第7話 商売繁盛

 私は大きく息を吸い込むとよく通る声を張り上げる。

「さあさ、お立ち会い。遠い異国からやってきた魅惑の料理ラーメンだよ。ご当地初出店だ。一口食べたらやみつきだよ」

 体の前には店の名前と同じ文字が染め抜いてあるエプロンをしていた。

 まあ、その文字は私には読めないし、こんなに線が多いのが文字というのは書くのが大変そうだという印象しかない。

 リーシャが言うには銀亭というこのラーメン屋の屋号が表記されているということである。


 なんで私がこんな格好で声を張り上げているかというと、それは深い事情があった。

 うまい、うまいとラーメンを食べたものの、1杯400円の3杯分である1200円を払えなかった我々は、ギンジの店で働いて代金を返すこととなる。

 体で支払うというのはそういうことだった。 


 支払いできない分を労働力の提供で代えるということにやぶさかではないが、もちろんファラーラ様にそんなことはさせられるわけがない。

 本人は自分の食べた分は働くとノリノリだったが、白く美しい手はそういう肉体労働に明らかに向いていない。

 試しに水を入れてある水色の容器を持ち上げるように言われて、ふらふらしていたのでギンジからも適正なしと言われてしまった。

 リーシャはメイドなのでそういう仕事に向いていると思ったら、ギンジから断られる。


「うちの店は、威勢の良さが売りなんでさあ。喫茶店じゃないんで、こう、くねくねしたお嬢ちゃんが働くところじゃないんでね。コンスタンスさんなら粋でいなせだからイメージにぴったりだ」

 細かな言葉で意味の分からない箇所はあったが、リーシャではなく私の方がいいという意味は伝わった。

 ご指名とあらばしかたない。


 こうして、ゴンドーラ王国の町であるタンシルに到着した私たちは、早速通りに店を出した。

 この町に到達しえたのは、逃げた敵の去った方角に町があるだろうとの予測が当たったからである。

 町に到着するまでの短い時間で打ち合わせをした通りに振る舞った。

 ギンジと同じようにねじった布を額に巻いた私が、鍛えた声で客引きをする。

「いやあ、実にいい声だねえ」

 屋台の向う側にいるギンジがしみじみと言った。

 こういうときに良く通る声というのは役に立つものらしい。

 まあ、今の仕事に就く前は腑抜けた兵士を怒鳴りつけていたので私の声量は大きかった。


 ファラーラ様は一応会計という名目で、日よけを広げた下で小さな椅子に座って帳簿を広げている。

 先に宿に入って寛いでいてもらってもいいのだが、襲撃してきた敗残兵もこの町に居るはずなので何かあったときにリーシャと2人では心もとない。

 それに全く役目がないのかとふくれっ面をしていたファラーラ様は会計係という話を聞くと満足そうな顔をした。

 そういうわけで今はこの場所フードでその顔を隠してちんまりと佇んでいる。

 

 リーシャの仕事は裏方であった。

 食べ終わった器を洗う仕事を割り当てられている。

 男好きのする顔で胸もデカいので店頭に出せば鼻の下を伸ばしたのが大勢客になりそうなものだが、ギンジはなぜか却下していた。

 青い色をした驚くほど軽いのに丈夫なバケツにリーシャは共用の井戸から水を汲んでくる。

 ファラーラ様と同様にフードつきローブで顔と体つきを隠していた。


 良く日焼けした男がやってきて私に質問をする。

「このラーメンというのは何だい? 聞いたこともないが」

 形状と味を説明してから売り口上を付け加えた。

「アッサンデール聖王国の方からやってきた料理です。王室の方も大満足の味、王国御用達ですよ」

 私はまったく嘘は言っていない。

 襲撃者を蹴散らしてから北西に向かってたどり着いたのがこのタンシルの町であるし、アッサンデール聖王国のファラーラ様がラーメンをいたく気に入ったというのも事実である。


 こう言っては申し訳ないような気もするがゴンドーラ王国は人類の支配領域の辺境に位置していた。

 文化はつる辺境の小王国に引きかえアッサンデール聖王国は文化の中心地である。

 そこから渡来した食べ物となれば中身は何か分からなくてもなんだか凄いものだという印象を抱かせることができた。

「そんな他では食べられない魅惑の味がなんと今なら、初出店の特別価格でセンタル小銀貨1枚だよ」

 センタル小銀貨20枚でアウリア銀貨1枚の価値である。

 ラーメン1杯は下層民の日給の6分の1に当たった。

 決して安くはないが、たまの贅沢として誰もが出せなくはない金額である。


「それじゃ、1つもらってみようかな」

 最初の客が食べ終わり、感動して屋台を後にしてから行列ができるまでに時間はかからなかった。

 目の前で調理するパフォーマンスが楽しめて、今まで食べたことのない不思議な味である。

 人気が出るのは当然だった。

 それでも、短時間で流行となったのは、喫食意欲を高める口上と絶妙な価格設定にあったと考えている。


 売り文句から価格設定まで考えたのは何を隠そうこの私だった。

 ちょっと詐欺師のやっていることに近いのではないかと思わなくもない。

 まさか自分にこのような才能があったとはと、一番驚いているのが私である。

「やっぱり俺の目に狂いはなかったな。コンスタンスさん。あんた凄いぜ。銀亭始まって以来の売上げだよ」

 ギンジに感極まったように言われれば、私も悪い気がしない。


 心理的な距離が縮まったので前から気になっていたことを聞いてみる。

「ギンジさん。この暑さだというのにものが腐らないのは魔法でも使ってるのか?」

「いやあ、魔法だなんてそんなもんは使ってない。クーラーボックスに氷を詰めてあるんですよ」

 白くて軽い素材でできた箱は中に入れたものの温度を長く保つことができるらしい。

「でも、氷がだいぶ溶けちまった。製氷機がねえといずれは……」


 そこにどら声が響く。

「おうおうおう、誰の許可を得てここで商売をしてやがるんだ」

 視線を向けると人相の悪いのが3人ほど肩を怒らせてこちらを睨みつけていた。

 ある意味において予測通りの展開である。

 こういう商売をしていると売り上げをピンハネしていく存在がいるというのは常識だった。

 派手に商売をしていれば上がりを掠め取ろうというのがやってくるのは想定内である。

 とはいえ、ファラーラ様とリーシャは野卑な声に身をすくませていた。

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