第12話 スープの材料
ドワーフの国に受け入れられた私たちは彼らの洞窟の区画のうちの1つを提供される。
入ってみるまでは分からなかったが、洞窟といっても通常思い浮かべるようなものとは異なりとても快適だった。
自然と換気がされるように工夫が凝らされておりじめじめするようなことはなく、鏡を使った自然光が入るようになっていて屋外ではないのかと思うほどに明るい。
夜はランプが灯されるが、使われているオイルの質がいいのか全く変な臭いがしなかった。
私と違って露天での生活に慣れていないファラーラ様を屋根の下で休ませることができてほっとする。
それにドワーフたちはファラーラ様に気を遣ったのか、男女の部屋を分けて用意してくれていた。
ギンジに従うようになったとはいえ元の素性があまりよろしくない元ステイブル一家の面々がすぐ近くにいるというのも常に気が張って心が休まらない。
部屋の間の通路にはドワーフの女性が交代で見張りをしてくれる。
ミーナシアラ女王その他の追っ手を気にしなくて良くなったというのも精神的に楽だった。
そんなわけで温かいお湯で沐浴ができたおかげか、ほっとしたためなのか、ファラーラ様の寝室にリーシャが入っていってしばらくすると甘い声が聞こえてくる。
私が首を突っ込める話ではないし、色々と辛いことも多い姫様にも潤いが必要ということも分かっていた。
愛し合っている2人が何をしようと勝手である。
ただ、もう少し声を忍ばせて欲しいなとは思った。
ちなみに私には恋愛面においてそういう趣味嗜好は持っていない。
私にまともな男が寄ってくることはほとんどなかったので、男性との恋愛経験もなかった。
親同士が決めた許婚のフェリクスがいるにはいたが、ある日突然一方的な破棄の手紙が届いてそれきりである。
フェリクスのことを思い出すと胸が痛んだ。
翌日もギンジは精力的にドワーフたちと話をしている。
小麦粉をこねたものを薄く延ばして細く切るための製麺機というものの説明を改めて行っていた。
ラーメンの麺は棒を使って伸ばし刃物で切ることでも作ることができるが、やはり大量に作るには機械が無いと厳しいようである。
製麺機の相談と並行してお湯を沸かすための燃料についても相談していた。
私も何か手伝えないかと思ったが、片言隻句も理解できない。
リーシャのように別世界の知識でもあれば違ったのかもしれないと思うと胸の内に黒い靄がたゆたうのを自覚した。
これでは良くないと私は私の得意分野をこなすことにする。
ラーメンは麺だけでは成り立たない。
麺の相棒はスープであり、その深い味わいを出すのに鶏の肉と骨が必要だと聞いた。
よろしい。ならば最高の鶏を用意しようじゃないか。
ドワーフの人数を考えるとでかくて身が締まっているものの方がいい。
洞窟の中を聞き込んで回ると折良くイシュリ山の中腹にコカトリスが出没していると聞く。
ドワーフたちは口を揃えて邪眼による石化の危険性を唱えた。
確かに石化されると回復は極めて困難である。
まあ、でも、最悪でもリーシャに石化を解いてもらえばいい。
コカトリスの話を聞いた翌日の朝に、自分に割り当てられた部屋で金属製の胸甲と肩当てを身につけ、編み込んだ髪の毛の先の赤いリボンを結びなおす。
次いで剣を抜いて刀身を改めた。
赤黒い光を放って禍々しいが、実はこけおどしである。
いかにも呪いがかかったりとか求魂とかしそうに見えるが、実際には変な色に光るだけで何の効能もない。
お陰で少し安かった。
それでも名工の手によるもので切れ味は鋭く気に入っている。
まあ、こんな発光機能を付けなかった方が簡単に買い手はついただろうというのは間違いない。
鞘に戻して左の腰に吊るした。
全身が映る姿見で確認しようとするが、人間よりも低身長のドワーフに合わせた大きさなのでかなり下がらないと映らない。
まあ、私は大抵の男を見下ろす身長なので仕方なかった。
最後に愛用の槍を手にすると奥の部屋のファラーラ様に挨拶をする。
「ちょっとラーメンスープ用の鶏肉を手に入れてきます」
朝の身支度を終えたばかりのファラーラ様は少し眠そうな目をしていた。
その目で私の姿を確認するとぱっと立ち上がる。
「ねえ。コンスタンス。そんな戦いに出向くような物々しい格好をして本当は何をしにいくの?」
「ですから、ちょっとばかり大きな鶏肉を手に入れてくるだけですよ」
「大きな鶏肉とか言っているけど、その正体は、睨まれると石になるし、吐く息は草木を枯らすというコカトリスでしょ? ドワーフたちが話しているのを聞いたわ」
ブラシを手にしたリーシャが余計なくちばしを挟んできた。
まったく余計なことを言うんじゃないよ。
リーシャの発言を聞いた途端にファラーラ様の表情が変わる。
「そんな危険な真似をしちゃだめよ。他の人にやらせればいいわ。ギンジさんに投降した人たちもいるじゃない」
「ファラーラ様。私は戦うのが仕事です。それなりに訓練も積んでますし、コカトリスぐらいなんとかなりますよ」
「でも……」
「それに危険なことを率先してやらないと部下の信頼は得られません」
「だったら、私もついていくわ」
「私はもう十分にファラーラ様を信頼していますから、それよりもご自身のことを気を付けてください」
リーシャに向き直った。
「一応、ドワーフの女性戦士が見張りをしてくれているが、部屋の扉は常に閉めておくんだぞ。開ける前には面倒でも魔法で外の相手を確認するんだ」
「はーい。お任せください。施錠の魔法は自信があるんです。破城槌でも持ってこない限り部屋の中には入らせませんよ」
なんか態度が軽いので不安しかないが、リーシャに任せるしかない。
まあ、自分の恋人でもあるファラーラ様の身辺には細心の注意を払うだろう。
「今日中には戻れるはずです。それでは行ってまいります」
右手を右の眉に当てて敬礼をするとファラーラ様が私にぎゅっと抱きついた。
「無理をしちゃだめよ。それじゃ気を付けてね」
「姫様。そういうことはあまり……」
「いいじゃない、これくらい。他の人の目もないんだし」
しばらく抱きついていると満足したのか抱擁を解いたので、私は踵を返して部屋を出ていく。
洞窟の外に出ると事前に通告してあった元ステイブル一家の男たちが4人待ち構えていた。
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