第18話 刃を交えるということ
ダールはニヤリと笑う。
「なるほど。それはいい。で、いつにする?」
「もちろん今だ。お互いにこの程度のビールで酔うことはあるまい?」
「人間はせっかちだな。だが、吾輩が斧を預けるとならばそれに慣れる必要もあるだろうな」
私とダールは各々得物を持つと連れだって洞窟内にある広場に向かった。
広場は無数の松明やランプに照らされて食堂よりも明るい。
「悪いがちと場所を開けてくれ」
ダールが声をかけた。
「なんだなんだ」
「手合わせだとよ」
「そいつはいい」
野次馬のドワーフたちによって対戦する場が作られる。
私は槍を構え、ダールは両手で斧を抱えた。
「お互い、あまり熱くならんようにな」
「さて、そう上手くいくかどうか」
その言葉と共に私が繰り出した槍先を幅広な斧の刃が弾く。金属同士が激しくぶつかったことによる火花が散った。
背が低いドワーフが両刃の斧を身を守るように構えられるとほとんど攻撃が通る場所がない。
槍を押し返しつつダールは距離を詰めてこようとする。
逆らわずに後ろに跳んで距離を取った。
ダールは追いすがろうとせずその場に佇んでいる。
防御戦闘に撤してこちらが隙を見せるか疲れたらカウンターを当ててくるつもりか。
何の外連味もない堂々としたドワーフらしい戦い方だった。
人となりを知るという当初の目的は達成することができたが、ここでやめるのはあまりに惜しい。
気がつけば雄叫びをあげながら槍を振り回していた。
それから何合か武器を交える。
結局のところ、私はダールの兜に1度だけ軽く刃先を当てることができた。
しかし、それ以上攻撃を通すことができずに終わる。
まだまだ戦えたが、騒ぎを聞きつけたファラーラ様がやってきて止められてしまった。
「コンスタンス、やめなさい! 一体何をしているの?」
槍を引いた私に腰に手を当てたファラーラ様がお小言を言う。
「一体何の騒ぎですか? コカトリスと戦ったというのにまだ暴れ足りないの?」
「そういうわけではないのですが……」
「ちょっと目を離すとお酒を飲んで喧嘩を始めるなんて、軍鶏じゃあるまいし」
ファラーラ様のセリフにギャラリーからどっと笑いが起こった。
ダールは斧の刃を下向きにし、柄に体重を預けてリラックスした姿勢を取る。
「ふむ。コンスタンスの主どの。これにはちと理由があっての。人の多い場所で話すことではないが」
「そう。それじゃ落ちつけるところで話を聞くわ。じっくりとね」
私とダールはリーシャを従えたファラーラ姫についていった。
広場の隅に落ち着ける場所を見つけ、ファラーラ姫はそこにあった椅子に腰を降ろす。
「怪我はしていない?」
「してないです」
いっつも怪我の有無を聞かれてばかりのような気がして笑いをこらえた。
ファラーラ様からすると手間のかかる部下に違いない。
「吾輩もしていない」
「それなら良かったわ。それで、どうして喧嘩なんかしたの?」
「あの。まず、喧嘩というのが誤解です」
「あら。あなたたちが本気で戦っているから止めてくれって仲裁の依頼がきたのだけれど」
「おっちょこちょいが居たんでしょうね。まあ、ちょっと白熱した戦いになっていたから勘違いをしたのかもしれませんが」
ファラーラ様は私たちをじっと見た。
「そうね。喧嘩をしていると思ったのは早計だったみたい。その誤解をしたのは悪かったわ。でも、止めないといずれどちらかが怪我をしたと思うわよ。リーシャならある程度は治せるでしょうけど。それで喧嘩じゃないのなら何をしていたの?」
ダールと顔を見合わせる。
お姫様に武人の機微が理解してもらえるかどうか自信はなかった。
それでも説明はしなくてはならないだろう。
「こちらのダールが姫様に同行したいと言い出したのが始まりです」
「そう。それがどうして刃を交えることになったのかしら?」
ファラーラ様はまったく理解ができないという顔をする。
「こういうことを仕えている私が言うべきではないのでしょうが、姫様は落魄されていてこの先の展望もありません」
「事実なので反論もできないわね」
「そんな落ち目の私たちと一緒に行動しようというのは、よほどの馬鹿か、交換条件があるか、後で裏切る算段をしているかしかありえません。その見極めをするために刃を交えました」
ファラーラ様は力なく首を振った。
「前段はまあ頷けなくも無いわ。ただ、それで戦う必要があるというのがやっぱり分からないのだけど」
「接触がなければ全く分からないわけで、人は付き合う時間が長くなれば長くなるほどある程度は人となりを見抜けると思います」
「それはそうかもしれないわね。長く一緒にいても分かりあえないこともあるでしょうけれども」
おや。この口調はミーナシアラ様とのことを言っているのかな?
「上手く口で説明できないのですが、刃を交えるというのは究極の対話です。1つ間違えば死ぬこともあるわけで、そのギリギリの中でぶつかり合えば自ずと相手のことが分かるといいますか……」
「メチャクチャ脳筋じゃない。トレーニングのし過ぎで脳まで筋肉でできているんじゃないの?」
肝心なところでファラーラ様の後ろからリーシャが口を挟む。
ファラーラ姫はリーシャをたしなめた。
「リーシャったら。ダメよ、そんなことを言ったら。それで、コンスタンス。あなたの答えは?」
「ダールは実に真っすぐな斧さばきでした。馬鹿正直と言ってもいいでしょう。信用してもよろしいかと存じます」
ほっほっほ。
ダールが陽気に笑う。
「ということだ。近衛の騎士が認めた吾輩を連れていかんか? 何をするにしても手勢は多い方がいいぞ。運命に抗うにしても流されるにしてもだ」
ファラーラ様は俯いて考え始めた。
しばらくすると顔を上げる。
「いいでしょう。私へ斧を捧げなさい」
ダールは大きく頷いた。
「畏まった」
私の方に向き直るとニヤリと笑う。
「これでコンスタンスと肩を並べることになる。一方的に言われるのも癪だから、あんたの槍に関する評を述べようか。あんたは心の中に何かを抱えていると俺は見た。それが何かは分からんがな」
まったく、この酒樽ときたら。
ピタリと胸のうちを言い当てられて私は内心ドキリとする。
「分かったような口をきく」
なんでもないような表情を装い、そんな中身のない言葉を返すことしか私にはできなかった。
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