第4話 ラーメンなるもの
ギンジは金網製の深いレードルに細長いひも状のものを入れるとお湯がぐらぐらと沸きたつ鍋の中に入れる。
そしてさらにもう1つのレードルも同様にした。
流れるような動きに無駄は無い。
次に縁に赤色の直線による渦巻き文様が描かれた鉢を取り出した。
特殊なシンボルなので何か魔法が込められているかもしれないと目を細めてみるが何も感じ取れない。
魔法の感知能力という点ですぐれるはずのリーシャは、肝心なときにファラーラ様相手に2本の棒を手にしながら説明していた。
「ラーメンはですね。この箸というものを使って食べるんです。こういう感じで上側のものを動かしてつかむんですよ」
いや、そんなことよりも魔法を使っていないかギンジを監視しろ。
そう言いたいが、さすがに本人の前で口に出すわけにもいかなかった。
視線を戻すとギンジは鉢に琥珀色の澄んだスープを注ぐ。
網状のレードルを引き上げお湯を切ると中のひも状のものをスープの中に入れた。
その上に、2本の長い棒を使って手際よくいくつかのものを乗せていく。
スライスしたハムのようなもの、半分に切った茹で卵、何かの青野菜と茶色い棒状のもの、それにピンクと白の渦巻き模様の謎の物体。
最初の3つはともかく、最後の2つのものは本当に食べ物なのか実に怪しい。
「へい。銀亭醤油ラーメン、お待ちどう」
ギンジは腕を伸ばして、リーシャの前に鉢を置き、次いでファラーラ様の前にも置いた。
「わあ、ラーメン。久しぶりだなあ」
嬉しそうにリーシャは2本の棒を使って細長いものをつまむと音を立ててずるずるとすする。
うわあ。仮にも王女様に仕えるものがするテーブルマナーじゃない。
なんという下品さだろうか。
「うん。美味しい。なんか涙が出そう」
とぼけたことを言っているリーシャを見下ろすと目尻に涙を滲ませている。
え? 本当に泣いているのか、この女。
「さあ、姫様も温かいうちにどうぞ。これをこう持って。さすが姫様。初めてでも上手です。誰も居ないんで勢いよくいっちゃってください」
おい。毒見の話はどうした?
こんなに短時間じゃ判別できないだろう。
止める間もあらばこそ、ファラーラ様は得体の知れないものを口にした。
ああ、おいたわしい。それほど空腹でいらっしゃったとは。
さすがにファラーラ様はリーシャのように下品な食べ方ではない。
ファラーラ様は目を見開くと左手を口に当てた。
「本当。初めて食べたけどとても美味しいわ」
湯気の向う側でギンジが嬉しそうに顔を綻ばせる。
「いや、そう言ってもらえると嬉しいねえ」
リーシャとファラーラ様はそれからラーメンなるものを夢中で食べ始めた。
それほどまでに美味しいのだろうか?
思わず私はごくりと喉を鳴らしてしまう。
あああ。ファラーラ様の護衛である私が食べ物に意識を奪われてしまうとは一生の不覚ではないか。
そりゃ昼食から時間が経っているし、襲ってきた賊と戦ってお腹が減っている。
私はリーシャとファラーラ様が食べているラーメンから無理やり目を引きはがしてギンジに視線を向けた。
穏やかな表情で2人の様子を見守っていたギンジがふと視線をあげる。
「お客さんの分は……、ああ、乗ってきた馬の手綱を握ってるんですね。それじゃ今すぐは食べられないか。こっちのお嬢さんが食べ終わったらすぐに用意しますから」
「いや、私は……」
ぷはあ。
1滴残らずスープまで飲み終わったリーシャが抱えていた鉢をカウンターの上に置いた。
それにしても食べるの早いな。
いくらがっついたにしても想像以上のスピードだった。
ちゃんと噛んでいるのか?
「どうもごちそう様。美味しかったです。それじゃ、コンスタンスさん代わりますね」
リーシャはさっと立ち上がると手綱を私から受け取って手にする。
湯気の向うのギンジを見ればもう新たな鉢にスープを注ぎ終わっていた。
「さあ、座ってください。今後のためにもコンスタンスさんもきちんと食べて体力をつけておかなくちゃ」
リーシャに背中を押されるようにして長椅子をまたぐ。
私がファラーラ様の横に腰を降ろすとぎしっと長椅子が軋んだ。
「はい、追加のラーメン一丁お待ち」
私の目の前に湯気が立ち上る鉢が置かれる。
スープから立ち上る芳香が鼻を直撃し自然と口の中に唾液がわいた。
うう、なんという危険で凶悪な食べ物であろうか?
何か人間を虜にするヤバい魔法でもかかっているのではないか?
まあ、しかし、今後に備えて腹ごしらえをしなければならないというリーシャの発言にも一理はあるなしあ。
せっかく用意してくれた食べ物を粗末にするというのもよろしくない。
先に食事を済ませたリーシャの具合が悪くなったという様子も特段なさそうだ。
では、私もちょっとだけ食べてみるとしよう。
ふむ。
箸と言っていたか。この木の棒を使って食べるのだな。
フォークでは確かに上手くすくえなさそうな気がする。
確かリーシャはこんなふうに動かしていた。
ふふ。この私にかかればこのような道具を使いこなすことなど容易いものである。
つるん。
つかみあげた細長いものが滑れ落ち、スープが跳ねた。
私の頬にぴちょんと滴がくっつく。
すぐ横に座っていてその様子を見ていたのかファラーラ様がくすりと笑った。
あああ。
死ぬほど恥ずかしい。
えーい。このラーメンめ。そこへ直れ。成敗してくれる。
ガバと箸で再び細長いものを掴んで口に運んだ。
最初に豊かな鳥肉の風味が広がる。
細長い麺とやらを噛みしめると意外な弾力があり、小麦の味を感じた後に心地よく喉を滑り落ちていった。
悪くはないな。
そう思いながら次の1口をたぐり寄せていた。
茶色く焼かれたハムのような肉にはしっかりと下味がついていて、明るい茶色をした細長いものはコリリと歯ごたえがある。
なるほど。
主食、主菜、副菜、スープをいっぺんに取ることができるようになっているのか。
ただ、噛むとグニという食感がする渦巻き状のものは、食べてもなんだか分からなかった。
まだ器の中には3分の1ほど残っている。
だが、もう時間の猶予は無かった。
「食事中失礼します」
ほぼ食べ終えて物足りなそうな顔をしているファラーラ様に断りを入れる。
長椅子から立ちあがると、小屋に立てかけておいた槍を手にして、私たちを包囲している連中相手に身構えた。
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