第36話 消えたギンジ

 ギンジが居ないのに気が付いたのはフェリクスがやってきた翌日の朝食のときである。

 さすがに毎食ラーメンというわけにもいかないので私が小麦粥を作った。

 3食ラーメンでもいいという中毒者がいるが、あまり食べ過ぎは健康に良くないとリーシャが警告しているためである。

 まあ、私が作った粥も材料は似たようなものなので体にいいという保証も全くない。


 ギンジは個人用の天幕で1人で寝ている。

 朝食ができても起きてこないので私が迎えにいこうとした。

「あ、私が親分を……、いえ、姐さん、余計なことを言いました」

 ヒューイがなんだかむにゅむにゃ言っている。

 戦いの前で気が張っているのかもしれない。


「ギンジ。朝食の用意ができたぞ」

 天幕の外から声をかけてみるが返事がなかった。

 具合でも悪いのかと天幕の入口を開いてみたが中はもぬけの殻である。

 簡単な寝床にはそもそも寝た形跡がなかった。

 皆が朝食を食べている場所に戻り、昨夜交代で不寝番をしていたものに聞き込みをする。


「何か気が付いたことはなかったか?」

「いえ、特にはなかったですね」

「あっちの騎士団の方にも特に動きはなかったです」

「姐御、そんな顔をして何かあったんですか?」

 こうなれば隠しているわけにはいかず、ギンジが居なくなっていることを告げた。

 その後はちょっとした騒ぎになる。


 この場にいる大多数はギンジの作るラーメンのために私たちと同行しているようなものだった。

 肝心のギンジが居なくなればラーメンにはありつけなくなるわけで、動揺しない方がおかしい。

 ただ、逃げたのではないかと疑う声は上がらなかった。


「きっと何か考えがあってのことに違いねえや。そうでしょ、姐御?」

「うん、まあそんな気もするな」

「でも、姐御にも何も言っていないってのが気になるな」

「何か昨夜気になることはなかったですか?」

「うーん。いつも通りだったと思うが……」

 よく考えてみたら、私はギンジのことをあまり良く知らない。

 急に不安になる。


 なんとなくそわそわした雰囲気の中、私はファラーラ様が寝泊まりしてる馬車に呼ばれた。

 リーシャが深刻な顔をしている。

「あのですね。ひょっとするとギンジさんは元の世界に戻ってしまったのかもしれません」

「だったら、屋台を置いていくことはないだろう。大切なものだと言っていたぞ」


「世界の行き来がギンジさんの自由にできるならそうでしょう。でも、ギンジさんがこちらに来たときもよく分からないうちに移動していたということでした。帰りも本人の意思に関わりなく強制的に戻らされたのかも」

「誰が何のために?」

「それは分かりません。神様とかじゃないですか」

 それなら私に一言の断りもなくギンジが居なくなった理由が理解はできた。


「ただ、そんなにポンポンと行ったり来たりできるものなのだろうか? だとしたら、もっとギンジのような人間が居てもいいと思う」

「そう言われると私にも自信が無くなっちゃいますね」

「そもそも、何の目的でギンジを呼び寄せたんだ?」

「通常は世界とか大事な人を救うためというのが相場ですね」

「そういえば、リーシャ。お前はどうして転生したんだ?」

「なんででしょうね。特に使命とかは与えられなかったんですよねえ」


「いい加減なやつだな。ということはギンジの件も単なる想像でしかないわけか」

「そうですけど、大事なのはそこじゃなくて、ギンジさんがこのままずっと居なくなる前提で考えなきゃってことです」

「それはもうどうしようもないだろう。ダールは別にしてほとんどがラーメン目的で集まっているんだから」

「だから、ラーメン作りをコンスタンスさんが引き継ぐんです」

 はあ? なぜにこの局面でラーメンの話が出てくる?


「何をわけのわからないことを言ってるんだ?」

「だって、麺は作れますよね。スープ作りだって手伝っていたでしょ? なんだかんだ言いながらギンジさんはコンスタンスさんにお願いしていたじゃないですか。まあ、あれは少しでも一緒に居たいという下心からだったのかもしれませんけど。いずれにせよ、少なくても現時点で一番ギンジさんのラーメンを再現できるのはコンスタンスさんです」


「ドワーフの3人もいるだろ」

「ダメですよ。師匠が独立を認めていない弟子が勝手に後継者を名乗れるわけがないじゃないですか。コンスタンスさんしか居ないんです。ラーメン作りを継続すると宣言すればみんなをつなぎ留められます」

「それは詐欺ってもんだろう」

「じゃあ、ギンジさんが遺したラーメンの火をここで絶えさせますか?」

「そんな壮大な話にするな」


 そのとき、ダールの大きな声がする。

「コンスタンス! ちょっと来てくれ!」

「その話はまた後で」

 そう言い置いて、望楼へと向かった。

 昨日の雨はやんで今日は晴れ間がのぞいている。


 望楼から騎士団の陣地を遠望するとダールが叫んだ理由が分かった。

 見下ろすと50人ほどの騎士と20人ほどの弓兵が整列している。

 まずは一当たりしてみようというところだろう。

 あまり自力で歩くには向いていない金属製の全身鎧をガチャつかせて近づいてくる。

 ダールは砦を出て手合わせしたそうだったが、わざわざ疲れることはないと壁の上で待機させた。


 えっちらおっちらとやってきた騎士が射程距離に入ったところで、エルフの1人に隊長の兜の羽根飾りを射落とさせる。

 いきなり腕前を見せつけられて寄せ手は明らかに動揺をした。

 後方に控える弓兵が応射するが高低差もありこちらには届かない。

 エルフが砦内にいるということと実際に参戦するということの差は大きかった。

 我々がいつでも鎧の隙間を射抜くことができると思わせることができたのは効果がある。

 それまでと比べると迫力を減じた寄せ手が城壁まで到達した。


 攻め寄せたというように見えたのは持参した梯子を城壁に立てかけたところまでである。

 城壁の上に隠れていた者から子供の頭の大きさの岩が落とされて昏倒する者が続出した。

 そこにダールが城壁から飛び降りる。

 3人が剣で斬りかかったが一瞬で弾き飛ばされるか、叩き折られた。


 弓兵が矢を放つがダールはまったく意に介さない。

 これで僅かに残っていた戦意もへし折られたようである。

 弓兵が逃げ出し、騎士も負傷者を捨ておいて逃げ出した。

 ドワーフが修理してスムーズに開閉できるようになった門を開くと負傷者を中に運び入れる。

 ヒューイたちが負傷者を手早く武装解除していった。

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