第10話 それぞれの事情
「それじゃあ、ギンジさん、少し突っ込んでお互いの情報交換をしようじゃないか」
カウンターの上には食べ終わったラーメンの器が並んでいる。
制圧したステイブル一家の屋敷の中庭で、夕食を食べ終わったところだった。
日は落ちた後だったが周囲の建物に吊るされているランプなどの明かりによって中庭は十分に明るい。
風が遮られるせいか肌寒さも感じなかった。
色々とあった後の一杯は実に美味い。
ギンジがヒューイほかの降った連中に振る舞ったら、感涙に咽んでいたのも……、今思えばちょっと大袈裟すぎだったかな。
ギンジが固めの杯ってやつだな、と言った後、我々がキョトンとしていたら右手を出してから引っこめて叫んだ。
「がちょーん」
そのなんとも言えない空気を誤魔化すようにギンジはラーメンを作り始める。
投降者を下がらせてから我々もラーメンを食べ現在に至っていた。
ギンジもときどき奇行をしなければ割とイイ男だと思うのだが。
「いいっすよ。今や運命共同体だ。じゃあ俺から話すとするか。流しのラーメン屋というのは表向きで、裏では金を貰って恨みをはらす仕事をしていた」
「仕事人みたいですね。おじいちゃんがよくDVDで見てましたよ。かっこいいですよね……」
リーシャが余計なことを言い始めるので黙らせた。
「そう、それだ。時間ができたら聞こうと思っていたんだ。お前たち2人だけ通じる謎の話は一体なんなんだ?」
「謎っていわれてもな。普通に俺が暮らしていた日本の話さ。そっちのネエチャンは日本に来たことあるんだろ?」
「んー。ちょっと違うんだよね。まあ、日本のことは知ってるんだけどさ」
「では尋ねるが、ニホンという場所からどうやってここへ来た?」
「それについては面目ないが俺にもさっぱり分からねえ。気がついたら砂漠の真ん中だったんでね」
「そりゃお気の毒に」
「まあ、親方亡くしてからは天涯孤独だし屋台を引いているのはどこでも同じだからな。全然気の毒じゃないよ」
それからギンジは横を向くとごにょごにょ言う。
「それに、こんな……」
よく聞き取れないので話を元に戻した。
「ギンジさんとリーシャはラーメンというものがあるニホンからやってきた。ここまではいいな」
「正確に言うと私はそういう記憶があるってだけ。たぶん私は転生で、ギンジさんは転移だと思う。ほら、私ギンジさんみたいに黒髪黒目じゃないし。それとギンジさんの生きていた時代は私が知っているときよりかなり昔だと思う」
転生だとか転移だとか意味不明だが、話がややこしくなるので流すしかない。
「なんで今まで黙っていた?」
「そりゃ話しても信じないでしょ? 魔物が取りついたとか言われて火あぶりになっても嫌だし。それに記憶が戻ったのは半年ぐらい前だから」
「リーシャのことはまた後で問い詰めるとして、今度はこっちの番だな」
私はファラーラ様が頷いたので、現在置かれている状況を話して聞かせる。
ギンジは大げさに手を広げ肩を持ち上げた。
「そうか。跡目争いね。そいつは難儀だ。それでこちらのお姫さんは大国の女王に狙われていると。かなり厳しい状況だな。それじゃ、ヘボい非合法組織の1つや2つを潰すのは大変なうちに入らないだろう。まあ、コンスタンスさんという優秀な護衛がいるからってのもあるだろうが」
「そうなんですよ。コンスタンスが私に仕えてくれていて本当に良かったと思います」
話に割り込んだファラーラ様がキラキラした目で私を見る。
「それでこれからの当てはあるのかい?」
「はっきり言って無いな。まさか、この国の王が急死していて後継者も決まっていないとはね。聖アッサンデール王国との関係強化を目論んでファラーラ様の争奪戦が始まるだろう。どの王子も他より抜きんでる方法に血眼だろうから」
「そんな状況で非合法組織に手を出したのはまずかったな。どの陣営も手っ取り早く戦力になるという理由で、ああいう連中を組み込もうとするだろう。ステイブル一家が俺の首を欲しいと言ってきたら……」
ギンジは手刀を自分の首に当てた。
「時間をかければ乗っ取りはできたと思うんだがな。こんな状況じゃそんなことを悠長にやってられない。詰みだな」
「その割には落ち着いてるな」
「まあ、慌てふためいてもどうしようもねえからね」
「あの……」
今まで私のことを見ていたファラーラ様が声を出す。
「私が王子の誰かと結婚すればなんとかなりませんか?」
うーん。ファラーラ様の耳にあまり辛いことは入れたくないんだけどな。
結婚して大事にするよりも虐待した方が利益になるんですよねえ。
私が話すかどうかためらっているとすぐにリーシャが反応する。
「ダメですよ。その王子が負けちゃったらファラーラ様は奴隷ですよ。どの王子が優勢かという情報も無いですし」
それに目端の利く参謀がいれば、ファラーラ様を亡き者にすることを条件に、聖アッサンデール王国から援助を引き出そうとするだろう。
もちろん楽には死なせてもらえない。
とりあえず聖アッサンデール王国の影響が及ばないところに逃れなくては。
そんな都合がいい場所があれば苦労はしないな……。
ギンジが片手を上げた。
「ところで、この辺のどこかで氷が手に入らないかな? このままだと食材が痛んじまう。冷蔵庫があればベストだけどそんなものはさすがに無さそうだし」
私は思わず呆れた声が出る。
「この状況で商売の心配をするのか?」
「当然でしょ。俺はラーメン屋なんだから」
何か考え込んでいたリーシャがうんと頷いた。
「氷を用意できたら、ファラーラ様が安全なところに落ち着くまで手助けしてくれます?」
「そうだな。一緒にいる間はラーメン屋の営業を手伝ってくれるなら」
おいおい。勝手に話を進めるなと思ったが他にいいアイデアもない。
ファラーラ様も興味深そうに話を聞いていた。
「じゃあ、交渉成立ってことで。銀次さん、ポリバケツに半分ぐらい水をくんできてもらっていいですか」
ギンジが中庭の井戸から水をくみあげて青いバケツに移す。
リーシャが呪文を唱えてバケツの水に両手の掌を叩きつけるような動作をした。
「凍れ!」
それと同時に水が凍りつく。
リーシャはまだこんな技を隠していたのか。
「すげえ、すげえ。最高だ」
歓声をあげるギンジがリーシャを褒めるのがちょっとだけ疎ましかった。
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