第21話 軋轢と和解
ドワーフの元を離れた私たちは聖アッサンデール王国の外縁部をかすめるようにして東へと進む。
襲撃から逃れた後、ミーナシアラ女王の動きが掴めていない状態でうかつに聖アッサンデール王国に足を踏み入れるわけにはいかなかった。
「ラーメンを作るのに必要な醤油がもうすぐなくなる。まあ、塩味でもいいんだが。それとメンマがないラーメンはなんか違うんだよな」
歩きながらギンジがふわっとしたことを言う。
「確かにメンマがないと画竜点睛を欠きますよね」
例によってリーシャが自分だけは分かっていると言わんばかりの相槌を打った。
なんだ、その態度は。
「だろー。重要な脇役なんだよな。なくなると妙に淋しいというか」
ギンジが気安く応じたためか私は軽い疎外感を感じた。
私の知らない話題を共有していることは強いつながりを生むんだろうな。
誰1人知り合いがいない、文化や習慣も違うところに放り出されると、同邦人に強い親近感を抱くのは自然なことだろう。
それにリーシャはファラーラ様の影に隠れがちだけど、かなり可愛い部類に属していた。
親しみ易いという意味ではファラーラ様よりも男性の受けはいいはずである。
そして脇役という言葉が私の神経をチクチクと刺した。
この世界を1つの舞台としてみたときに間違いなく主役を張るファラーラ様のような華やかさは私にはない。
背が高いから目立つがそれだけのことだ。
私が居なくなって淋しく思う人がどれほどいるだろう?
心の中で面白くもないことを考えていると2人の会話が聞こえてくる。
「で、どうするんですか。私はこっちで竹なんて見たことないですけど。メンマって竹から作るんでいいんですよね?」
「ああ。そうなんだよ。メンマの原材料のマチクがあるかどうか分からないんだ。それでヒューイがさ、植物のことならエルフが詳しいって言うから、訪ねてみようと思っているんだ」
おいおい。
さらりととんでもないことを言ってるな。
見回すと案の定ダールを始めとするドワーフたちが渋面になっている。
リーシャは空気が変化したことに気付いていない。
「そうなんですか。私、王都から離れたことがないんで、他の種族のことはよく知らないんですよねー」
まあ、軍務についたことのない一般人の認識なんてそんなものか。
魔族という共通の敵がいるので、ドワーフとエルフは一応人間とは同じ陣営に属している。
ただ、友好関係にあると言えば嘘つきの誹りは免れないだろう。
そして、ドワーフとエルフは決定的にそりが合わない。
ファラーラ様が咳払いをした。
「ギンジさん。そういう大事なことは先に言っておいて欲しかったのですが」
ファラーラ様の声のトーンに何かを感じたのか、ギンジは目を丸くする。
「あれ? 俺なんかマズいこと言っちゃいました?」
辺りを見回していくつかの冷たい視線を感じたのか、ギンジは助けを求めるように私を見た。
軽く首を振って否定の意を伝えてやる。
「がちょーん」
ギンジはまた何か変な動作をした。
もちろん、そんなことをしたところで状況が変わることはない。
何をやってんだというますます白い目で見られただけだった。
急遽足を止めて道端で会議をする。
ドワーフとエルフの確執の話を聞くとギンジは手でぴしゃりと自分の顔を覆った。
「なんだよ。俺はそんなこと全然知らねえし。あ、ヒューイ。どうしてそのことを教えてくれなかったんだよ?」
「まさか、如才ない親分が知らないとは思わなかったんで。すいませんでした」
ヒューイはばっと地面に頭をつけた。
親分の体面を著しく傷つけたのでこれは粛清ものだろうな。少なくともヒューイの属していたような組織においてはそうである。
血みどろの修羅場を想像して、やるならファラーラ様が見えず聞こえない場所でやるようにと依頼しようとしたときだった。
ヒューイが顔を上げる。
「でもっ、ラーメンを完璧に仕上げることに比べれば種族の対立なんて些事じゃねえですか」
うわあ、長年に渡る確執を些事と言い切っちゃったよ。
「そうでしょう? 姐さんだって命がけでコカトリスを狩ったじゃないですか」
おっとこっちに弾が飛んできた。
そんな信仰に命を捧げる殉教者を見るような目で私を見るな。
次にヒューイは腕をドワーフたちの方に振る。
「あんたたちだって試行錯誤してかん水を再現し、技術の粋を集めて製麺機を作ったんだろ。携帯用の高火力の燃料も作ったし。これはすげーことじゃないか。歴史書に載るほどの偉業だよ」
純粋な賞賛の言葉にドワーフたちの険悪な雰囲気が和らいでいった。
「これらのことは究極のラーメンを作るという崇高な目的のためだったんじゃないんのかっ?」
ヒューイは血を吐かんばかりにして叫ぶ。
え? なに真剣になっちゃってるの? そりゃ美味しいけど所詮は食べ物じゃない? そんな喉チンコを見せて絶叫するようなこと?
という感想はどうも少数派のようだった。
「そうだよ。俺たちは1つのチームだ。ラーメンを求める求道者だ」
「1人はラーメンのために。みんなもラーメンのために!」
「俺はラーメンのためなら、あの長耳たちとも一緒に働こうじゃないか」
叫びながら人間とドワーフが目を輝かせて肩を組んでいる。
ヒューイは扇動者としての才能がありすぎなのではないか。
それとも、この集団の誰もが頭の中にラーメンが詰まっているのかもしれない。
この光景を見ていたファラーラ様が感極まった声をあげた。
「すごい。これが種族を超えて理解しあうとあうことなのですね。感動しました」
感動に体を震わせながら、目元をハンカチで押さえている。
うーん。判定が難しいけど、ファラーラ様は単に純粋過ぎるだけなはず。
そうだと切に願う。
「ヤバ。さすがにこれはドン引きだわ。なんの宗教なの? ラーメンがご神体?」
リーシャが呆れた声を出していた。
なるほどな。
ラーメンを信仰する宗教か。なかなかに上手い例えをするじゃないか。
ということはギンジが教祖というポジションになるんだな。
その教祖さまはなんとも言えない表情で熱狂ぶりを見ていた。
このノリについていけないと珍しく私とリーシャの意見の一致を見たが、盛り上がる一行に水を差すような真似はしない。
ここで意見の対立から解散ということになることに比べればはるかにマシである。
なし崩し的に和解がなった集団は、今まで以上に意気揚々と出立した。
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