流しのラーメン屋は聖アッサンデール王国御用達
新巻へもん
第1話 意地悪な姉姫
平和で豊かな聖アッサンデール王国には2人の王女がいる。
姉姫と妹姫は母は違ったのだが、どちらも容姿は美しく育った。
年上のミーナシアラ姫は御年24歳、年下のファラーラ姫は18歳。
どちらもすらりとした気品ある佇まいながら、女性らしい柔らかな曲線を帯びていて同じ女性である私の目から見てもため息が出る。
聖アッサンデール王国の至宝とも呼ばれる2人の姫君は、髪の毛や目の色の違いこそあれど、全体としての雰囲気はよく似ていた。
ただし、似ているのは外見だけである。
私がファラーラ様にお仕えしているという点は割り引く必要があるかもしれないが、心根は圧倒的にファラーラ様が美しかった。
まあ、ファラーラ様にも王女として問題がないわけではない。
外部に知られると致命的にまずいことが存在していた。
とはいえ、比較対象であるミーナシアラ様が心が歪み過ぎている。
嫉妬深く強欲で他人を見下し怒りっぽい。
ついでに言えば、世間一般には知られていないが色欲も凄かった。
巧妙に隠していたが、領内の見た目の良い少年を拉致してきて飼っていたということを私は知っている。
どこかの賢者さまが唱えた悪魔が引き起こす7つの悪徳のうちの5つを実践しているのだから大したものだった。
それだけ悪習に染まっているにも関わらず見た目だけは美しい。
そして、公爵家から嫁いできた王妃を母に持つミーナシアラ様の方が圧倒的に母親の身分が高かった。
残念ながらファラーラ様の母上は平民の出身である。
そんなわけで、陛下が亡くなり葬儀を主催したのはミーナシアラ様であり、その10日後に女王として即位したのも姉姫の方だった。
長幼の順としても、母親の身分の高さとしても順当と言えば順当なのだが、そのことが我が主であるファラーラ姫の運命に大きな影を落とすことになる。
若い女王が誕生して最初に始めたのが王配の選出であった。
そのこと自体は特に咎められるほどのことはない。
聖アッサンデール王国の平和が脅かされていたり、経済状況が不安定だったりすれば話は別だが、四海は平穏そのもので王国は富栄えている。
ミーナシアラ様は若く美しい貴公子を集めて大舞踏会を催した。
そこで多くの殿方の注目を集め甘い愛の言葉に酔いしれるつもりだったらしい。
ところが、数人の貴公子がミーナシアラ様になびかないという事態が発生する。
それだけなら良かったのだが、ファラーラ様に媚態を示す愚か者が出た。
まったくもって状況の読めない阿呆としか言いようがない。
ファラーラ様はすぐにその場を離れたのだが、そのことをミーナシアラ様に告げる者がいたようだ。
その日を境にミーナシアラ様の妹に対する態度が悪くなる。
さらに決定的に態度が冷たくなる原因となったのが、前王妃の遺品である魔法の鏡だった。
前王妃とミーナシアラ様の仲がぎくしゃくするようになった原因でもあるその鏡は問いかけられると王国で一番美しいのは誰か答えるという代物である。
8年ほど前のことらしく私も人づてに聞いたことがあるだけだが、前王妃が倉庫に魔法の鏡を放り込んだ当時の答えはミーナシアラ様だった。
それを聞いた前王妃は相当荒れたらしい。
ミーナシアラ様につらく当たるようになって、それ以来ミーナシアラ様の性格も変わった。
そんな曰くつきの魔法の鏡をミーナシアラ様は倉庫から引っ張り出して問いかけたようだ。
「ファラーラ・オールタンセ様です」
それを聞いたミーナシアラ様は部屋の窓から魔法の鏡を投げ捨てる。
地面に落下した鏡は粉々に割れた。
前王妃がさっさと壊しておけば良かったのにと思う。
いずれにせよ、これが決定的となって、ファラーラ様への風当たりが強くなった。
まず、代替わりをしたのだからといつまでも住んでいるのはおかしいと城から追い出す。
さらにファラーラ様に仕える使用人にも陰に陽にと圧力をかけて辞めさせた。
残ったのは護衛の騎士である私とメイドのリーシャだけになる。
どちらも天涯孤独で他に頼る当てもないという点と、ファラーラ様を気に入っているということが共通していた。
まあ、私には城から出る直前までは1人だけ居ないわけでもなかったのだが……。
とりあえず3人で小さな家を借りて住み始める。
傍目には姉に理不尽な理由で虐められる妹で、将来的に明るい展望は全くない。
けれども、ファラーラ様は姉の態度はほんの一時的なものだと信じていた。
他人の悪意とかそういうものの存在を知らない純真なところは素晴らしいのだが、個人的には非常に甘いと思う。
案の定というか、ファラーラ様が庶民と変わらない慎ましい生活を始め、ミーナシアラ様が留飲を下げていられたのは、ほんの僅かな時間でしかなかった。
ちょっと風邪をこじらせ高熱を発して寝込んだミーナシアラ様は自分が今死んだらファラーラ様が次の女王になるということに気づいたらしい。
それが気に入らなかったのか、ミーナシアラ様は王国の辺境と接するゴンドーラ王国の王にファラーラ様が輿入れすることを決めてしまった。
これだけなら悪くない話と聞こえるが、ゴンドーラの王は60歳を過ぎているうえに、世間がつけた二つ名は熱心王である。
その熱心さは主に若い女性へと向けられていた。
要は狒々爺の玩具になってこいということである。
ファラーラ様への憎悪というか嫌悪感が凄まじいことを痛感させられた。
ゴンドーラは王国を名乗っているものの国土の大半は砂漠で貧しく文化程度も低いところである。
こう評しては失礼だが正直なところ聖アッサンデール王国の王女が嫁ぐような相手ではなかった。
一月ほどかけて国境まで旅をする間は随行していた護衛の兵士もそこで引き返すことになる。
ゴンドーラ王国の迎えの兵士30名ほどと共に、ファラーラ様とリーシャの2人だけを乗せた馬車を守って私は砂漠を横断し始めた。
乾燥し埃っぽい空気が異郷に来たことを痛感させる。
すぐ北側の山地はもう人類の支配地ではない辺境の道を進んだ。
国境を越えて1日もしないうちに100名ほどの集団が襲ってくる。
30名の兵士は一応防戦を始めるが多勢に無勢で守り切れそうになかった。
こんな事態を半ば予想していた私は素早く御者台から身を躍らせ、ファラーラ様を馬車から降ろすと引き馬を軛から解放して跨らせる。
別の馬にはリーシャが乗った。
私はここまで並走させていた愛馬に飛び乗る。
鞍にくくりつけていた槍を手に取って振り回し血路を開いて3人で落ちのびていった。
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