幕間 私は第2王女ファラーラ
女王となるべく真面目に勉強していたことが役に立つとは自分でも思っていなかった。
姉のミーナシアラが無軌道に若い男漁りをしていることを知って、ひょっとすると私に王女の座が回ってくるかもと考えたことはある。
ただ、結局のところ、国民の間では本人の僅かな資質の差よりも、母親の身分の方が王座を継ぐ正当性を担保するという意識が強かった。
私は人畜無害で可哀そうな妹を演じていたけれど姉には通用しない。
城を追い出されて町家に住むようになる。
そのときに私についてきたのは、メイドのリーシャと騎士のコンスタンスだけだった。
リーシャとは強いつながりがあったけれど、コンスタンスがそこまで私に忠義を尽くす理由が分からない。
私は母の実家経由で手に入れたリボンをコンスタンスに与えることにする。
ただの質の良いリボンのように見えて、実は強い魔力を秘めており、身につけている者の不利益となる魔法や呪いを解除することができた。
そのことを告げてコンスタンスへの贈り物とする。
「私とあなたの友情の証として受け取ってほしいの」
私は狡い。
この言葉が見えない鎖となってコンスタンスの行動を制約することは分かっていた。
でも、これは魔法をかけたわけではない。
あくまで真面目なコンスタンスの心につけこんだというだけである。
そうでもしなければ私の寿命を全うすることはおぼつかなかった。
ゴンドーラ王国のスケベ爺さんに嫁がされそうになったときは、とても残念に思う一方でこれで生きながらえることができるかもと安堵する。
しかし、姉は執念深かった。
辺境国の王妃の地位すら私に与えたくはなかったらしい。
聖アッサンデール王国で闇稼業を請け負う者に私を襲撃させた。
結果からすればそのまま輿入れさせておけば、私はゴンドーラの王位継承を巡る争いに巻き込まれて大変な目にあったかもしれない。
しかし、襲撃のお陰でギンジに巡り合うという僥倖に恵まれることなる。
異世界から渡ってきた男はラーメンという変わったものを食べさせる料理人だった。
ラーメンはとても美味しい料理ではあるのだが、音をたててすするというテーブルマナーとは無縁のものである。
そしてラーメンそのものがそうなのか、ギンジが作るからなのか、食べた者を虜にさせるという恐るべきものでもあった。
ギンジ自身も人当たりのいい商売人というのは表向きの顔で、実は凄腕の殺し屋でもある。
ゴンドーラ王国のタンシルの町を裏で支配していた犯罪組織を乗っ取る手腕は大したものだった。
本来ならば警戒すべき相手である。
でも、ギンジはコンスタンスに惚れているのは明らかだった。
私はコンスタンスを通じてギンジを取り込むことにする。
監視役を兼ねていると思われるコンスタンスが私に最後まで忠誠を誓うかは確信が持てなかった。
そこは賭けである。
コンスタンスが私を害そうとすれば私に防ぐ術はない。
もし、そうなったとしても苦しまないように即死させてくれる気はしていた。
ギンジを巻き込んだ逃避行は順調に進む。
ドワーフの支持を得られた。まあ、それはギンジの作るラーメンに対してであったけれどもギンジを押さえていれば問題ない。
鉄の爪という2つ名を持つ屈強な戦士ダールの忠誠も得ることができた。
これはコンスタンスの働きによるものである。
ドワーフの住処であるイシュリ山を出たときには総勢20名近くになっていた。
もう野盗の類に怯える必要はなくなる。
それでもジシュカル王国の騎兵中隊と出会ったときには、国家レベルからすればまだまだ小さな勢力だということを痛感させられた。
コンスタンスを巡って中隊長のラントとギンジがいがみ合うのを見たときはハラハラしつつ成り行きを見守る。
今までは口にしなかったギンジがコンスタンスへの慕情を明確に口にしたので、闖入者のラントとの邂逅にも意味があった。
コンスタンスが好きに決めればいいことだが、私の目からするとラントは未熟に見える。
悪い男ではないと思うのだが、コンスタンス、ひいては私の運命を託すにはまだまだ経験が不足していた。
そういう意味ではコンスタンスがギンジと旅を続けることを選択したことは誠にもって素晴らしいことだと思う。
エルフの森でギンジとコンスタンスが2人の距離を詰めたことに密かに快哉を叫んだ。
ギンジがユニコーンの加護を受けてしまったのは本人にとっては不幸なことであったかもしれないが、私には朗報である。
コンスタンスと関係を持つまでは少なくともギンジを私の陣営に引き留めておける公算が高まったということだった。
全員がそうではないが、抱いた途端に相手への興味を失う男というものが一定数いることを知っている。
仮にギンジがそういう男だったとしても当面はその心配はなくなった。
最終的にエルフの協力も取り付けることができて少し浮かれていた面があったという気がする。
聖アッサンデール王国に極力近づかないようにしていたのを止めた途端にすぐに運命が牙をむいた。
王国の騎士団に追われるようにして古い砦に籠城する羽目になる。
そこにやってきた使者はコンスタンスの元婚約者だった。
確かに顔はいい。
それでもコンスタンスへの態度は酷いものだった。
いくら姉のミーナシアラに魅了されていたとしてもあの態度はない。
まあ、若い男性を即座に骨抜きにできるというのが姉の特殊能力だった。
淫魔のような力をなぜ姉が持っているのかは知らない。
ただ、その力で姉の魅力の虜になったフェリクスは蜂の巣を投げ込むような言葉を吐いて去っていった。
コンスタンスは命じられ次第、私を殺すように
ギアス自体は私がプレゼントしたリボンがキャンセルしたようだが、欲に駆られて私を害するという選択肢もあったはずだ。
まあ、婚約者を姉に奪われた恨みがあったから素直に従う気にはなれなかったのだろう。
改めてコンスタンスが私に与することになったのはいいが、状況は芳しくない。
この場所で守っている限りはかなり粘れそうだが、その反面、ここから出ていくことが難しそうである。
凌辱の限りを尽くされて死ぬのも嫌だし、周囲を巻き込むのも気が引けるので自決も考えたが早まるなとコンスタンスに釘を刺されてしまった。
散々利用してきた負い目があるので、そう言われると自分だけ楽になるのも狡いかなという気になる。
何をいまさらという感じだが、死ぬならもっと早くに死んでおくべきだったのだ。
ギンジにもラーメンで釣るようなことを言われて一旦は自死を取りやめる。
しかし、その当人が姿をくらましてしまったのだった。
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