第5話 多勢に無勢
「この下郎どもが! 死にたくなければ引っ込んでろ!」
大きな声で周囲の連中を一喝する。
温かいものをお腹に入れて元気100倍だった。
別にラーメンとやらを認めた訳ではない。
腹が減っては戦はできぬというだけだ。
私の大音声に怯んでいた連中が思い直したようにじりと動く。
ペロリと唇を舐めると鳥スープの味がした。
早くこいつらを片付けて冷めないうちに残りを食べなくては、じゃなくてファラーラ様を安心させなくては。
「でやー!」
自然と漏れた気合いの声と共にブンと槍でなぎ払う。遠心力のついた槍先は包囲の輪を縮めつつあった男たちの剣を跳ね飛ばし喉を切り裂いた。
前に出ると同時に振り抜いた槍をたぐり寄せ敵が密集している場所を突きまくる。
再度の払いを警戒していた敵は動きの変化についてこれず次々と倒れた。
後ろから忍び寄る気配に石突きの一撃を食らわせ、そのまま槍の柄で左側面の連中の足を払う。
引き戻した槍を頭上に構えて倒れている者に順にトドメを刺した。
槍先は大勢の血を吸ってすっかり朱に染まっている。
接近戦に持ち込もうというのか勇敢にも斬りかかってきた男の剣をかわして、至近距離から石突きで顎を砕いた。
男は剣から手を離して昏倒する。
もう10人以上を倒しているのに、周囲に残る残敵は戦意を喪失しない。
馬車への襲撃を受けたときから感じていた疑惑が確信に変わった。
こいつら、ただの強盗団ではないな。
頭の隅で考え事をしながらも私は敵を倒し続ける。
さらに豪速で槍を振り下ろし、また1人を斬り倒した。
微かな弦音に飛んできた1本はかわして、もう1本の矢をはたき落とす。
くそ。
弓兵か。
剣を構えている奴らさえ倒せばすぐに槍の錆にしてくれるものを。
連続して細かくバックステップを踏んで一度距離を取った。
「やめておけ。今のを見ただろう? お前たちじゃ100人束になってかかってきたところで勝負にならん」
自信に満ちた声で改めて威圧すると少し離れたところから声があがる。
「怯むな。相手は所詮は1人だ。息もつかせぬように攻めたてろ!」
語るに落ちるとはこのことだな。
ゴンドーラ訛りのない流暢な聖王国語で叫べば、自分の正体を明かしているようなものじゃないか。
逆に言えば生かしておくつもりはないということなのだろう。
最終的には顔を潰し衣装を剥いで荒野に死体を放置する算段なのだと知れた。
こうなれば生きるか死ぬかだと覚悟を決めて押し寄せてくる敵を薙ぎ払う。
いくら数が多くても剣と槍ではリーチが違った。
それに私のことを背丈はあっても女だから簡単に圧倒できると舐めていたんだろう。
今まで実力を隠してきた甲斐があったというものだ。
私とファラーラ様の関係が怪しいなどとくだらん噂が流れたが、そのせいでお飾りの護衛だとでも思われていたのかもしれない。
ファラーラ様と私が怪しい仲などとは、舐めてんのか? これでも女だ。
ええい。
雑念を払うんだ。
私の幸せな未来のためにもこの場は切り抜ける必要がある。
押し寄せる敵の中から苛立たし気な声が上がった。
「価値は下がるが仕方ねえ。どのみち男みたいな大女のニーズは少ないんだ。騎士は多少は傷つけてもいい。さっさと倒しちまえ」
勝手なことを言ってくれる。
私だって脱いだら凄いんだぞ。
それはさておき、推測が外れた。
私たちを殺すつもりかと思っていたが商品として売るつもりのようである。
槍をふるって敵を倒し続けた。
もう20人は死んだか継戦能力を失うかして砂の上に転がっている。
それなのに残りの者が戦意を失わないのは敵ながらあっぱれとしか言いようがない。
夜間で星明かりしかなく、しかも顔を隠しているのでよく分からないが、私が素性を見知った者はいないはずだ。
そうだとすると聖アッサンデール王国の正規兵ではないのだろう。
ただ、士気の高さはともかく剣の腕前はそれほどでもない。
視界の端の方で1人の男が腕を大きく動かすのが見えた。
何かを投擲したような動作から予測できる進路を槍先で払う。
パンという小さな破裂音がした。
とっさに目をつぶる。
何かが顔にさっと降りかかった。
クシュン。クシュン。
我慢できずにくしゃみが出てしまう。
刺激物を混合した目つぶしを浴びてしまったようだ。
こういう姑息な真似をするところからするとやはり裏の仕事をする闇稼業の連中らしい。
きっと莫大な報酬に釣られてファラーラ様を襲う仕事を請け負ったのだろう。
直接目の中に入ったわけではないが刺激物のせいで目を開けることができない。
それでも音と気配を頼りに槍を繰り出した。
確かな手ごたえを感じてまた1人を倒したのが分かる。
「どうなってやがる。目が見えねえはずなのに正確に槍を振るいやがる……この女化け物だ」
まったく失礼なやつらだ。
遠くで弦音が響き神経を集中する。
上半身に向かってくる矢をよけるためにぱっと身を伏せ、ついでとばかりに片手を槍から離して掌で周囲に砂をまき散らした。
「ぺっぺっぺ。ちきしょう、なにしやがる」
「くそ、砂が目に入った。卑怯な」
どの口が言いやがると思ったが、その間抜けな声を頼りに前に出て槍先で半円を描く。
「ぎゃあっ」
「ぐうっ」
少し浅いが顔の近辺に傷を負わせたことを確信して、目を閉じたまま後方へと下がった。
まだ完全には目が開けられないが無理やり目蓋をしばたたかせて涙で刺激物を洗い流そうとする。
距離を取った遠方から大声が沸き起こった。
「まだ目つぶしが効いている。いまがチャンスだ。責め立てろ」
「おう!」
「任せろ!」
大きな声に対して気配を察知しようと身構えていると後方で声があがる。
「無礼者!」
「姫様を離しなさい!」
それに被さって勝ち誇る声が響いた。
「きゃははは。騎士の姉ちゃん槍を捨てな。さもなきゃ、お前さんの大切なお姫様がどうなっても知らねえぜえ」
首をねじ曲げ、少し回復した視力で屋台の方を見る。
覆面をした男が片手でファラーラ様の腕を捕らえ喉元に小剣を突きつけていた。
くそっ。
大声を出して私の注意を引いている間に後ろに回り込んでファラーラ様を確保する作戦だったのか。
せめてもう1人護衛がいれば……。
私だけではやはりこの人数はさばききれなかったか。
「もう1度だけ言う。武器を捨てろ」
ファラーラ様を捕らえている男が勝ち誇った口調で再度警告する。
舌打ちをこらえて打開策を探すが何も思いつかなかった。
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