第32話 回復

「どういうことだ?」

「先ほど、銀次さんがどんな状態なのか最初に確認したんです。それで緊急な対応を要したのが死の呪いでした。他に麻痺と純潔の加護が付与されているのが見えたんです」

「本当だ。ギンジには麻痺と純潔の加護がついているのが見えるね」

 セラムがギンジの頭の上辺りを指さしている。

「ねえ、リーシャ。死の呪いと麻痺は知ってるわ。ドクロに数字と2本のジグザグ線よね。純潔の加護はどんな風に見えるの?」

 ファラーラ様が問いかけた。


「ユニコーンの横顔です。そのままですね」

「なるほど。私も状態異常検知の魔法ぐらい使えたらいいのに」

 ファラーラ様は残念そうな顔をする。

 セラムはさらに何かを口ずさむと私の顔を見て首を捻った。

「あれ? コンスタンスには加護がないや。ユニコーンなら背中に乗せた相手には必ず付与すると思うんだけど。ああ、抵抗したのか」


「コンスタンスさんはコカトリスの邪眼も抵抗できちゃうんですよ。だから、きっとそうですね」

「でもなあ、状態異常に抵抗するのは分かるんだよ。でも、一応ユニコーンのは加護なんだよね。ああ、そういうことか」

 セラムがニヨニヨ笑う。

「本当にいい加減にしないと、マジで手加減しないぞ」

 私は腰の剣に手を添えて地獄の底から響くような声を出した。


「あー、はいはい。さすがに本気出されると厳しいかな。ボクもギンジのラーメン食べられなくなるのは困るから、これ以上は何も言わないよ」

 セラムは両手を口に当てて誠実そうな顔をする。

 まったくこの悪戯好きめ。

 エルフといえばもっとクソ真面目で理知的なやつが多いはずなんだが、やっぱりこいつも変わり者らしい。

 うちのキャラバンは朱に交わって真っ赤っかだよ。変わり者しかいねえじゃねえか。


 セラムは口から手を外した。

「そうだ。そろそろ魔力が回復したんじゃないかなあ」

「それじゃ、試してみましょうか」

 リーシャが麻痺の解除に取り掛かろうとするの遮って質問する。

「ちょっと待ってくれ。純潔の加護は解除できないのか?」

「えーと、状態異常についてはそれに応じた解除方法があります。割と多くの種類のものを解除できる安らぎの息吹という魔法もありますね。でも、純潔って加護なので、私の知る限り解除する魔法はないです」


「ボクは純潔の加護を破る方法を知ってるよ。知りたい?」

 セラムはまたニヤニヤ笑っていた。

 くそお。肯定したら私がギンジとそういうことをしたいと宣言するようなものじゃないか。

「知りたいです」

 リーシャが高らかに言い切る。

「魔術師の端くれとして後学のために聞きたいですね」


「ああ、うん。そうだよね。2つ方法があって」

 なんだ。2つもあるんじゃないか。

「付与されている純潔の加護を超える強さの魅了の魔法をかければいいんだ」

「確かに理屈としては合います。でも、銀次さんはその術者にべた惚れしちゃいますよね。そもそもそんな高位の魅了の魔法を使えるのって思いつかないですけど」

「そうだね。淫魔でも無理だろうね」

 アホか。それじゃ意味ないだろが。


「それでもう1つの方法は?」

「えーとね、闇月花っていう花がリーラン山にあるんだ。新月の夜に咲くんだけど、その花をすりつぶしたものを食べさせると加護が消えるはずさ」

「それって随分遠い場所ね」

 この場所からだと聖アッサンデール王国を斜めに突っ切った先になった。

「はい。この話はもうやめやめ。リーシャ。制止した私が言うのもあれだが、ギンジの麻痺を解いてやってくれ」

 

 リーシャが魔法を使うとギンジはがばっと身を起こす。

「あれ? なんでリーシャさんが? お姫さんにセラムも。泉のところにいたはずなんだが?」

 ギンジは事情が飲み込めないようで首を捻っていた。

「銀次さんは魔法で昏倒していたの。もう少しで命の危険もあったんです。それをコンスタンスさんが運んでくれたんですよ」

 リーシャが説明してくれる。

 私の口から話すと自分の功を誇るような形になってしまうので、そうせずにすんで助かった。

「まあ、危険な魔法を解除したのはリーシャだがな」


「ああ。コンスタンスさん。肝心なときにどうもへまをしてしまったようで」

「へーえ。肝心なときって何をしていたの?」

 セラムが興味津々という体で質問をする。

「ねえねえ、何をしていたの?」

 少々しつこい。

 ギンジは頭に手をやった。

「しまった。帽子がない。セラム。せっかく用意してもらったのに置いてきてしまったようだ。申し訳ないな」


「別に帽子ぐらいは全然かまわないけど。それをネタにして話を誤魔化したね。バスケットも置いてきちゃったんだろ?」

「本当に申し訳ない。この埋め合わせは必ずするよ」

 セラムはンフフと怪しい笑みを浮かべる。

「そっか。まあ、それはいずれね。とりあえずボクは妖精の泉に出かけてくる。食べ物はもうフェアリーに食べられちゃっただろうけど、他のもので回収できるものは回収したいからね」


 やっ、と声をかけるとセラムは木に向かってジャンプをしてそのままガサガサと音をさせて消えた。

 セラムのやつめ、私のいない場所でギンジから根掘り葉掘り聞きだすつもりだな。

 まあ、とりあえずギンジが無事に意識を取り戻して良かったと思おう。

「リーシャ。本当に助かった。ありがとう」

 私が礼を言うとそれにギンジも合わせるように礼を言った。

「ご迷惑をかけちまったようで、本当にすいません。危ないところを救って頂いて感謝してます」


「それじゃあ、近いうちにラーメンを頂けるとうれしいわ」

「分かりました。スープの仕込みが終わったらご馳走しますよ。もちろんコンスタンスさんとお姫さんも」

「あら。何もしていないのに悪いわね。役得と思って遠慮なくいただくわ」

「それなら私が鳥を獲ってこよう」

 

 こうして、妖精の泉へのデートは消化不良な形で終わる。

 手をつなぐところまではいったが、あともう少しでキスできたのが未遂となったのは残念だった。

 その翌日、ギンジの屋台のところへでかけると、ギンジにセラムが話しかけている。

「はい、これ。フェアリーの女王からギンジにお詫びの品だって」

 セラムはオニキスが嵌った指輪をギンジに差し出していた。

 ギンジは指輪をためつすがめつする。

 何か話しかけようとしていたセラムは私の姿に気が付くと、ちぇという舌打ちをしてからお早うと挨拶をするのだった。

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