第2話 赤い光
ファラーラ様を守りつつ、私は時おり馬首を返しては追いすがってくる賊を槍で突き殺す。
賊が飛び道具をそれほど持っていなかったことと、馬車の積み荷を優先して確保しようとした者がいたことなどが幸いして、なんとか逃れることができた。
「さすがコンスタンスですね。あなたがいてくれて安心です」
ほっとした表情のファラーラ様に褒められてしまいちょっと困る。
別に褒められるほどのことではないというか、その資格がないというか。
とりあえず今はそれどころではなかった。
一旦は振り切れたものの、いずれは賊が追跡を再開することが予想される。
馬車には嫁入り道具というほどの荷物は積まれていない。
実質的に追放なのだからそんなものをミーナシアラ女王が持たせるはずがなかった。
もちろん、ファラーラ様の個人的な資産は積まれている。
とはいえ一番魅力的な獲物は間違いなくファラーラ様だった。
身につけている宝石や装飾品は王族としては質素なものだが、庶民からしてみればかなりの財産である。
なかでも美しい髪の毛を止めているバレッタはかなりの値打ちがあった。
それに姫自身に大きな価値がある。
若くて美しい女性というだけで値がつくが、その上に仮にも一国の王女というプレミアムがついた。
王女を我が物にするということに興奮を覚える男はかなりの数がいるだろう。
実際の日々の生活は慎ましく庶民と変わらない生活をしていたということなど他人は知る由もない。
赤い太陽が沈みゆくのを右手に眺めながら街道を外れて南へと逃げ続けた。
あれだけ昼間は暑かったのに日が落ちるとすぐに寒くなる。
ファラーラ様はぶるりと寒さに身を震わせたが、ほとんど身一つで逃げたため肩に羽織らせるものとてなかった。
無いのはそれだけではない。
食料も水も持っていなかった。
ファラーラ様付きの護衛となる前に、私は何もない荒地での行軍訓練を受けたことがある。
人間は食料はともかく水がなければ人は3日も生きられない。
ましてやここは礫と岩と砂しかない砂漠だった。
日が照りつけ遮るものとてない環境ではもっと早く干上がることが想像できる。
つまり水や食料を持っている追っ手は、彷徨う私たちを遠くから見張っておき、へろへろになったところを捕まえればいい。
私は辺境の地図を頭に思い浮かべた。
このまま南に進んでも到達できる距離には町や村はおろか川も池もない。
水場は北にそびえる山脈の裾にそって点在している。
しかし、そちらに向かおうにも賊が待ち構えていた。
10人ほどは倒したが、まだ50人以上は残っていると思われる。
私一人ならなんとか切り抜けられるかどうかというところだが、姫様を守りながらでは絶望的だった。
リーシャを囮に使えばあるいは逃げ切れるかもしれないが確証は持てない。
どこかで東か西に向きを変えて進む必要があった。
東に向かえば聖アッサンデール王国に近づく。
しかし、私たちは大きく広がる砂の大地を迂回して北西に進んできていた。
東に進んでも干からびる前にたどり着ける水場はないはずである。
西に向かえばゴンドーラ王国の領内で情報はほとんどない。
それでもまだ水場がある可能性はゼロではなかった。
ほとんど一か八かの賭けであるがそれ以外に選択肢はない。
私が姫様に声をかけて右方向、つまり西向きに方向を変えるように進言しようとしたときだった。
ぽつんと赤い光が前方の砂の丘の中に見える。
それほど強い光源ではなかった。
もしろ光の強さはランプの明かりよりも弱い。
ただ、距離がどれほどあるか正確なところが分からないのでなんとも言えないが、明かり自体の大きさはそれなりにありそうに見える。
子供の背丈ほどはありそうだった。
ぼんやりとしているが大きな明かりがゆらゆらと揺れている。
ファラーラ様も同じものを認めたようで馬の速度を緩めながら話しかけてきた。
「ねえ。コンスタンス。あれは一体何かしら?」
「ランプなどでは無さそうですが、正直なところ私にも分かりません」
リーシャが怯えた声を出す。
「砂漠の怪物じゃないかしら。あれはきっと目よ。私たちを食べようとして待ち構えているんだわ」
「リーシャ、落ち着きなさい。あんな目をした怪物なんて聞いたことがない。それに何かの光を反射するんじゃなくて自分で光るなんて変だ」
「そうかもしれないけど、いくら騎士のコンスタンスさんだって全部の魔物を知っているわけじゃないでしょう? ここは外国なんだし、まだ知られていない魔物がいるかもしれないわ」
食い下がるリーシャにファラーラ様が優しい声をかけた。
「王宮にある魔物図鑑にもそのような記載はなかったわ。たぶん、あれは人工的な明かりよ」
私はふーっと息を吐く。
これでは立場があべこべだ。
メイドが主に慰められてどうするんだという思いが湧く。
最後までファラーラ様に従うという忠誠心もあり悪い娘ではないのだが、こういう時には全く頼りにならなかった。
まあ、日常生活ではリーシャは食事の支度から着替えの手伝いまでファラーラ様の身の回りの世話を一手に引き受けている。
そういう面では私はぜんぜん頼りにならないのでお互い様といえばそうであった。
ただ、この局面ではせめて自分の身を守れるぐらいの力と心構えぐらいは持っていて欲しい。
ないものねだりをしても仕方ないので、私は赤い光に向かって目を凝らした。
赤い明かりはどうやら空中に浮かんでいるようである。
その時風向きが変わった。
正面から吹き付けてくる風に乗って、音階が上がって下りるを2回繰り返すちょっと哀愁漂う音が聞こえる。
「ほら、リーシャ。あなたにも聞こえたでしょう。あれは人が出す音よ。怪物の鳴き声なんかじゃないわ」
ファラーラ様の判断には私も同意だが、どう行動すべきか悩んだ。
しかし、私は姫様を守る任を帯びており、こういうときに判断を下す立場にある。
「ファラーラ様。敵か味方かは判別できませんが、少なくとも襲ってきた賊よりは少数かと。相手が2、3人ならばこのコンスタンスが命に代えてもお守りします。このまま立ち止まって挟み撃ちになるのが最悪の事態と思われます。とりあえず、あの明かりのところまで進みましょう」
ファラーラ様の承諾を得て、私たちは慎重に赤い光に向かって近づいていった。
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