第13話 状態異常?

「本気でコカトリスをやるんですか?」

 気だるげに壁に背中を預けていた男が聞いてくる。

「ああ。もちろんだ。そのためにお前たちに声をかけたんだからな」

「俺たちはもうギンジの親分に命を預けるしかないんで、姐さんがやれというならばやりますがね。コカトリスというのはさすがに……」

 やはり、コカトリス相手に戦うのは抵抗があるんだな。

 それはそうだろうな。ここは1つ安心させてやるか。


「心配するな。コカトリスは私一人でやる。お前たちは離れたところで待機して、後処理と運搬だけをしてくれればいい」

「え? 1人でコカトリスを? それは無理ってもんじゃねえですか。姐さんもあいつの邪眼は知ってますよね?」

 なんだ? さっきから姐さんと呼んでいるのは?

 裏社会の連中は自分たちだけで通ずるスラングを使うからな。 

 一応確認しておくか。

「もちろんコカトリスの邪眼は知っている。まあ、でも私はなんとかなるはずだ。それで、姐さんというのは私のことか?」

「はい。他に誰がいるんで? 気に入りませんか?」

「いや、構わん。好きにしろ」


 何と呼ばれようがどうでも良かった。

 汗まみれの大女、筋肉お化け、今までも好き勝手に言う奴はいる。

 そんなのをいちいち気にしていられない。

 あまりにしつこいようで殴れる相手ならぶん殴る。まことにもって単純明快だった。

「それじゃあ、姐さん。なんでそこまでしてコカトリスを狩るんですか?」

「お前たちもラーメンは食べただろう? あの深い味わいは鳥を骨ごと煮込んで作ったスープがもたらしているそうだ。ドワーフはあの人数だぞ。鶏だと何羽潰せばいいか分かったもんじゃない」


「まあ、コカトリスはでかいですけどね。でも、アレって食えるんですか? あいつの血って毒を含んでますよ」

「適切に血抜きをすれば食べられる」

「本当ですか?」

「ああ。間違いない。実際、私は食べたことがある」

「そこまで言うんなら」

 男たちは最終的には承服する。

 あまり筋目の良くない連中だが、一応今ではギンジの作るラーメンの虜となっていた。


「俺たちもご相伴に預かれますかね? そうならやる気も出るってもんなんですが」

「試作品の味見はできるようにしてやる」

 はっきりと確約すると男たちは俄然やる気を出す。

 ドワーフのところに行って頭を下げてコカトリス除けの笛を借りてきた。

 それ以外の道具も調達すると私のところに戻ってくる。


 森の中を通る山道を登っていくと男たちはすぐに息を切らして喘ぎ始めた。

 町暮らしをしていたのであまり足腰は丈夫ではないらしい。

 不平を言って仕事を放りだすかと思っていたら、意外なことにぶつくさ言いながらも大人しく私についてきた。

 ふと言葉が耳に入る。

「ラーメン。ラーメン。ラーメンのためならエンヤーコーラ」

 どれだけラーメンに支配されているのだろうか。

 苦笑が漏れそうになって、ふと気が付く。


 これは笑いごとではないのかもしれない。

 私が率いている男たちはタンシルの町で好き勝手をしていたクズである。

 多少は荒事に向いているのかもしれないが、人を脅して生活の糧を得ていた。

 地道な作業や努力というものに向いていないはずである。

 ギンジが今までのボスを倒してしまい、他に行き場を失くしたのは確かだった。

 他の町のボスに無能の烙印を押されて懲罰を受けるか、今まで虐げてきたタンシルの町の人にここぞとばかり吊るされるか、いずれにせよギンジに従う以外の道はない。

 それでも、身に沁みついた性根はそう簡単に直るとは思えなかった。

 それなのに、今のところはギンジに大人しく従うだけでなく、まったく悪さをしていない。


 ドワーフのところにたどり着くまでの間も、ファラーラ様はともかく、脇の甘いリーシャにちょっかいを出せる機会はゼロではなかった。

 通りすがりに胸を揉みしだくとか、直接手を出さないまでも卑猥な言葉をかけるぐらいはしても良さそうである。

 ところが実際にはそんなことはなかった。

 ギンジがそんなことをしないように命じていたが、その際に言いつけを守らないと2度とラーメンは口にできないというようなことを言っていた気がする。

 そういえばくどいように私にもちょっかいを出さないように釘を刺していたな。

 そんなことをすれば命はないとまで言っていた。

 ギンジとは短い付き合いだが私のことをよく理解している。

 ああいう連中でも私にたたっ斬られて手駒を失うのは困るらしい。


 私のことは別にして、言いつけを守らないとラーメンが食べられなくなるというのは、面白い冗談を言っているなというのがそのときの感想だった。

 しかし、今思えばあれは本気で言っていたのかもしれない。

 言われた方もそれを真面目に受け取っていて、ラーメンを食べるという目的のために従っているのではないだろうか。

 私は振り返って後ろについてくる男たちの顔を見る。

 本来堪え性のないはずの男たちの目には何か熱意のようなものが宿っていた。


 モンスターの特殊能力や魔法の効果によって、人間はいろいろな状態異常に陥ることがある。

 コカトリスの邪眼による石化もその1つだった。

 それ以外にも闇に閉ざされたように目が見えなくなるもの、眠ってしまうもの、熱狂的に攻撃衝動に突き動かされるものなどがある。

 それぞれに対応して常態に戻す特殊アイテムや魔法もあるが、時と場合によっては状態異常は死に直結する危険なものだった。


 元ステイブル一家の面々の現在は、いわばラーメンという状態異常下にあるという気がする。

 症状からすると術者を好きになってしまい利する行動を取るようになる魅了に似ていた。その対象が術者ではなくラーメンというところが違っているが。

 もしかすると、ギンジのラーメンには何か秘密があるのではないだろうか?

 あの男は嘘はついていないと思う。

 ただその一方で、全てを話してはいなそうな気がした。

 まあ、私も隠していることはあるから他人のことは言えた義理じゃない。

 とりあえず今は目先の課題である。


 まずはコカトリスを発見し倒さなくてはならなかった。

 利用できるものは利用させてもらおう。

「ラーメンのために頑張るぞ」

「おー」

 発破をかければ男たちから気合の声が帰ってくる。

 やっぱり、ギンジのラーメンは何かヤバいんじゃないかという気がした。


 

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