第11話 ドワーフの国

「で、人間が我らの土地に何用かな?」

 背が低くがっしりした体型のドワーフたちが尋ねてくる。

 金属製の兜を被り鋲のついた鎧を着こみ、斧や槌で武装していた。

 油断なく私たちを見ている目に敵意は感じられないが、さりとて歓迎している様子でもない。


 ゴンドーラ王国から北方へ山を踏み分けて、私たちはイシュリ山の麓にあるドワーフ族の国を訪問していた。

 人間社会のことには局外中立を保っているドワーフ族のところなら、ミーナシアラ女王も手を出してこないだろうという理由からではない。

 もちろんそういう面もなくはないが、氷の問題が解決した後にギンジが言い出したことが原因だった。


「まあ、保冷の問題は解決した。これで今ある材料でしばらくは営業できるが、いずれ食材と燃料が無くなる。そうなったらラーメンは作れない。必要なものを手に入れなくちゃならねえ」

 さすが異世界からやってきて動じていないギンジは一味も二味も違う。

 犯罪組織と揉めているとか、大国に追われているファラーラ姫が居るとか、そんなことよりもラーメンを作ることの方が大事だった。

 イカれっぷりが凄すぎて眩暈がする。

「それは今大切なことなのか?」

「いや、だってねえ。恩人が残してくれた店なんだよなあ」


 そうやって愛おしそうに屋台のカウンターを撫でるギンジの目は優しかった。

 ステイブル一家のボスを殺ったときの凄味を見せた男と同じとはとても思えない。

 驚いて凝視する私の視線と目が合うと、恥ずかしそうな顔をする。

 駄目だ。この表情は反則だろ。そういう色気の出し方をするんじゃない。

 ギンジは首筋を掻くと申し訳なさそうな表情になった。

「俺の趣味につき合わせちゃ悪いよな。あんたたちも大変なんだし」

「いや。我々は運命共同体だ。ここは強力し合おう」


 ギンジから聞き出した最重要なものがかん水である。

 ラーメンは小麦粉からできているが、独特の弾力性と色合いを出すのには不可欠なものらしい。

 スープはスープで必要なものがあるようだが、塩と鶏肉さえあればなんとかなるそうだ。

 カンスイと言われても私は聞いたことがない。

 ただ、塩の湖で取れる鉱物を砕いたものということでピンときた。


 イシュリ山の近くに塩の湖がある。

 そして、鉱物ならドワーフ族が専門家だった。

 この連想でラーメン屋銀亭の次の目的地が決まる。

 そんな適当な決め方でいいのかという僅かな理性が働いたが、ラーメンを食べることが楽しみになったファラーラ様がそうしましょうと言ったのだから仕方ない。

 

 私はドワーフたち相手に小細工は不要と正直に話をした。

「我々はラーメンという食べ物の行商をしている。それの生産に必要なものを手に入れるために来た」

 ドワーフたちは何言ってんだコイツという顔になる。

 まあ、銀亭の従業員には元ステイブル一家の構成員も含まれていた。

 傍目にはあまり行儀が良さそうではない。


 私は言葉を続ける。

「まずはラーメンを味わってみて頂きたい。万言を費やすよりもその方が理解が早いと思う。得体がしれないものをと思うかもしれないので、毒見として同時に作ったものの一つは我々の中の1人が食べる」

 ギンジが手早く3杯のラーメンを作った。

 ドワーフたちに選ばせた1杯をファラーラ様が美味しそうに食べ始める。

 幸福そうに箸を動かすファラーラ様の目には一点の曇りもない。

 ラーメンを見ながらリーシャが涎を垂らさんばかりにして羨ましそうにしていた。

 ヒューイたちもゴクリと喉を鳴らして凝視している。

 実はドワーフたちに振る舞う分しかもう材料がなく、食べたいのに食べられないという状態が数日続いていた。


 ドワーフの中にも若く好奇心の強い者がいるようで2人が進み出るとラーメンを食べ始める。

「うむ」

「これは」

 立派なヒゲをちょっぴり汚しながら夢中で食べていた。

 さすが手先の器用さで知られたドワーフ族なので箸も上手に使いこなしている。

 食べ終わった2人が知り合いに勧め、ギンジはラーメン作りに追われることになった。

 リーシャも洗い物に奮闘する。


 ラーメンはドワーフ族の間にも一大センセーションを巻き起こした。

 売り切れまでに食べられなかった者から不満の声が沸きあがるまでになる。

「ラーメン! ラーメン!」

 ドワーフの長老が皆を鎮めた。

「客人よ。我らが協力すれば今日食べられなかった者もラーメンを味わうことができるのかな?」

「んー。全く同じものというのは難しいな。材料を切らしちまったもので入手が難しいものもあるし。ただ、基本的なところは再現できるはずだ」


 ギンジの実直な対応は好感を持って受け止められる。

「ふむ。できもしないことをさも可能かのように言う人間が多いがそなたは違うようだ。それにそなたの心には職人魂を感じる。我々と作るものは違うがそれはクラフトマンとしてとても大切なものだ。いいだろう。協力しようじゃないか。それでカンスイというものを我々は聞いたことがない。どのようなものなのだ?」


 ギンジは屋台の下から小さい袋を取り出した。

「俺もかん水は買っていたんで詳しくは説明できないんだ。現物を見てもらえば分かるだろうか? これを水に溶いて使うんだ」

「どれどれ」

 ドワーフたちはかん水の粉を前に侃々諤々の議論を始める。

 ある者はとある鉱物を砕いて精製すればできると言い、別の者はそれなら塩の湖の水を煮詰めればいいと主張した。

 最終的にはそれぞれが作ってギンジに試してもらおうというところに落ち着く。

 かん水の調達を請け負ったドワーフたちは数人ずつのグループに分かれて出かけていった。


 それとは別にギンジは製麺機という機械を作れないかという依頼もする。

 地面に枝で絵を書いて説明した。

 周りにいるドワーフたちを見上げて質問に答える横顔は凛々しい。

 変なポーズをしておどける姿とは別人である。


 ギンジが身振り手振りで何かを伝えるとドワーフたちから驚きの声があがった。

「うむ。それは興味深いな。なかなか加工が難しそうだがやってみる価値はありそうだ」

 ギンジの提案はドワーフ族にとってみても新機軸のようである。

 湯を沸かす炉についても、感嘆の声を上げていた。

 こうして私たちはすっかりドワーフたちの中に受け入れられるようになる。

 それもこれもギンジとラーメンのお陰というのは間違いなさそうだった。

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