第6話 対価の支払い

 ごん。

 静まり返った砂漠に頭や健康にとても悪そうな音が響く。

 ゆっくりとファラーラ様を人質に取っていた男が地面にくずおれた。

 屋台の向こう側にいたギンジがいつの間にかこちら側に移動してきており、その手には短く太い木の棒が握りしめられている。

 どうやら、この棒で地面に伸びている男の頭を力一杯ぶん殴ったようだ。


「そこの男。余計な真似をするな。お前には関わりがない話だ」

 先ほどからあれこれと指揮をしている男の声が響く。

「そういうわけにもいかねえんだ。まだラーメン代をもらってないんでね」

「ラーメン? なんだそれは? まあ、いい。金が欲しいのなら我らが払う。だから、その女を引き渡せ」

 魔手を逃れたファラーラ様をリーシャがしっかりと抱きしめていた。


 それをチラリと見たギンジが唇の端をあげる。

「そうもいかねえんだよなあ」

 どうやらギンジの旗幟は明らかなようだ。

「助力感謝する!」

 こんな砂漠に店を出している変人だが、ギンジは物事の理非の判断はできる男らしい。

「待て。ファラーラ以外の女は貴様に……」


 その声のする方向に向かって手にした槍を投げた。

 声が途切れてうめき声があがる。

 これで面倒な指揮官は潰したな。

 自然と笑みが浮かび腰の剣を引き抜く。

 ぼうと赤黒い禍々しい光が周囲を照らした。

「魔剣だ……」

 怯え戸惑う敵兵の間を駆けぬけ一気に後方の弓兵に肉薄しようとする。


 走っている間に計3発撃たれたが、身を捻ってかわすか切り払って距離を詰め弓兵2人を斬り捨てた。

 手にした剣は血を吸って満足したように明滅を繰り返しながら明るさを増す。

 敵兵はますます畏怖して逃げ腰になった。

 今まではなんとか頑張ってきたがさすがにギンジが我々に与したことと指揮官と後衛を倒されたことで士気の限界がきたらしい。

 さらに私の手にした不気味な剣の存在が士気崩壊に拍車をかける。


 私は槍が突き刺さったまま地面に仰向けに倒れている敵の指揮官のところに駆けよった。

 口から血の泡を吐く男が片頰を歪める。

「こんなところにいる非常識な男に利を説いたのが失敗だった。せいぜい少ない色香をかき集めて媚を売るがいい」

 男のマントで剣の血をぬぐうと鞘に収め槍を引き抜いた。

 ぐう。苦悶の声があがり、傷口から新たな血潮が溢れる。

 歯を食いしばりながら睨みつけてくる指揮官を無視して残敵の掃討に入る。

 あの傷では回復魔法を今すぐ使わない限りは助からない。

 私を侮辱した罪は、長引く痛みと苦しみで償うがいいさ。


 逃げ去る者は放っておいて、パニック気味に向かってくる者と決心がつかないまま戦場に残る阿呆を倒した。

 立っている敵がいなくなると屋台のところに戻る。

「ファラーラ様ご無事で? ファラーラ様を1度は敵の手に渡すとは私の不覚、申し訳ありません」

 そうは口にしてみたものの、もともと1人でこれだけの人数を相手するのは無理な話だし私は悪くない。

 まあ、でもその責任を問われちゃうのが護衛の仕事なんだよねえ。

 辛い。


「本当にマヌケで役立たずよね。このカス、グズ、ノロマ」

 こんな感じで罵ってくれれば私も踏ん切りがつくんだけどな。

「コンスタンス。あなたばかりに苦労させて御免なさいね」

 現実にはファラーラ様はリーシャの手を振りほどいて私に抱きついてくる。

 ふんわりとごく僅かにいい香りとか漂ってきちゃって、その気が全くない私でもヤバい。


「どこにも怪我はない?」

 見上げてくる瞳が心配そうに潤んでいて、マジなんなんだよもうという気分になる。

 私もこんなふうに可憐でかわいい子に生まれたかったなあ。

 まあ、ギンジが介入してこなければ、ファラーラ様は今頃は純潔を散らされた上に、さらに凌辱しようという順番待ちの列に絶望していただろう。

 まったく人生っていうのはどう生まれてもクソなのかもしれない。


 それはそうとギンジの助力を思い出したので礼を言う。

「姫様を助けて頂いて感謝する」

「ギンジさん、ありがとうございました」

 私に続いてファラーラ様も軽く頭を下げた。

 ギンジはなんでもなさそうに手を振る。

「いや、お客さんからまだ代金頂いてないからね。それだけの話っすよ。あ、これ下げちゃっていい?」


 この騒ぎのせいで私が食べ残したラーメンの器をギンジは指さした。

「いや、ギンジ殿が作ったものを残すなど失礼だろう」

「でも、麺ももう伸びちゃってるし冷めてるからねえ」

「騎士たるもの冷めたぐらいで食事に文句はつけたりはしない。口に入れられるだけで有難く思わねばな」

 長椅子に腰を下ろすと、器を抱えて残ったものをがっとかきこみスープも飲む。

 こういうことをするから品がないだの、男じゃないのかと口さがない連中に言われるんだろうな。

 確かに冷めていると多少は味は落ちたが、全然問題なく許容範囲であった。


「うまかった。それでは支払いだな。いくらだろうか?」

「3人まとめてお支払いでいいですか? それじゃ1200円です」

「円というのはなんだろうか?」

「えーと、外人さん、円が分からねえのか。参ったなこりゃ。長いあごひげの生えた偉そうな人の絵が書いてあるお札だよ」

 私はベルトに吊るした小物入れを開け、謝礼込みでアウリア銀貨3枚を出す。

 これは熟練でない職人の10日分の給金に相当した。


 それを目にしたギンジは首を横に振る。

「こんな見たことのない硬貨出されてもね。お金ってこれだよ」

 ポケットから折りたたんだ紙を出した。

 確かに先ほどギンジが言ったように緑がかったインクで精巧な爺様の肖像画が描かれている。

 だが、こんな紙切れが金だというのか?


 反応に困っているとリーシャがしゃしゃり出てきた。

 ギンジの手にする紙をしげしげと眺める。

「あ、千円札だけど肖像画が夏目漱石ですらないんですね。これ誰?」

「伊藤博文だよ。知らねえのか?」

「え? 銀次さんって昭和な人?」

 2人でわけが分からぬ会話を始め、置いていかれた私はファラーラ様と顔を見合わせた。


「確かに俺は昭和の生まれだけど、そんなことより代金を支払ってもらわないと」

「銀次さん。悪いんだけど、私たち円は持ってないのよね」

 ギンジは渋い顔になる。

「そりゃないぜ。俺はちゃんと代金を伝えた。それなのに金がないってのは食い逃げと一緒だ。……それじゃあ仕方ねえ、食べた分は体で払ってもらいましょう」

 その言葉に私は立てかけておいた槍を引き寄せた。

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