第28話 私の選択

「我らの里に何の用だ? 短命種とチビ族よ」

 私の足元では矢羽根がまだ震えている。

 どこかでも似たような歓迎を受けたが、今回の方がさらに忌避感が強かった。

 高くそびえる木々の上の方から声が聞こえてくるが、その声の主の姿は目に入らない。

 ただ、こちらと同数かそれ以上の鏃が私たちに狙いをつけているのは確実である。


 後方に控えているドワーフたちから怒気が立ち上るのも感じた。

 ああ、面倒くさい。

 ラント中隊長の申し出を受けた方が良かったかな、などと考えるが後の祭りであった。

 とりあえずは私の役目を果たさなくてはならない。

 声を張り上げる。


「我々はとある植物についての情報を求めてこの地に来た。それ以上の目的はない」

「貴様たちも森の希少な植物を狙って一獲千金を企む欲深いものだな。これ以上我らの森を荒らされてたまるか。大人しく背を向ければよし、さもなくばハリネズミのようにしてくれる」

「待て。我らは勝手に森を荒らすつもりはない。マチクというものの情報が欲しいだけだ」

 次いで形状や特徴について説明した。


「そんなものをどうするつもりだ?」

 先ほどから冷淡だった声色が初めて僅かに綻びをみせる。

「加工して食べる」

「アレを食べるというのか? そのためにわざわざ? 短命種はそこまで食に困っているのか?」

「そういうわけでもないのだが、無いと淋しいというかな。もし、差し支えなければ分けてもらえないだろうか? 対価として異世界の料理を振る舞おう」

「何? 異世界の?」


 会話がここまで進んだことに私は秘かに安堵の吐息を漏らした。

 エルフ族というのは高慢で自分たちが1番優れていると思っている。

 実際、長命なために個体としては優れていることが多い。

 その一方で明日やればいいかを常に繰り返すので、何か新しいことを生み出すのは不得意だった。

 そんな特徴が組み合わさり、エルフ族は自分たちの知らない何かというものが存在することが許せない。


 異世界の料理と言われれば食いついてくるのは確実だった。

 ただ、猜疑心も強いので最初にそのことを言い出すわけにもいかない。

 腐心して組み上げたのが私の会話だった。

 この後はドワーフ族にラーメンを披露したときと同じように進む。

「我らにも似たようなものはある」

 小麦粉を練って細切りにしたものはあると鼻で笑っていたが、ラーメンを口にすると態度が変わった。


「熱いスープに浸かっているのに、この口の中で跳ねるような弾力、どういうことだ?」

「小麦の味とスープの調和、これは黄金律に最も近いのでは?」

 ここでメンマのコリッとした触感が加わるとどうなるかを説明する。

 エルフたちはううむと唸った。

「この完璧と思える料理がさらに?」

「森羅万象の調和が顕現してしまうのでは?」

「しかし、アレを加える……、どうやって?」


 議論は長引き10日以上に及ぶ。。

 まあ、時間の流れが違うので、彼らからするとこれでも大急ぎで話し合っているのかもしれない。

 一応ある程度の行動の自由は保証されたので思い思いに過ごした。

 ファラーラ様は旅の疲れが出たと称して、割り当てられたツリーハウスにリーシャと引きこもる。

 コンスタンスも一緒にというお誘いは固辞した。


 ヒューイたちはオークとの戦いや騎士団と向かい合うという経験に力不足を痛感したらしい。

 ダールに乞うて武芸の練習に励んでいる。

「私も稽古をつけてやろうか」

 そんなことを言ったら、ぶんぶんと首を横に振った。

「とんでもねえ。遠慮しておきます」

 すげなく断られてしまう。

 コカトリスを狩ってからというもの距離を置かれている気がした。

 邪眼が効かなければそこまで脅威でもないと思うのだがまったく解せない。


 そして、3人のドワーフたちは、何かの道具を作るのに忙しかった。

 こうなると暇なのは2人だけである。

 その片割れであるギンジは私をハイキングに誘った。

 ヒューイたちが私の訓練しようという提案を断った理由がそこで初めて分かった。

 あいつら、ギンジに気を遣っていたらしい。

 イシュリ山を出てからというもの、私との距離を取っていたのもどうやらギンジへの遠慮らしかった。

 親分の女と親しくしていたら粛清されるとヒヤヒヤものだったということで、なんだか申し訳ない気持ちで一杯である。


 私としてはまだ心の整理がつかないのと、ファラーラ様の護衛の任に就いているということでギンジの気持ちへの答えは保留していた。

 今までそういう経験がないので、好意を向けられているということにどうリアクションしていいか分からない。

 拒絶する理由もないのとファラーラ様のたまには羽を伸ばしてらっしゃいという言葉にギンジからのハイキングの誘いには了解と返事をした。


 いざ出かける当日というとギンジは気合いが入りまくっている。

 バスケットにランチを詰めたものを手に持ったギンジは、どこから入手したのか立派な衣装に身を包んでいた。

 羽根飾りのついた帽子に青いシャツ、革のズボンを穿いている。

 襟元に濃い緑のスカーフを巻いて、腰のベルトから小剣を下げていた。

「どうかな?」

 少し気恥ずかしそうにギンジが問うてくる。

「セラムが用意してくれたんだけど……」


 ラーメンはエルフ族にも熱狂的ファンを生んでいた。

 セラムというのはその中の1人である。

 見た目は少年という感じだが、生きてきた年数は私よりも長い。

 ラーメンを食べてからというものギンジにつきまとっていた。

「今日は一緒じゃないんだな」

「ああ、うん」

 ガサガサっと音がするとそのセラムが飛び降りてくる。


「あのさあ、折角おしゃれしてきた相手にさ、何か感想ないわけ?」

 腰に手を当てて私を見上げた。

「ていうか、コンスタンスはいつもと同じ格好なの? デートだよ? 人間にだってドレスコードってあるでしょ? ああ、もう。こっちもコーディネートが必要だったかあ」

 くそ生意気なエルフが鼻をならす。

「うるさい。鎧姿は騎士の正装だ」


「くそダサ。まさか結婚式にもその格好で出る気?」

「ああ、前にも同じような格好で参加したことがあるぞ」

 セラムはでっかいため息をつきギンジを振り返る。

「ねえ、さすがにこれはないと思うけど」

「いや、とても良く似合っていると思う」

「ああ、そうですか。当人がいいなら他人がどうこう言う話じゃないね。それじゃ」

 セラムは身軽にジャンプすると枝に手をかけ、くるんと回転するとさらに高い枝へと飛び移って姿を消した。

 なんなんだ? あいつ?

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