第20話 新作ラーメン

 最後の生地を切り終わるとギンジはテキパキと動いてラーメンを作り始める。

 ごく少量の麺を茹でると器に乗せ、少しばかりの具材を乗せてコカトリスから作ったスープを注いだ。

 ギンジができあがった小ぶりのラーメンを私の前に置く。

「新しい素材で作った記念の1杯目です。コンスタンスさん、試食してもらえるかな?」

「そんな貴重なものをなぜ私が?」

 さっきからバレないようにしつつもラーメンを凝視しているファラーラ様の視線がとっても気になるんですが。


「結局今回のラーメン作りに関してはコンスタンスさんにかなり手伝ってもらっちゃったからね」

「手伝ったのが私で悪かったな。ギンジさんも一緒に作業するなら姫様やリーシャの方が良かったんだろうがね。さすがに姫様に作業をさせるわけにはいかないし、リーシャは非力で力仕事は向かないからな」

「いや、悪いなんてとんでもねえ。むしろコンスタンスさんに手伝ってもらって有難いというか嬉しいですよ」

 ギンジは私の顔をチラッと見ると口早に付け足す。

「最高品質の鳥肉を取ってきてもらったし、麺作りもコンスタンスがいなかったらどうなったことか。本当に感謝してますよ。その感謝の気持ちです。さあ、さあ。出来たての美味しいうちに召し上がってください」


 ギンジは圧を感じさせる勢いで私にラーメンを進めてきた。

 余計な疑いをかけたから、何かさらに強力な細工をしたんではないかと疑ってしまう。

 目の前のラーメンに視線を落とすと、以前食べたものと比べると麺の上の具材が減っていた。

 茶色のメンマと渦巻き模様のナルトを切らしたが、材料の入手の目処がたっていないそうである。

 そのため、チャーシューと葱の代わりの香味野菜だけだった。

 まずは器に添えられたレンゲというスプーンでスープをすくうと一口飲む。

 ギンジが出来ばえを自慢していただけあって濃厚な鳥肉の味と香りが広がった。


「旨い」

 声が自然と漏れる。

 次に箸を使ってつやつやとした麺を持ち上げてすすった。

 つるんとしておきながら歯ごたえもある。

 こちらも以前食べたものと比べて遜色ない味であった。

 それからは箸が止まらず、あっという間に食べ終わってしまう。

 

 あああ。ついついがっついてしまった。

 もう少し上品に食べないとまた陰で悪口を言われてしまう。

 実際下品なのでこの点については言い返すこともできないけどな。

 それはともかく、空になった器を見て悲しくなってしまった。

 もうない……。

 まあ、食べればなくなっちゃうのは当たり前なのだけれども。


 期待を込めて私の顔を伺うギンジに気が付いたので感想を述べた。

「具材が少ないのは別にすれば、前に食べたのと変わらぬ美味しさだと思う。いや、むしろ上回るかもしれない」

「よっしゃ」

 ギンジが片手の拳を嬉しそうに突き上げる。

 続いてファラーラ様とリーシャが同じものをご相伴に預かった。

「難があるとすれば、量が少ないことでしょうか」

 ファラーラ様が恨めしそうな顔で器を見ている。

「そいつは勘弁してください。お客さんに振る舞った後で残ったらまたお出ししますから」


 これから準備をして店を開けるつもりだと言うので、私はギンジにコカトリス狩りに連れていった4人にも試食させることを頼んだ。

「悪いけどそういう約束なんだよ。勝手にそんなことを言って悪いんだが」

「もちろん構いませんよ。このスープと麺に関してはコンスタンスさんにどうするか決める権利があるってもんです」

 ギンジが快く承諾してくれたので、4人を厨房に呼んできて食べさせる。


「おおお」

「うまいぞ~」

 中には感動の涙を流しているのもいた。

 反応がちょっと怖いんですけど。

 やっぱり何か変なものが入っているんじゃないのかという疑問が胸の内に沸き上がった。

 この4人を使って銀亭の営業開始を洞窟内に告げてまわらせる。

 食堂にはたちまちラーメンを食べようとするドワーフの長蛇の列ができた。


 ギンジが調理担当、私とリーシャが運搬と皿洗い担当をする。

 手が回らなくなってきたので、途中からはファラーラ様は盛り付けを分担した。

 申し訳ない気持ちで一杯だが本人は少しは役に立てたと喜んでいる。

 目の回るような忙しさだったが、途中からは試食をした4人も含めた元ステイブル一家からの転向者が手伝いをしたので何とか一息つけた。


 早いうちにラーメンにありついたダールが睨みを効かせたので、こういうときにありがちな争いも起きずに済む。

 ドワーフの希望者全員にラーメンが行き渡ってようやく本日の営業は終了となった。

 残った材料でギンジはラーメンを作り銀亭関係者に食べさせる。

 具材がない麺のみであったが標準サイズのラーメンにありつき、みな満足そうな顔になった。

 私ももちろんラーメンにありつく。

 なんとなく盛りが他の人より多かったような気がした。


 こうしてドワーフたちに満足してもらいラーメン作りへの協力が本格化する。

 少し時間を要したが、最終的には製麺機、かん水と燃料、それらを載せる荷車を作ってもらった。

 ギンジがラーメン屋を継続するのに必要なものを調達できたし、この訪問は色々とあったものの大成功を収めたと言える。

 ただ、この場所から旅立とうというときに1点想定外の問題が発生した。

 このまま、この地に留まってラーメン屋を開いてくれという声があがる。

 過激派がギンジのところに押しかけてきて演説をぶった。


「ラーメンはドワーフの至宝である。この地での営業継続を強く希望する」

 やっぱりギンジの作るラーメンには何かヤバいものが入っているんじゃないか。

 ドワーフの据わった目を見てそんな疑いを持ったが、言われた当人のギンジも頭を抱えている。

 ギンジが何か細工をしているのではないのか?

 ダールが間に入って調整が行われ、過激派のうちから3人の若いドワーフがギンジに弟子入りして旅をしながらラーメンの製法を学ぶということで決着した。


 送別の宴が開かれ、スープを取った残りのコカトリスの肉を煎ったものをギンジが提供して酒を飲む。

 ポソポソしていたが噛みしめると味があった。

 宴会でもっとも盛り上がったのは、製麺機で試作した5杯分の麺を使ったスペシャルラーメンの争奪戦である。

 なぜか私だけ事前にこっそりギンジに呼ばれて特別に味見をしており、争奪戦の狂乱ぶりに妙な罪悪感がつきまとって離れなかった。

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