第15話 材料確保
男たちは完全に腰が引けた状態で恐る恐る近づいてくる。
「血が固まる前に血抜きを終えたいんだ。早くしろ。きびきびと走ってこい」
私が怒鳴るとびくっとするが、それでも少しは動きが速くなった。
コカトリスは怖いが、それを倒した私はもっと怖いということらしい。
結構なことだ。
運んできた木材を組み上げるとそれにコカトリスの胴体を逆さにして括りつける。
流れ出した血は事前に掘っておいた溝に沿って流れた。
コカトリスの血の毒性は強いが日の光に当てておけば薄れていくので問題ない。
血の勢いが収まってくると男たちは総出でコカトリスの羽をむしり始める。
風が茶色い羽を散らばらせた。
私はその様子を近くの岩に腰掛けて眺めている。
どこも怪我はしていなかったが、さすがに全身がだるい。
コカトリスの邪眼が私には効果がなかったとしてもかなりの強敵だった。
騎士3人がかりで相手するぐらいの強さはある。
そのコカトリスを1人で倒せた充足感が体を満たしていた。
男たちは松明に火をつけると羽の根元を丁寧に焼いていく。
この処理をしておかないと食べたときの舌触りが悪くなった。
根元の処理が終わると男たちに合図をしてコカトリスを縛り付けた棒を担がせ下山を始める。
4人がかりでもかなりの重量になるはずなので途中で交代を申し出てみた。
「しばらく代わろう。1人ずつ交代で少しは休めるはずだ」
「とんでもない。姐御はゆっくり休んでてくだせえ」
全員が口を揃えて言う。
「コカトリスを倒せる御方にそんなことはさせられませんや」
固辞するので交代するのは諦めた。
男たちの目には怯えと敬意が見て取れる。
何度か休憩を挟んだが予定通り日暮れ前にはドワーフたちの洞窟に戻ってくることができた。
コカトリスを狩ってきたことに洞窟はちょっとした騒ぎになる。
その騒ぎを聞きつけたギンジがやってきて感嘆の声をあげた。
「こいつは凄いな。これなら素晴らしいスープが取れそうだ。さすがはコンスタンスさんというところかな」
周囲のドワーフたちが口々に言う。
「いや、普通は1人じゃ倒すのは無理じゃろう」
「よくぞ石にならなかったものだ」
それを耳にしたギンジが不思議そうな顔をした。
「ん? ただのでかい鶏じゃないのか?」
私に同行した男たちが驚いた顔をする。
「親分。コカトリスのことはご存じないんで?」
「聞いたことないな。でかい鶏の種類のことじゃないのか? 名古屋コーチンみたいな」
「ナゴヤコーチン? そいつのことは知りませんが、ただの鶏とは全然違いますよ。確かに見た目はでかい鶏のようなもんですが、睨みつけた相手を石にするし、血は猛毒だしでとんでもなく強いモンスターなんですぜ」
「は? なんだそりゃ」
最初は大げさなと笑っていたが、ドワーフたちもその通りだと応じるとギンジの顔色が変わった。
「コンスタンスさん。どこにも怪我はないか?」
「大丈夫だ。幸いにして大きな怪我はしていない。肩当てを引っかかれたときに滑った爪で腕をちょっと傷つけられただけだ」
「勝手にこんな危ないことをしないでくれ」
「いや、ギンジさんも忙しそうだったから、余計なことを耳に入れて煩わせることはないかなと思ってね」
「石になってしまったらどうするんだ」
ギンジは顔が強張っている。
「そんなにムキにならなくても数日以内なら元に戻れる方法はあるんだ。それにそんなに危険だったということでもないんだよ」
そう弁解したがギンジの表情は変わらない。
ラーメン屋を切り盛りするのに人手が足らなくなるのが困るということか。
確かに店を手伝うと約束したのだし、一言ぐらいは断っておくべきだったかもしれないな。
私はギンジに詫びを言った。
「驚かせてすまない。以後気を付けるよ」
「そうしてくれると助かる」
ギンジは首の後ろをかきながらバツの悪そうな顔になる。
「こんなに厳しく言っておいてなんだが、コンスタンスさんのお陰でスープ作りは問題なくできそうだよ」
「そちらの作業は進んだ?」
「まあね。彼らは器用で助かるよ。燃料の方はいい感じだ。俺の持っている炉の形に合わせて加工してくれることになったよ。まあ、ここにいる間は彼らの厨房を借りられるから気にしなくていいんだけどな。危険を冒して手に入れてくれた鶏肉だ。早速スープを取ることにしよう」
「ちょっとだけ待ってくれ。念のため、血の処理をしておきたい」
ファラーラ様の部屋に行き無事に戻ったことを報告する。
「本当に何もなかった?」
私のことを気遣ってくれるのは有難いが急ぎの用件があることを告げて勘弁してもらった。
「コカトリスの血が残っていると良くないのでリーシャが解毒する必要があります」
「そうなのね。リーシャ、お願いできる?」
「もちろんです。お任せあれ」
リーシャだけを連れて行こうとしたら、ファラーラ様も同行しようとする。
「あまり見て面白いものじゃないですよ。首を刎ねた大きな鳥というだけですし、どちらかというと見た目はグロテスクです」
ショックを受けることを心配して止めたが、ファラーラ様は表情を引き締めた。
「大丈夫。コンスタンスが命がけで取ってきたものですもの。それに事前に警告してくれたから。私もいつまでも世間知らずのお嬢さんではいられないわ」
私が不在の間にリーシャのやつ、ファラーラ様に余計なことを吹き込んだな。
確かに姫様も世間のことを少し知った方がいいが、もうちょっとおとなしめのものからの方がいいのではなかろうか?
毛をむしって首チョンパした鳥を見て食べられなくなっても知らないぞ。
「じゃあいきましょう」
ウキウキとしたファラーラ様に背中を押されるようにしてギンジのところに戻る。
「こ、これは凶悪そうね」
ファラーラ様は血の気が引いたが気丈に振る舞った。
「コンスタンスの肩当ての傷、あの脚の爪でやられたの?」
「そのための防具です。頑丈な部分でわざと受けて体勢を崩すんです」
「本当にコンスタンスは凄いのね。あなたが居てくれてとても安心だわ」
そんな会話をしている間にリーシャが呪文を唱えてコカトリスの血の解毒を終えている。
「ほら、これでもう大丈夫ですよ」
喜々として血が乾いた首の傷に触ってみせるリーシャもやっぱりイカれっぷりではなかなかのものなのだった。
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