第35話 最低な振る舞い

 私の元婚約者だったフェリクスは望楼を見上げる。

「我々は詐欺師を捕らえるために派遣されてきた。これは人間社会の問題であって、我らが兄弟であるエルフ族やドワーフ族には関りがないことだ。それに加えて詐欺師に騙されているのだと思う。砦を退去するなら我々は邪魔をしない。速やかに退去いただきたい」


「約束を守るという保証がどこにある?」

 エルフの1人が叫んだ。

「ここを退去する方が望む場所まで私が同行します。ああ、申し遅れました。偉大なる我が女王陛下の近侍を務めているフェリクス・カーバー伯爵と申します。畏れ多くも女王陛下は私を信任されていらっしゃいます。私の身が保証になりませんか?」

 以前と比べると色気の増した顔に笑みを浮かべる。


「所詮は使い走りだ。お前がそれだけの価値がある人間かどうかは判断できない」

「この胸に付けている勲章はわが国で5人にしか授けられていないものです。それに私が陛下の信頼が厚いということは、あなたがたの中にいる騎士が証明してくれるでしょう。そうですね、コンスタンス?」

 呼びかけられて胸壁を掴んでいた手に力が入った。

 気が付けば望楼にいる全員が私のことを注視している。

 くそったれ。

 わざわざ、この場で古傷を暴くこともないだろうに。


「一介の騎士が一躍伯爵さまとは随分と出世したものだな。さぞかし昼夜ともに忠勤に励んでいるんだろう」

「やあ、コンスタンス。久しぶりだね。元気そうで何よりだ。ただね、元婚約者が本来の仕事もせずに王女を騙る詐欺師を担ぎ上げるような真似をしているのを目にするのは悲しいよ」

「黙れ。貴様に元婚約者と呼ばれるのも不愉快だ。無用に舌の根を動かしていないでさっさと失せろ」


「ふふふ。嫉妬かい。そりゃ私との婚約が破棄されたのがショックだったのは分かるよ。君はこの私に熱を上げていたからね」

「警告したはずだ。立ち去らぬというなら撃つ」

「おやおや。話し合いにきた使者を撃つというのかい。それは騎士としてどうなのかな?」

「お前が騎士の道を語るな」


 機嫌が悪そうな表情のギンジが合図をするとエルフが弓に矢をつがえる。

 それを見てフェリクスが顔を歪めた。

「説得に応じるつもりはないということか。少しは冷静に考えたまえ。こちらは後詰も含めて2千はいるのだぞ。まあ、仕方ない。それじゃあ、最後にサンドハスト公爵からコンスタンスへの伝言だ」


「黙れ!」

 私が怒鳴るのに対抗してフェリクスが声を張り上げる。

「密命に従い王国に不要な者を討ち果たせ、とのことだよ。今からでも遅くはないそうだ」

 くるりと馬首を返すとフェリクスは馬を駆けさせ始めた。


「どうする?」

 ギンジが尋ねてくるので首を横に振る。

 ムカつく相手だが使者の背を弓で撃つわけにはいかない。

「ということだ。仕方がない。とても残念だがこのまま行かせてやろう」

 ギンジの言葉にエルフはつがえていた矢を弓から外した。


「顔色が悪いぜ。大丈夫か?」

 気づかわげに声をかけてくるギンジに私はどのように見えているのだろうか?

 大きく深呼吸をする。

 ファラーラ様の方を見ると私のことを悲しそうな顔で見ていた。

「コンスタンス。あなた……」


「ええ、そうです。私は公爵からファラーラ様にお仕えするように命じられました。指示があるまでは忠義に励めと。そして、指示があり次第ファラーラ様のお命を頂戴するように魔法で命じられています。今はその制約が外れたのか、その気になれませんが」

「そう。やっぱりね」

「ご存じだったのですか?」


「そりゃあ、私は姉が即位するまでの控えですもの。公爵も私の側にいざという時の処刑人ぐらい仕込むぐらいのことはするでしょう。そのせいであなたを苦しめちゃったわね」

「なぜ、分かっていて私を?」

 ファラーラ様はにこりと笑って答えない。

「まあ、もう過ぎた話よ。そんなことよりも皆さんは私と一蓮托生で良かったのかしら?」


 ドワーフもエルフも自分達だけで逃げるつもりはないと宣言する。

「吾輩は斧を捧げたからの」

 ダールは私を見るとニカリと笑った。

「そなたと手合わせしたときに迷いを読み取った吾輩もなかなかのものじゃろう?」

「まあな」


 その様子を見ていたファラーラ様が残念そうな声を出す。

「今更だけど1人ぐらい離脱したふりをして援軍を要請しにいってもらえば良かったわね」

「イシュリ山はちと遠いな」

「ボクらの森も援軍が間に合うかはどうかなあ」


「それじゃあ、ここにいるメンバーで何とかするしかないわね」

 妙に淡々としているファラーラ様の様子が怪しい。

「ファラーラ様。そんなことはないと思いますが、まさか人生の幕引きを計ったりしていないですよね? こんな事態になったら、偽者じゃないことを知っている者を生かしておくはずがないので無駄なことはやめてください」


「何のことかしら?」

「騎士団をこれだけ動員している時点で女王は本気ってことですよ。少なくとも私やリーシャは許されるはずがありません。エルフやドワーフについてはたぶん宰相である公爵と女王で意見が割れているでしょうけどもね」


「それじゃあ聞くけれどもこの先の展望はあるの? 2千はハッタリかもしれないけど見えるだけでも千人はいるわ。50倍もの相手よ。勝ち目はあるの?」

「少なくともこの砦は守り切れますよ。ここじゃ騎士団得意の密集突撃もできないですし、せいぜい2人ずつしか攻め寄せられません」

「守りなら吾輩とコンスタンスだけでもしばらくは耐えられるじゃろう」

 ダールが力強く同意する。


「でも、ここから出ていくことができないでしょう? 囲みを解いたフリをして待ち伏せされるかもしれないわ。平地に出たら彼らの得意な場所なんだから。このまま守りを固めるにしても食料がどれほどもつのかしら? 正確な量は分からないけれど、それでも1年分はないわよね」

「我らとの連絡が途絶えたら、エルフやドワーフが動くことでしょう。とりあえず、何もしないで諦めて早まった真似をするのだけはおやめください」


「そうですよ。俺の最高に美味いラーメン食べないという手はない」

 ギンジが上手く合いの手を入れてくれた。

 ファラーラ様はふっと肩の力を抜く。

「分かったわ。私の命を狙う役目を負っていたあなたにそんなことを言われるなんて不思議な気分。でも、できる限り生き延びるように努力するわ」

 せっかくファラーラ様を翻意させることができたのに、その日の夜を最後にギンジの姿が消えたのだった。

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