人でやってきたのだろう?」
「お客さんが多くてね。俺だけじゃさばききれないんだ。それに俺の仕事が上手くいくまで手伝うというのは俺とコンスタンスさんとの間の約束だ。それこそ他人がどうこういう話じゃないと思うけどね。まあ、コンスタンスさんが破棄するというのなら仕方ないが」
「それは信義にもとる。私やファラーラ様の窮地を救ってもらった恩もあることだし、一方的に破棄することなど許されないだろう」
「し、しかし、ミーナシアラ女王が追っ手を差し向けてきたらどうするのだ。なりふり構わずファラーラ様を害そうとしたら、守り切れるのか? 私、いや、我が国なら守ることができる」
「それってお前の私利私欲のために、国を巻き込むということか? ロマンチックで結構なことだ。だがな、国と国がぶつかるってことはたくさんの人間が死ぬってことだぞ」
ギンジが心底呆れたとばかりに嫌悪感に満ちた声を出す。
犯罪組織のボスを殺ったときとも、普段の間抜けな姿とも違った。
「なら、コンスタンスさんを見捨てろと言うのか? 薄情者め」
「そうじゃねえよ。赤の他人を巻き込むなと言っている。惚れた女を守るのはな、てめえの器量と個人的な付き合いの範囲でやれ。俺はそれでやっている」
は?
こいつ何を言ってるんだ?
ギンジは一瞬しまったという顔をするが、すぐにその表情を改める。
「迷惑かと思って黙っていたが、口に出してしまった以上はっきり言うぜ。俺はコンスタンスさんに惚れてんだ。俺は俺の全てを賭けてコンスタンスさんの隣を歩むぜ」
「いいぞ。親分」
ヒューイたちが歓声をあげた。
「やっと告白したんですね。いつ言うのかやきもきしましたよ。まったくこれだから昭和の男は面倒です」
いつの間にか近くにいたリーシャが首を振る。
「なんだと? 一体何の話だ? ギンジが?」
思わず漏れた声にリーシャが目を丸くした。
「嘘でしょ。気付いてなかったんですか? それ、たぶんコンスタンスさんだけですよ」
ファラーラ様はふんわりと笑い、ダールらドワーフは重々しく頷く。
「俺は認めん!」
1人いきり立つラントの声を聞きながら、私は生まれて初めての経験に呆然としていた。
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