第19話 麺づくり
ダールがファラーラ姫に従うことを許された翌日、朝食の席で私と顔を合わせたギンジは悔しそうな顔をする。
「昨夜は大立ち回りをしたんだって? さぞや見ものだったろうな。俺も見たかったぜ」
「あれは別に見せ物じゃない」
「だけど、大勢が見ていたんだろ」
「それはそうだが。それでそのときギンジさんは何をしていたんだ?」
「スープから目を離せなくてね。意外と手間がかかるんだよ」
「それで上手くできたのか?」
「ああ。おかげさまでね。コンスタンスさんが狩ってきたあのデカい鳥はいい味が出たよ。過去最高の出来な気がする」
「それは良かった」
「本当にコンスタンスさんのお陰だよ。それで世話になりっぱなしで言いにくいんだが別の頼みがあるんだ。なんかコンスタンスさんに頼ってばかりで本当に大変申し訳ないんだが……」
「前置きはいい。私に何をさせたいんだ?」
「ラーメンの麺なんだが、普通はこういう金属の輪っかの間を通して伸ばすんだ」
ギンジは両手の拳をくっつけた。
「その隙間を通して伸ばすことで食べたときの弾力ができる。だが、まだその機械ができていないんだよ。そうなると棒を使って手で生地を伸ばしてやらなくちゃならない。でも、俺1人ではとても作るのは無理だ。コンスタンスさんに手伝ってもらえるととても助かる」
「なんだそんなことか。元々ラーメン作りの手助けをする約束だ。それぐらいなんの手間でもない」
「あら。そういうことなら私たちもお手伝いしましょうか?」
話を聞いていたファラーラ様が提案する。
ギンジは困った顔をした。
「それがですね、いい仕上がりにするにはかなり力がいるんですよ。折角の申し出ですが、コンスタンスさんにお願いしたいんです」
「そうなのね。じゃあ、見学はできるかしら? 妙齢の男女がずっと2人きりでいて変な噂になっても困るもの」
にっこりと笑みを浮かべるファラーラ様は不要な心配をする。
そういうのはファラーラ様やリーシャのような場合に必要なことで、私には当てはまらない。
ほら、ギンジも困惑の表情を浮かべている。
「ね?」
それを分かっていなさそうなファラーラ様がにこやかに念押しをした。
まあ、ファラーラ様も退屈なのかもしれないな。
「ギンジさん、どうだろう? 姫様はこう仰っているが、見学ぐらいはいいだろうか?」
ギンジは表情を切り替える。
「見ていて面白いものとは思えないが、構わないですよ。特に危ないこともないし。ただ、粉で服が汚れるかもしれないのでそれだけは注意してください」
朝食後、ギンジが借りている厨房に集合した。
大理石の調理台が丸々2つ何も置いていない状態にしてある。
「それじゃ、コンスタンスさん良く手を洗ってください」
言われるままに隅の流し台で手を洗った。
後ろからギンジが覗き込んでくる。
「ああ、掌だけじゃなくて手の甲も指の間もお願いします。それと爪の間もよく洗ってください」
細かいやつだなと思っていると振り返って私の顔を見上げた。
不意に間近で見つめ合う形になって動揺する。
「食品を触るんで綺麗にしておかないといけないんです。お客さんがお腹を壊したら商売できなくなっちまいますから。お願いしますよ」
懐柔するかのように笑みを向けられ他の頼まれれば仕方ない。
素直に言いつけに従う。
その後、ギンジに言われるままに白い粉を水でこね上げた。
最初はボロボロだったものがやがて1つにまとまる。
それからが重労働だった。
弾力が出てきた生地に掌を乗せ体重をかけて伸ばす。
それをまとめて、また伸ばした。
繰り返しているうちに艶が出てきて色も白から黄色っぽく変わる。
まとめあげるとギンジは器に入れてその上に濡れた布をかけてどこかに運んでいった。
少し時間をおく必要があるらしい。
その間に豚の塊肉に塩をよくすり込んだものを直火にかけクルクルと回転させて焼きあげた。
他にも野菜を洗って笊にあげ切り刻んだりと忙しい。
ときどき、これなら私にもできるわとファラーラ様が手を出した。
しばらくして呼ばれたので調理台に戻る。
ギンジが先ほど丸めた小麦粉の玉と断面が真円になった太い棒を台の上に置いた。
小麦粉の玉の方は少し黄みが増している。
記憶にあるラーメンの色に似ていた。
太い棒の長さは肩幅ほどで両端に握りがついている。
ファラーラ様が人質に取られたときにギンジがぶん殴るのに使ったものだった。
そのときは変わった形状の武器という感想だったが武器じゃなかったのか。
「あのときはそれどころじゃなかったからさ」
ギンジの方を見ると、悪戯が見つかった子供のようなばつの悪そうな顔をした。
くう。いきなり色気を振りまきやがって。
急にこういう顔をするのはやめて欲しいんだよな。
私は努めて平静な声を出す。
「それで何をすればいい?」
「ああ、こんな感じで生地を麺棒で伸ばして欲しいんだ」
ギンジは調理台に小麦粉を薄く均等にまくと、小麦粉の玉から切りだした一部を太い棒で伸ばした。
十分に伸ばすと折りたたんでそれを伸ばすを繰り返す。
特に気負ったふうもなく、普段通りの表情で淡々と作業をこなした。
体で覚えるまで繰り返さないとこの境地には到達しない。
最終的にできあがったものは厚みが均一になっている。
傍目にはなんでもなさそうに見えるが熟練の技だった。
「ほう」
知らず知らずのうちに賞賛の吐息が漏れる。
この真似をしろというのか。
これは負けられないな。
ギンジが自分の持ち場の調理台に戻ったので、私も真似をしてやってみる。
できあがったと思うものをギンジに確認してもらった。
「もう少しだけ薄くお願いします」
2回目で合格が出る。
ふふ。
どうだと胸を張った。
だが、まだまだ生地が残っていることを思い出し、次に取りかかる。
ギンジは途中から生地を切り始めた。
四角い刃で握りの部分だけが緩い曲線を描いて凹んだ変わった包丁を使っている。
できあがった生地を運ぶついでに観察すると、ギンジは素早く均一に切っていった。
適当そうな外見なのに意外と器用な男である。
それでも本人としてはあまり満足のいく出来ではないようでぶつくさと文句を言っていた。
「手切りは久しぶりだから調子狂うなあ。はよ、製麺機作ってもらお」
そんなことはないと慰めようかと思ったがやめて自分の作業に戻る。
さすがにうんざりしてきたところで生地を伸ばす作業が終わった。
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