第14話 激闘

 山道を登っていくと、木陰を提供してくれていた高木が無くなる。

 標高が高くなったせいか陽光も強くなった気がした。

 じりじりと太陽が全身を焼き、口から漏れる呼気が熱い。

 少しだけ休憩をとり、背負い袋から取り出した水筒から水を飲むとすぐに出発した。

 休まなければ行動に支障をきたすかもしれないが、あまり休み過ぎるとだらける気分が蔓延する。

 その辺の匙加減はなかなかに難しく指揮官としての力量が問われた。


 しばらくすると焼けただれたように黒く草が枯れている場所が目に付くようになる。

 それを見て連れてきた男の1人がドワーフから借りてきた笛をお守りのように握りしめた。

 もしここで吹いたところで私の耳には何も聞こえない。

 でも、人の耳には聞き取れない音が出るはずだった。

 その音をコカトリスは嫌う。

 自分たちの住処の近くにコカトリスが住み着いてもドワーフがあまり頓着していないのはこの笛の恩恵によるものが多かった。


 山肌に沿った石や岩だらけの道を進んでいく。

 よく見ると石や岩と見えたものは様々な動物の形をしていた。

 うさぎ、野ネズミ、鳥などが地面に転がっている。

 まるで有名な彫刻家の手によるような写実的な石像はコカトリスの犠牲者に違いない。

 これは相当近くにいるようだ。

 注意をするように指示を出す。


 角を曲がったところで首だけを出して前方を確認すると、大きな鳥のシルエットが見えた。

 私は立ち止まると男たちに指示を出す。

「では、ここで待機しろ。倒したらお前たちを呼ぶ」

「本当に1人で立ち向かうつもりですか?」

「ああ。その方が私も戦いやすい。もし、私が石化したときは見捨てて帰ってくれて構わないぞ」

「そんなことをしたらギンジ親分に尻を蹴飛ばされます。笛でコカトリスを追い払って連れて帰りますから」

「それは心強いな」


 私は角から慎重に足を踏み出した。

 なるべく足音を立てないように進んでいく。

 コカトリスは時おり首を地面の方に伸ばすと草をモシャモシャと食べていた。

 モンスターの序列としてはかなり上の方に位置するコカトリスだが、その食性は草食である。

 どっかの学者が言うには草食動物の方が肉は美味いそうだ。

 幸いなことにこの辺りには駆けまわるのに十分な広さがある。

 1方向からしか近寄れないような崖のところに陣取られていたら接近すら難しかっただろう。

 さらに好都合なことにコカトリスの方が私よりも高い位置にいた。

 山肌に当たった風が吹きおろしているので、こちらの方が風下になる。


 私の鎧の大部分は革製なので大きな音を立てることはない。

 それでも風上にいれば、ちょっとした音や臭いで相手に気づかれてしまう。

 私はそんなに臭くないつもりだが、ファラーラ様のようないい香りはしない。

 まあ、いい香りだろうがなんだろうが、野生動物に気づかれるという意味では差はないか。

 標的まで残りおおよそ50歩のところまで近づく。

 大きな雲が風に乗って流れてきたのか今まで燦燦と降り注いでいた陽光が陰った。

 それにびくっとしたコカトリスが顔を上げ周囲を見回す。

 見つかった!


 私は槍を握りしめると残りの距離を詰めるべく駆け始める。

 女性としては高すぎる身長を構成する長い脚は普段はあまり有り難くないがこういうときには役に立った。

 たたたっと砂塵を巻きあげながらコカトリスへと迫る。

 コカトリスはバサバサと数度羽ばたかせた。

 まずい、逃げられる。

 しかし、そこで思い直したのか、顔を私の方に向けると一声鋭く鳴いた。


 私の全身を嫌なものがうごめき撫でまわす感覚がする。

 しかし、それを感じたのはほんの一瞬で、私は邪眼の効果を受けなかったことを確信した。

 コカトリスはコケーっと怒りの叫び声をあげる。

 必殺技が防がれればそりゃ怒るのも無理はない。

 今まで自分に近寄ってきた色々なものをもの言わぬ石像に変えてきた邪眼は私に効かなかった。

 もう一度、私の全身を嫌な感じが包む。

 所詮は鳥だな。

 体はこれだけ大きくなっても知性は向上しなかったらしい。

 バカの一つ覚えともいえる邪眼はまたしても不発に終わった。


 勢いよく駆ける私の頭から伸びる編み込まれた長髪が尻尾のように左右に揺れる。

 最後の数歩分を大きく跳躍するとその勢いも乗せて槍をコカトリスに振り下ろした。

 コカトリスの頭を狙った一撃は、相手が首を横にずらしたので空を切る。

 槍先が地面に当たった衝撃を両腕でいなしながら、着地と同時に槍を振り上げた。

 翼をかすめた槍先が茶色い羽をまき散らす。

 カアッーとくちばしを開いたコカトリスはごつい両脚でジャンプすると鋭い爪で私を引っかこうとした。

 

 さっと横に飛びつつコカトリスの爪の一撃を肩当てで受ける。

 ガンと大きな衝撃が走ったが金属製の肩当ての表面を爪は虚しく滑りおちた。

 爪は肩当てとガントレットの間の皮膚を浅く傷つけるが、気にせず伸びきった槍を手元に手繰り寄せ石突きでコカトリスの胸元を突く。

 前後左右に変幻自在に動く首と違ってコカトリスも胸は動かすことができず、槍の石突きの1撃がもろに入った。

 腕に十分な手ごたえが伝わる。

 よしっ、入った。

 片脚を軸に体を半回転させると連続で槍を繰り出す。

 槍先がコカトリスの胴を捕らえ、血が地面にまき散らされた。

 じゅっと音がして血がかかった草が黒くなってたちまちのうちに萎れる。


 大きく後ろに跳躍して飛び散る血をかわした。

 まったく難儀な敵だ。

 私が距離を取るとコカトリスは大きく翼を広げてばさっと一度羽ばたいた。

 どうやら、遅まきながら私を強敵と判断して逃げる方がいいと判断したらしい。

 さらにもう一度羽ばたいて体を宙に浮かせつつ体を捻った。

 そこへ狙いすました私の槍が一閃する。

 ザン。どさ。

 コカトリスの首が地面に落ちて、その目が2度、3度と瞬きをした。

 翼が痙攣して動かなくなった胴も一瞬遅れて地面に落ちる。

 その首の傷から血が吹き出して池を作った。


 ふう。

 大きく息を吐き出すと私は槍先をふるって刃についた血を飛ばす。

 点々と飛んだ血は草の絨毯に黒い染みを作った。

 目を閉じ体も動かなくなってコカトリスが間違いなく絶命したことを確認すると後ろを振り返る。

「おーい。コカトリスは倒したぞ。後処理を頼む」

 私の呼びかけに岩陰からひょっこりと4つの顔が覗くが、その顔には化け物でも見るような表情が張り付いていた。

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