第33話 ナルト

 長い検討の結果、エルフ族はギンジにマチクを提供することに決まる。

 それだけでなく、ヨーグルトの製法を応用して加工することまで請け負ってくれることとなった。

 さらにギンジが足りないと言っていたショーユという液体調味料も提供できるということになる。

 さすがは森と植物に詳しいエルフだった。


 ギンジは指折り数える。

「麺とスープは問題なし。メンマと醤油の目途もついた。後はナルトか」

「そうだ。最初の頃にすぐになくなってしまったので聞きそびれていたが、あのナルトというのは何なのだ?」

「魚のすり身を蒸して固めたものだな。桃色の部分は色をつけている」

「こう言ってはなんだが、あれは必要なのか?」


「そうか。コンスタンスさんはあまり好きじゃないか」

「好きとか嫌いでは無くて、物珍しいなというだけだ」

「確かに最近はあまりラーメンにナルトが入っていることは無くなりましたね。スープも鶏ガラ醤油は少ないかも」

 リーシャが感想を述べると、ギンジは腕を組んだ。

「ここまで皆さんの力添えで再現できたのにナルトだけ諦めるというのはしたくないなあ」


 私は急いでギンジに話しかける。

「ギンジさんのやりたいようにやればいい。私は応援するぞ」

「クラフトマンたるもの、自分の作品に妥協はできぬものだ。その気持ちはよく分かる」

 ドワーフたちはうんうんと頷いていた。

 ヒューイを始めとする連中は親分の命ずるままにという風情でギンジを見ている。

 ギンジが改めて私の顔を見てくるので励ますように頷いた。


「それじゃあ、やるだけやってみますか」

 ギンジはいつもの調子で言う。

 ファラーラ様は何か考えていたが口を開いた。

「海に向かうとなると聖アッサンデール王国の領内を抜ける必要が出てきますね。しかも、都にだいぶ近いところを通ることになります」

「そうか。それは良くないな……」


「まあ、私たちは変装していますし大丈夫だと思いますが」

「でもなあ、やっぱりリスクはあるよな」

 そこに明るい声が響く。

「仕方ないなあ。それじゃあ、ボクが抜け道を案内してあげるよ。海の近くに住む別のエルフの森に出かけたことがあるからさ」

 セラムが自分の胸に拳の親指を向けていた。

「その代わりさあ、全部の材料が揃ったギンジがこれだと思うラーメンを食べさせてよ」


 こうして、私たちの次の目的地が決まる。

 なるべく聖アッサンデール王国の領内に入らないようにして、大陸の東海岸を目指すことになった。

 もちろん、私は立場上危惧する声を上げる。

 その辺りは誰の領土でもない。

 つまりは王国が軍事行動を控える理由がなかった。


 ゴンドーラ王国に入ったところで襲撃を受けて以来ミーナシアラ女王の手が伸びてくることはなかったのでもう諦めたのではないかという観測もでる。

 確かに王国のかじ取りに忙しく、行方不明になったファラーラ様にいつまでもかまけていられないとなった可能性も否定はできなかった。

 ただ、ミーナシアラ女王の性格を考えれば、行方が分かりさえすればまだまだ執念深く追ってきそうな気はする。


 しかし、一行の中で女王のことを詳しく知っているのは少数派だった。

 私とファラーラ様だけである。

 他のメンバーは完成形のラーメンの方が気になって仕方ない。

 そのため、大丈夫だろうという楽観論がその場の空気を占めた。

 最終的にファラーラ様が行きましょうと決める。

 そうなれば私はその決定に従うだけだ。


 エルフ族からはセラムの他に3人が同行することになる。

 ドワーフ族が4人随伴しているのに自分たちがそれより少ないわけにはいかないという対抗心だった。

 3人ともが弓を携え大量に矢の入った矢筒を複数携行している。

 当然のことながら3人とも弓の名手だった。

 百歩先のこぶし大の的に百発百中させる。


 また、ドワーフたちがファラーラ様とリーシャのためにスリングショットを作っていた。

 スリングショットは二股になった棒の先端から伸縮性の高い紐が伸びている。

 その紐の中央に小石などを挟んで引っ張り射出する武器だった。

 ドワーフ製のことゆえ照準器がついており、専用の金属弾を発射し急所に命中すれば致命的なダメージを与えることができる。


 このため、我らがギンジのラーメン屋はキャラバンとしてはあり得ないほどの戦闘能力を有することになった。

 たまたまキマイラが旅人を襲撃しているところに遭遇したのだが、これらの投射武器が大活躍する。


 エルフたちが放つ矢はキマイラの背中に命中し、大鷲のような羽の根元を傷つけた。

 このためキマイラはたまらず地面に墜落する。

 獅子の頭は火を吐くが、その喉に2つの金属弾が飛び込んだ。

 続いて私とダールが接近し槍と斧で戦いを挑んだが、毒を持つ尻尾の蛇にさえ気を付ければよくさしたる苦労もせずに倒すことができる。

 空を飛べず火も吐けないなら、ただの山羊のようなものだった。


「ほっほ。これほど楽だと少し物足りぬな」

 ダールは陽気に笑う。

 ギンジがやってきてキマイラの胴体を観察した。

「これ、食えるかな?」

「胴の部分は山羊だから食えるは食えるぞ。ただ、こいつは若くないから肉が固いだろうな。まあ、試してみたらどうだ」


 ギンジは手下やドワーフと嬉々として解体作業を始める。

 お陰で襲われていた旅人との話は私が請け負うこととなった。

「どうも危ういところを助けて頂き……」

「まあ、倒さないと通れないから倒しただけのこと、別に礼を言われるほどのことではない」

 それから少しばかり話をする。

 旅人は何度も頭を下げながら聖アッサンデール王国の方へ去っていった。


 それから2日後のこと、適地を見つけたので少し早かったが野営の準備を始める。

 最初にダールが訝し気な顔をした。

「ふむ。何か嫌な予感がするな」

 戦士の感覚は無碍にはできない。

「セラム。高いところから確認をしてきてくれ」

「はい、はい」

 猿のように木に登っていったセラムはすぐに大慌てで降りてくる。


「大変だよ。南の方から凄い数の人馬がやってきている。たぶん千は居るね。掲げている旗は聖アッサンデール王国のものだったよ」

「千だと? 相手にするにしても平地じゃ話にならない。どこか守りに適した場所は?」

「あっちに山賊の使ってた古い砦がある。もうだいぶ朽ちちゃってるけど」

 すぐに野営の準備を中止させてセラムの案内で砦へと向かった。

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