第16話 ラーメンの効力
解毒が終わったので、ギンジが厨房に運び入れたコカトリスの解体を始める。
なかなかに絵面が凄い。
上品な暮らしをしていた人には刺激が強いだろうと、ファラーラ様に退席することを提案した。
「もう見ていて面白いことは無いですよ。近くにいると服が汚れるかもしれないですからファラーラ様は夕食にされては?」
「コンスタンスはどうするの?」
「私は倒した者の責任として最後まで見届けます」
手を洗っていたリーシャに目配せすると、ファラーラ様を促して食堂へと向かう。
意外なことに察しが良い。
この場に残ったのは私とギンジだけになった。
「見ているだけでは悪いですね。私も手伝いましょう。少なくとも刃物の扱いには慣れている」
「い、いやっ、こっから先は俺が1人でやります。これ以上コンスタンスさんの手を煩わせるのは悪いので。ほら、みんなが驚くほどの強敵を倒してお疲れでしょう?」
ギンジの言動が明らかにおかしい。
何かに焦っているように見えた。
やはりな。
これからの工程で食べた人がラーメンから逃れられないような細工をするのだろう。
それを見破られたくなくて慌てているのだな。
魔法を使うのか、何かの粉か液体を混ぜるのか。一体何をするつもりなのだろうか。
「疲れているというなら、ギンジさんもそれは一緒でしょう。燃料のことや麺を作る機械のことで忙しかったのではないですか」
「いや~、化け物と戦うのに比べればたいしたことないっすよ」
「私が居てはお邪魔だろうか?」
ストレートに聞いてみるとギンジはますます狼狽する。
「と、と、とんでもねえ。いや、これだけのでかい鳥を捌くの手伝ってもらえれば有難いは有難いんですが」
「今後、ギンジさんが具合が悪いときでも私が代役に立てるようにするためにも、手伝っておいた方がいいでしょう」
「そういうことなら……」
押し切ってコカトリスの解体作業を手伝った。
ギンジは餌袋や内蔵など不要な部分を手際よく取り除けていく。
「あー、こういう作業っていうのは下々の者がすることで、お姫さんに仕えているコンスタンスさんのような立場の人がすることではないのでは?」
「まあな。だが私は騎士だ。戦場に出るとね、いざという時に自分で自分の飯を用意できないやつは腹を空かせて力を発揮できずに死ぬ。それに他人に任せきりにすると食事に毒を盛られることもあるからな」
話の流れに乗せて探りを入れてみた。
「そういうこともあるんですねえ」
「毒の他に惚れ薬を混ぜられるなんてこともあるな」
「え? そんなこともあるんですか?」
なんか食いつきがいいな。
興味なさそうなフリをしているけど、やっぱりギンジもファラーラ様と恋仲になれたらいいなとは思っているのだろう。
容色に優れ、気品があり、儚げで命を狙われているとなれば庇護欲をかきたてられるのは仕方ない。
それに何と言っても聖アッサンデール王国の王位継承権第1位を有していた。
まあ、ファラーラ様に手を出すなら守れきれるだけの地位と力を手に入れてからという話ではある。
さて、そろそろ本題に切り込むとするか。
「ところでギンジさん、1つ聞きたいことがあるんだが聞いても構わないかな?」
「改まって聞かれるとちょっと緊張するな。ええと、一体なんでしょう?」
「ギンジさん、あなたの作るラーメンは美味しいと思う。食べた人がやみつきになるのも無理はない。この私もとても気に入っている」
ギンジは手を擦り合わせ、さも嬉しそうな顔をした。
「だが、元ステイブル一家のラーメンに対する傾倒ぶりは異常だ。本来自堕落で悪事も厭わないはずなのに、勤勉で行いも改めているように見える。ラーメンに何か入れるか魔法をかけるかしてあの連中を支配しているんじゃないか?」
話が後半になるとギンジはあからさまに態度を変える。
何か期待を裏切られたような顔になった。
いやいや、そういう顔をするのはこっちの方だと思うんだが。
そうか、そうか。君はそういう奴だったんだな。
信用していたのにラーメンに小細工をしていたなんて失望したよ。
ギンジはいくつかの大きな鍋に分けてコカトリスの肉を骨ごと入れ煮込み始める。
火加減を見ながらギンジはとぼけたことを言った。
「言われてみると、確かにあいつら随分と大人しくしてますね。俺とコンスタンスさんの腕前に震え上がったと思っていたんだが……。それで、コンスタンスさんは、俺のラーメンを食べると指示に逆らえなくなる効果があるんじゃないかと疑っているんですか?」
「逆らえなくなるというか、ギンジさんの言いつけに素直に従う傾向が強くなるんじゃないかと思っている。元ステイブル一家にしても、ドワーフたちにしてもかなり友好的なのは否定できないだろう? 最初は敵対していた相手だったり、余所者に対して警戒心がつよかったりする割にはギンジさんに協力的だ」
「お姫さんやコンスタンスさんの人望のせいじゃないですか。きっとそうですよ」
「そんな人望があればここまでファラーラ様は落魄することはないと思うがね」
「聖なんとか王国の外だからというのは? おっかない女王様が居たんじゃ逆らえないだけで。それにもし、コンスタンスさんの言うことが正しいなら、コンスタンスさんも俺にこんな風に疑問をぶつけてこないんじゃないですか。俺のラーメンを食べているのは一緒でしょ」
そこを突いてくるか。
まあ、私に効果が無いのは特殊な装備を身につけているからなんだが、そのことはあまり他言をしたくない。
私の髪を結わえている赤いリボンはどこにでもあるありふれた品のように見えた。
しかし、ファラーラ様から頂いたこのリボンには石化や魅了、混乱などの各種の状態異常を防ぐ効果がある。
恐らく、魅了に似た効果があるラーメンの影響も防いでいるのだと思われた。
ファラーラ様が装着しているバレッタも同様の効果がある品である。
リーシャが平常運転なのは、たぶんあの女の隠れた能力だと想像していた。
つまり、私たち3人にはラーメンの効果は及ばないか、弱められていることになる。
「人によって効果の強弱があるのかもしれない。まあ、ギンジさんがあくまで否定するというのならこの話はここまでにしよう」
とりあえず私たちに悪影響が出ないようだし、私が居るせいかスープの作成に怪しい動きを見せなかったので一旦は矛先を収めることにした。
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