第37話 破城槌

 リーシャが魔法で治療し、10名ちょっとの捕虜を得る。

「装備品売り払うだけで一財産だな」

 ヒューイたちはホクホク顔だった。

「おい、山賊じゃないんだぞ」

「だって1人分でラーメン300杯以上ですぜ」

 価値換算がラーメン基準になってるとか、こいつらもう救いようがないな。

 ギンジのやつめ、こんな変態を量産して姿を消すんじゃない。

 心の中で愚痴を呟く。


「でもさ、これだけ捕虜がいても困るだけだよね。無駄飯食わせる余裕はないし、サクッとやっちゃった方がいいんじゃない」

 セラムがエルフらしからぬ殺伐としたことを言いだした。

「あ、そうだ。いいこと思いついた。人間って食べられるのかな?」

「発想がギンジによく似ているな。影響されすぎだろ。あいつはオークを食えるかって聞いていたぞ」

「うえ~。ギンジってちょっとおかしいよね」

 お前が言うな。


 とりあえず捕虜は屋台の側の軒下に手足を拘束して座らせることにする。

 セラムがちょいちょいと手招きするのでついていった。

「捕虜の顔見た? 凄く嫌そうな顔してたよね」

 キラキラした目で嬉しそうに言う。

「脅しのつもりだろうが、ほどほどにしておかないとエルフの悪い評判がたっても知らないぞ。エルフは人肉を食べるとか恐れられたら困るんじゃないか?」

「え~、からかうぐらいいいじゃん。コンスタンスだって捕虜にフェリクスがいたら、何かやるでしょ?」


「それは分からん」

「また無理しちゃって。本当は昨日言われたことの仕返ししたいくせに。まあ、ギンジが居たら先にラーメンの茹で汁ぶっかけてそうだけど」

「なんでギンジが?」

「ギンジもフェリクスのことはムカついていたみたいだからね。それぐらいはきっとするんじゃないかな」


「それ火傷で死ぬぞ」

「リーシャさんがいるから平気、平気。しっかりと痛みだけは感じさせることができるよ」

 澄ました顔で言うセラムはちょっと危険な香りがした。

「まあ、そうは言っても実際にはもうギンジは居ないけどな。リーシャはあっちの世界に帰ったんじゃないかと言っている」


「それは無い無い。適当なこと言ってるなあ。逆はできないんだよ。水は低きに流れる、それと一緒さ。ああ、なるほど、コンスタンスはギンジが居なくなっちゃったと思ってたから様子が変だったんだね」

 またニヨニヨした笑みを浮かべていた。

 フェリクスの代わりにぶん殴りたい。

「じゃあ、ギンジはどこへ行ったんだ?」

「さあ?」

 セラムは両手を広げてみせる。


「でもさ、逃げたんじゃないと思うよ。コンスタンスさんを置いていくなんてありえないから」

「もし本当にそんなに大事に思ってるなら、一言あってしかるべきと思うんだがな」

「それコンスタンスさんが言っちゃう?」

「言ったら悪いか」

「何も告げずにコカトリスを狩りに行ったらしいじゃない。ギンジから聞いたよ」


「それとこれは別というか、そのせいでギンジに注意されたし」

「似た者同士だね。まあ、ギンジもこの状況をなんとかしなきゃって考えたんだと思う。コンスタンスも千人の相手をするのは厳しいでしょ?」

「それはそうだが」

「とりあえずラーメン食べない?」

「は?」

 発言と行動が突拍子もないから忘れがちだが、セラムもラーメン教徒だったな。


「ほら、昨日の夜にギンジが作り置きしたスープと麺があるでしょ。ボク見てたから知っているんだ」

「リーシャと同じようなことを言うんだな。だけど私が勝手に使うわけにはいかないだろう?」

「大丈夫だよ。ギンジも将来はコンスタンスと一緒に店をやるのが夢だって。あ、しゃべっちゃった」

 コイツにだけは秘密を話してはダメだな。


「それにギンジと揃いのエプロン、コンスタンス以外には絶対に付けさせないでしょ? ほら、士気の維持と捕虜への嫌がらせのためにさ」

「しかしだな……」

 なおもためらっているとセラムはとんでもない行動に出る。

「みんな~。コンスタンスがラーメン作るってさ」

 その叫び声にうおお、という歓声が上がった。

 ファラーラ様も両手で拍手をしている。


 引っ込みがつかなくなった私はセラムに押されるようにしてギンジの屋台のところへと向かった。

 皆の期待の目に仕方なく折り畳んだエプロンを身につける。

 材料を確認すると少々少なめになるが全員に行き渡るだけの量があった。

 焜炉の火力を上げ湯を沸かし始め、スープを加熱する。

 ギンジの様子を思い出しながら、その動きをなぞるようにしてラーメンを作った。

 まあ、ギンジの作るラーメンのハトコぐらいの味にはなった気がする。

 

 初戦の後はしばらく敵陣に動きはなかった。

 ある日、ラーメンの麺づくりをしていると望楼から声がかかる。

 自分でも何をしているのかと思わなくもないが他にすることも無かった。

 騎士団の陣地には車輪のついた三角屋根の丸木小屋のようなものがでーんと鎮座している。


「コンスタンス。破城槌だ。あいつらのんびりしていると思ったが、あんなものを取り寄せてたんだ」

「あれを使われたら、この砦の扉なんてひとたまりもないな」

「さて、どうする?」


「破城槌は燃やすしかないだろう。ただ、あそこまでわざわざ出かけるのも面倒だし、そう簡単に焼かせてもくれまい。まあ、あの図体をこの坂道で押してくるだけでも一苦労だろうな。ある程度近寄ってきたら私とダールで斬り込んで護衛を排除しつつ誰かが火をつけるというところでどうだろうか」

「うむ。それしかあるまい」

「実際の破壊力も脅威だが、心理的な影響も大きいな」


「銀次が不在というタイミングというのも良くないぞ。そんな状態であれがやってきたら追い詰められた気になるかもしれない。恐慌状態になったら戦力にはならんからな」

「まあ、坂道がぬかるんでいる。すぐには攻めてこないことを期待しよう」


 すぐにその期待は裏切られた。

 騎士団の陣地で慌ただしい動きがあり、徒歩の騎士数名を先頭に破城槌が砦に向かって進発する。

 破城槌を押しているのは騎士ではなく平服を着ているものだった。

 その辺りの住民を徴用してきたらしい。


「気に入らんな」

 ダールが破城槌を見つめながら文句を言った。

 私もそれに同意する。

「ああ、全くだ。できれば騎士以外は手にかけたくないな。逃げ出してくれるといいのだが」

「騎士もそなたの元同僚なんだがな。コンスタンス。先日のように捕虜に取るのは難しいぞ。ためらいなく斬れるのか?」

「向こうが仕掛けてくるなら受けて立つしかあるまい」

 それが自分の仕事だと心に言い聞かせた。

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