第31話 呪いと祝福

 なんとかしてギンジを助けたい。

 切実な思いを抱き駆けている私の後ろを何かが追いかけて来る。

 リズミカルな足音は2本脚のものではなかった。

 害意を感じないので無視をする。

 そいつは私と並走し少しばかり前に出る。

 チラリと視線を横に向けて驚いた。

 真っ白い体をしたユニコーンが私の方に黒い瞳を向ける。


「乗せてくれると言うの?」

 ヒヒンといななきが返ってきた。

 走る速度を落とすとユニコーンも脚を緩め止まる。

 四本の脚を折ったので私は跨った。

 空いた左手でたてがみを撫でると立ち上がりユニコーンは走り出す。

 一見優美な体つきに似合わぬ力強い走りで突き進んだ。

 木々の間を駆け抜け、灌木や小川を軽々と飛び越す。


 集落まであと少しというところでユニコーンはピタリと足を止めた。

 首を振って下りるようにと促す。

 ああ、そうか。ユニコーンは純潔な者にしか姿を見せないし触れさせもしないんだっけな。

 ギンジを落とさないように気を付けながら私は地面に降り立った。

 空いている片手でユニコーンの首に抱きついて感謝の意を伝える。

 体を離すとユニコーンは私たちをひたと見据えた。

 何かが私の体にまとわりついたような気がしてすっと消える。

 ん?

 疑問に思う間もなくユニコーンは駆け去った。

 ギンジのことを思い出して私は集落に向かってラストスパートをする。


「リーシャ! リーシャ! 解呪を頼む」

 辺りを圧する声で呼びかけた。

 そっとギンジを地面に降ろし、はしごを駆け上がるとツリーハウスから拉致するようにしてリーシャを連れて戻る。

「あれ? ギンジさんどうしちゃったんですか? 死にかけてますよ」

「フェアリーの魔法を食らったんだ。何の魔法かは分からない」

 リーシャはギンジの額に手をかざすと口早に呪文を唱えた。

 ぼうとリーシャの掌が淡い光を放つ。

「やば」


 リーシャはさらに舌の回転速度を上げた。

 額にかざしていない方の手の指で複雑な模様を描く。

 その指先が通り過ぎた箇所には光の残像が浮かんでいた。

「死の運命を刻むものよ、我が名をもってその任を解かん」

 その声とともに文様がギンジの頭に吸い込まれピーンという音が響く。

 ふう。

 リーシャが大きく息を吐きだした。

「めちゃくちゃ焦りましたよ。お陰で脇汗やばいです。本当に危ないところだった」


 ギンジはピクリとも動かない。

 私はすっかり危機を脱したような顔をしているリーシャに迫る。

「なにを寛いでいるんだ。ギンジは動かないじゃないか」

「そんなに怖い顔で迫らないでください。大丈夫ですよ。銀次さんは今は体が麻痺しているだけですから」

「何が大丈夫なんだ?」

「え、だってさっきまでは死の呪いのカウントダウンが進行中だったんですよ。あと1分……、60数える時間遅かったら、銀次さん死んでました」


「もう命の危険はないんだな?」

「はい。今の状態は大サソリに刺されたり、ワイトに触られたりしたときの麻痺と同じです。遅くとも1晩経過すれば元に戻ります」

「魔法で治療できないのか?」

「さっきの呪い、すっごく複雑な奴だったんで普通の呪文じゃ間に合いそうになかったんです。それでいつも以上に魔力を大量消費するという力技で解呪魔法を強化しました。で、魔力使いきっちゃったんです。今日はもうちょっと無理かな」


 当面の危機は脱したようだが、私としてはギンジの動くところを見て、その声を聞いて安心したい。

 とはいえ、魔力を使い切ったということでは、リーシャに無理強いはできかねる。

 そこへセラムがさっとすぐ横に飛び降りてきた。

 その手には泡立つ青色の薬瓶を握っている。

「話は聞かせてもらったよ。これ、魔力回復薬。人間が飲んでも害はないから」

 渡されたリーシャは手の中の薬瓶をしげしげと見ていた。

 まあ、こんなに鮮やかな青色は飲用していいかというとためらわれる気持ちはよく分かる。


 リーシャは薬瓶とギンジと私に目を向けるとため息をついた。

 薬瓶の栓を抜くとごくごくと飲み干す。

「うわあ。キュウリフレーバーのコーラに青汁を混ぜたような味がする。きっつ」

 そのとき、ファラーラ様が上の方から状況を訪ねてくるので迎えにいった。

 リーシャの魔力が回復するのを待つ間に何があったのかを説明する。


「妖精の泉のそばで食事をしていたら、供えておいた木の実を巡ってフェアリーたちが喧嘩を始めてしまったんだ。ギンジが慌てて追加の供え物を置きにいって魔法の巻き添えをくらってね。倒れて冷たくなっていたんで担いで戻ってきたというわけだ」

 セラムは不思議そうな顔をした。

「えー。死の呪いの魔法を受けたんでしょ? 妖精の泉から人間の足で走って戻ってきても絶対に間に合わないよ」

 余計なことを言わなくていいんだけどな。


「ああ。すぐそこまでユニコーンが乗せてきてくれたんだ。あのユニコーンには感謝しかないな」

「へええ。ユニコーンがねえ。コンスタンスとギンジを乗せたんだ。ふーん。つまりはそういうことなんだね。ボクらより性欲が強い人間にしちゃ珍しいや。まあ、2人はさ、付き合いたてというかまだ手も繋いで無さそうだなとは思ってたんだけど、今までもまだ……」

「おい、セラム。それ以上言うと」

 睨みつけて恫喝するがセラムは全然気にしない。


 セラムはにっこりと笑みを浮かべた。

「大丈夫。ギンジにはちゃんと後でボクから伝えておくよ。コンスタンスは初めてだから優しく、ひゃあ」

 余計なことを言う口を閉じさせようとセラムを捕まえようとしたが身軽に後ろ宙返りをして距離を取られてしまう。

「なんだよ。ボクが親切で伝えておいてあげるっていうのにさ。じゃあ、コンスタンスは自分で伝えなよ」

「誰が言うか。このドスケベエルフ」


 セラムは唇を尖らせた。

「お互い初めてだと上手くいかなくてそれが原因で関係にヒビが入ることもあるんだよ」

「余計なお世話だ」

「あの、そのことなんですけど、当面その心配はいらないかと……」

 横からリーシャが口を挟む。


「どういうこと? まさか、ギンジの解呪に失敗して死んだりしないでしょうね?」

「ばっちり解呪しましたよ。麻痺ももう少ししたら魔力が回復してなんとかなりそうです。でも、もう1つやっかいな呪いがギンジさんにかかってるんです。これはたぶんユニコーンがかけた祝福でもあるんですけど」

「なんで祝福が呪いなんだ?」

「純潔を守る強力な加護がかかってます。だから、銀次さんはその加護が解けるまでそういうことはムリです」

「はあ?」

 私は思わず変な声を出してしまった。

 

 

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