エピローグ

 ファラーラ様が聖アッサンデール王国の女王として即位した数日後、関係各位を招待して、新材料によるラーメンのお披露目会が開かれる。

 王国東部の漁港で作成されたナルトが届いたことによるものだった。

 記憶の中のものに比べるとベニバナで色を付けたためかややビビッドな色合いになっているが渦巻き模様もついている。

 

 イシュリ山からはカンスイが、エルフの森からはショーユという濃い色の液体調味料とメンマが届けられていた。

 材料を届けるためにしては随分と多い随行員が一緒にやってきている。

 一応名目としてはファラーラ様の即位のお祝いのためということになっているが、明らかにラーメンが目当てだった。


 周辺国からも慶賀の使節がやってきている。

 ジシュカル王国からの一団の中にはイェルパ・ラントの姿もあった。

 公務を終えると私のところにすっ飛んでやってくる。

 私がギンジのプロポーズを受けたという話は知っているはずなのに全然めげない。

「まだ式を挙げていないのなら、私にもチャンスをください」

 そんなことを言って私のところへと日参していた。


 やきもきするギンジを見ていると、さっさと式を挙げたいところだが、近衛騎士の身分で主より先に結婚するのはどうなのという圧力がある。

 ファラーラ様に王配を決めるようにとの動きの一環なのだが、それだけに私の一存で結婚式を挙げるのはためらわれた。

 ミーナシアラのようにお盛んなのも困るが、さりとてファラーラ様のように男性にまったく興味を示さないというのも宰相あたりとしては困るようである。


 そんな中で行われたラーメンのお披露目会は大盛況となった。

 ギンジに弟子入りしていたドワーフたちが居なかったら、私とギンジは調理のし過ぎで死んだかもしれない。

 お仕着せを着たヒューイたちも忙しく料理を運んでいる。

 衣装のせいかタンシルの町を食い物にしていた頃の面影はなかった。

 最初は遠巻きにしていた廷臣や貴族、外国からの使節たちも、仲が悪いことで有名なエルフとドワーフが肩を並べて称賛するラーメンを口にすると態度を豹変させる。


「おおおお……」

「こ、これは」

「かような下賤なものと思っていましたが」

「くそお。美味い」


 実際のラーメンの味がどうであれ、現女王陛下の支持基盤であるドワーフ族とエルフ族が熱狂している食べ物を粗略にすることはできない。

 王国の内政や外交に介入する気がなく、純粋に友好関係を結ぼうといういう奇特な盟邦が一気に敵に回るかもしれない発言など致命的である。

 冗談でなく反逆罪に問われかねなかった。


 多少は自由に発言できる立場にいるラントはラーメンを食べた後もぶつくさと言っていたようである。

 それを聞きつけたダールに諭されてからは態度を一変したそうだ。

「吾輩はな、他人が好きなものの悪口を言う者は嫌われるぞと言っただけだがな」

 ほっほと笑っていたが、それはそれで面倒を引き起こす。


「私がギンジ以上のラーメンを作るようになります。そうしたら、私とのことを考えてくれますか?」

「なんでラーメンで結婚相手を決めなければならないんだ?」

「だって気に入っているんでしょう?」

「それとこれとは……」

 ラントは決意を顔に漲らせて騎士団長である父親を捜しに消えた。


 すぐ近くでラーメンを作っているギンジの顔をチラリとみるが、どこ吹く風という顔でレードルを操っている。

 ラーメン作りでは負けるはずはないという自信なのか、私のことを信頼しているのか、平然としているところが頼もしい。


 そこへセラムがやってくる。

「ラーメンお替り」

「おい。もう2杯食べただろ」

「いいじゃん。まだまだ材料はたくさんあるんだし」

「作るこっちの身にもなってみろ」

「ねえ、ギンジ。未来の奥さんがボクにやたら冷たいんだけど」


 ギンジが頷いたので、できたばかりの1杯をセラムに横流しした。

 ちょっとだけ長く待たせることになる誰かよ、許してくれ。

 セラムは悠々とした態度でラーメンを食べ始める。

 まことにもってふてぶてしい限りだが、セラムはつい先日、ファラーラ様の即位に思うところのある一派の摘発に大活躍していた。

 そのため、あまり邪険に扱うわけにもいかない。


 ちなみに、摘発された中には私の元婚約者も居た。

 捕まった後には私の悪口も言っていたと聞く。

 中には私が性的倒錯者だというものも含まれていた。

 100年の恋も冷めるような酷い内容だったが、幸いにして私はユニコーンに乗った乙女である。

 ギンジに誤解をされずにすんで助かった。

 まあ、それはユニコーンに乗ったという意味を正確にギンジに伝えたセラムのお陰でもある。

 それにしても、あんな男から婚約解消されたことを気に病んでいた自分が情けない。


 そんなわけで、自分の足を掬おうとした反対派を摘発しファラーラ様は政権基盤が安定している。

 リーシャに主治医を兼務させることにも成功し、今日も後ろに控えさせて穏やかな笑みを浮かべラーメンのお披露目会に望んでいた。

 盛況のうちにお披露目会は終了し、私はギンジと別れてファラーラ様の寝室の警護につく。


 私はファラーラ様に直訴した。

「即位もされましたし、私の近衛の任をそろそろ解いては頂けないでしょうか?」

「え? それほどギンジさんとの結婚を急ぎたいの? こう言ったら悪いけど、ギンジさんってまだ加護が解けてないんでしょ。ギンジさんには辛いんじゃないかしら」

 そういうファラーラ様本人は全く結婚する気がない。

 リーシャから未婚のまま一生を終えた偉大な女王の話を聞いてそれに倣うつもりのようである。


「ギンジとの関係は別途解決するとして、式を挙げないと諦めないのがいるんです」

「ラントさんも若いから一途ね」

「笑い事じゃないですよ。今日はラーメンを上手に作れるようになったらとか、わけのわからないことまで言いだしてました」

「コンスタンスも大変ね」


「そう思うんだったら任を解いてください」

「でも、そういうわけにはいかないわ。コンスタンスは功労者よ。それなのに解雇したらあらぬ噂が立っちゃうわ」

 私は明らかに沈んだ表情になってしまったのだろう。

 ファラーラ様が妥協案を提案した。


「もうちょっとしたら、私よりに先に結婚するのはどうかって話はうやむやになると思うの。それまで待って。その日のために向けて先にギンジさんの加護を解いたらどうかしら? リーラン山方面に極秘任務に出るっていう命令を出してあげるから。それで我慢して」

 そう言われてしまうと従わざるを得ない立場である。

 

 こうしてギンジの移動式ラーメン屋銀亭が王国内を行商して回ることになった。

 犬も歩けば棒に当たる。

 私やギンジは行く先々で色んな事件に遭遇することになった。

 それを解決して歩くうちに王国内に噂が流れるようになる。

 女王陛下の密命を受け各地の問題を解決する諜報員がいるらしい。

 そして、流しのラーメン屋は実は聖アッサンデール王国御用達であると、まことしやかに語られるようになった。

 その物語の真偽は……いつかまたどこかで。

 

-完-

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流しのラーメン屋は聖アッサンデール王国御用達 新巻へもん @shakesama

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