第3話 奇妙な男

 進んでいくと赤い光を放っているなんとも珍妙なものの全体像が見えてくる。

 荷車の上に小屋を載せてあり、小屋の横にバカでかい明かりが揺れていた。

 薄い紙のようなものに包まれたものが淡く辺りを照らしている。

 その光の影になって私よりやや年上と見える男が長柄を引いていた。


 周囲を見回すが姿を隠す場所とて無く、見える範囲に他に人はいない。

 そのことに私はさらに警戒度を上げる。

 見つからないように他の人間を伏せているのなら疾しい目的があるからとしか考えられない。

 逆に本当にこんな淋しい場所に1人でいるなら、まともな神経をしている人間とは思えなかった。


 長柄を引いていた男は私たちが近づくと顔をあげる。

 ねじった布が頭に巻き付けられている若い男は何か異国の言葉をしゃべった。

 なんのことやらさっぱりである。

「お前は何者だ。ここで何をしている?」

 私の問いかけに向こうも怪訝そうな顔をした。


 参ったな。

 お互いに言葉が通じない。

 どうしたものかと考えていると、男は白い歯を見せて笑った。

 敵意はないということを示しているつもりらしい。


 私の横でリーシャが何やらブツブツと言っている。

 リーシャを中心に柔らかな光が広がった。

「これで他の人にも言葉が通じるはずですよ」

「うおっ、なんだあ?」

 男が素っ頓狂な声で叫ぶ。

 リーシャが翻訳の魔法を使ったらしい。


 無駄に胸がでかくフワフワした雰囲気をしているのでバカっぽく見えるが、リーシャはなんと魔法が使える。

 翻訳のような支援系のものに加えて治癒魔法まで習得していた。

 それだけの能力を有しているのにファラーラ様のメイドなんかをやっている。

 まったくもって意味が分からない女だった。


 まあ、この際リーシャのことは脇に置いておこう。

 大事なのは目の前で叫び声をあげていた男の方だ。

 心底驚いていることからすると急に言葉が通じるようになった理由、翻訳の魔法の存在を知らないようである。

「お前は何者だ。ここで何をしている?」

 私は先ほどの誰何の言葉を繰り返した。

 男は目をパチクリとさせる。

 片手を頭にやってガリガリと掻いた。


「というか、ここどこすか? いやあ、気がついたら見渡す限り砂と石ころばっかりじゃないですか。人影が見えたからこっちに来てみてオネーサンに会ったってわけで。それで、ここって鳥取砂丘じゃないよね?」

 知性と教養が感じられないしゃべり方からすると、見た目どおりの下層民らしい。


「トットリサキュウというのは知らん。聞いたこともない。ここはゴンドーラ王国にあるナーラ砂漠だ。こちらは質問に答えたのだ。私の質問にも答えてもらおう」

「あ、俺の名前ですか? 俺は銀次って言います。見たとおり流しのラーメン屋やってまさあ」

「なんだ、その流しのラーメン屋とやらは。先ほどからわけの分からないことばかり言っているな。口から出まかせを言ってこちらを謀ろうというのであれば容赦しないぞ」


「いや、わけの分からないことばかりと言われてもねえ。ひょっとして、お呼びでない?」

 ギンジという男はリーシャとファラーラ様に視線を向ける。

「お呼びでない? こりゃまた失礼いたしましたっ」

 叫びながらこの場から去っていこうとした。


「おい。待て待て」

 相変わらずよく分からないが、気まずさを糊塗しようとする意図だけは伝わる。

 ファラーラ様を前にしてこの態度は無礼ではなかろうか?

 槍を握る手に思わず力が入った。

 このふざけた男をたたっ斬るか?

 そう思ったところで横からリーシャの声がする。


「コンスタンスさん。こちらの方が言っている流しというのは、移動式のお店のことです。ラーメンというのは、そうですね、小麦でできた細い糸状のものが入っているスープになります」

「リーシャ。そんなもののことを今まで聞いたことがないぞ。この荷車で食事をさせるというのか? しかも、そのラーメンとかいう怪しげな代物を?」


 タイミングよく返事の代わりにぐううとリーシャの腹が鳴った。

 ちょっとだけ恥ずかしそうな顔をすると、信じられない提案をする。

「折角だからここでラーメン食べていきましょう」

 こいつ頭がおかしいんじゃないか?

 砂漠のど真ん中で、言葉も通じなかった初対面の相手の店のものだぞ。


 私は慌ててリーシャを制止する。

「ちょっと待て。それはお前が勝手にそう思っているだけで本当に食べ物の……」

 そこへギンジが割り込んできて威勢のいい声をあげた。

「なあんだ。お客さんだったんですね。だったら、早く言ってくれればいいものを。あ、ラーメン1杯400円になります。すぐに支度をしますんでお待ちください」

 ギンジは軛を降ろすと荷車をガタゴトさせ始める。


 リーシャは馬を降りるとファラーラ様に向かってとんでもないことを言った。

「姫様も召し上がってみませんか、ラーメン。結構美味しいですよ。他に食べ物屋さんは無さそうですし。とりあえず体は温まりますから」

「何を勝手に話を進めているんだ。私たちは追われている最中なんだぞ」


「そんなことを言ったって、食料もなければ水もないじゃないですか。このまま飲まず食わずで逃げ続けるんですか? 日が落ちて気温が下がるなか、姫様も寒がっていらっしゃいますし」

「それはそうだが……」

「嫌なら別にコンスタンスさんは食べなくてもいいですよ。さあ、姫様。お手をどうぞ」


 ギンジが小屋の側面の板を外すと辺り一面に美味しそうな香りが広がる。

 チキンブロスのような香りは食欲をそそった。

 小屋からは湯気が立ち上っていて、いかにも温かそうに見える。

 ファラーラ様の方を見ると困ったような表情をしていた。

 私としてもファラーラ様に寒くてひもじい思いをさせたくはない。


「仕方がないですね。それではこうしましょう。リーシャが毒見をしてから召し上がってください」

「分かりました。そうします」

 ファラーラ様が馬を下り、私も下馬する。

 3頭分の手綱を手に取った。


 リーシャに続いて荷車の横に回ってみると、3人は並んで座れそうな木の長椅子が置かれている。

 荷車の上の小屋から張り出した屋根のところから赤い布が垂れていた。

 それを潜るようにしてリーシャが長椅子に座り、横にファラーラ様を座らせる。

「とりあえずラーメン2つね」

「へい、らっしゃい」

 私は身を屈めて小屋の向うで忙しく立ち働いているギンジに監視の目を向けた。


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