第39話 すること、されること
再会したギンジはニヘラと笑い、意味もなく人差し指と中指を立てて広げる。
ここは首尾を待ちきれないとミーナシアラ女王が都からやってきて滞在していた貴族の館の1室だった。
その部屋に入った私を出迎えての態度がこれである。
ギンジが行方をくらましていた間に去来した感情が渦巻いた。
得意げな顔を見ていると怒りに似た感情がこみ上げてくる。
ただ、これは安堵の裏返しだということは私も理解していた。
だっとひとっ飛びをして距離を詰めると、のけ反るギンジを捕まえてぎゅっと抱きしめる。
長身を屈めると前からずっとしたかったことをした。
抑えが効かなくなり片手をギンジの臀部に伸ばす。
引き締まった尻の感触を指に感じたと思った瞬間、私はギンジの体から跳ね飛ばされていた。
拒絶されたショックで立ちつくすが、ギンジの方も呆然としている。
「いや、今のは俺じゃねえぞ。俺は何もしていねえ」
「ユニコーンの加護のせいだね」
他の人々が気を利かせたというのに、どこからか忍び込んだセラムが少し離れたところにいた。
姿隠しの魔法を使っていたのが声を出したことで効果が解けたのだろう。
ギンジの顔にすぐに理解したという表情が広がった。
「ああ、セラムが俺に向かって何度も言っていたやつか。ユニコーンとかいう生き物のせいで……」
「そうだよ。襲われそうになったときに身を守ってくれるんだよ」
「その言い方をやめろ」
ギロっと睨むがセラムは平気そうである。
「ちぇ、せっかく凄いものが見られるかと思ったのに」
ギンジの方を見ると申し訳なさそうな顔をしていた。
そういう顔をするんじゃないよ。
「おい、ギンジ。色々と聞きたいことがあるが、その前にすることがあるだろう」
「あ~、勝手なことをしてすまん。本当に申し訳ないことを……」
「そうじゃない。他にすることがあるだろう」
鈍いギンジはキョトンとしている。
もう。まったく。
大袈裟に唇を尖らせてみせるとようやく通じたようで、顔が赤くなった。
「いや、そうだけど。何もこんなところで。あいつもいるし」
頭を掻きながらセラムを指さす。
「おい。目をつぶって耳を塞いでいろ」
セラムを脅しつけるとギンジへと向き直った。
「人生は選択の連続だ。あのとき、ああしておけば良かったと思っても遅いことがあるんだぞ」
ギンジは胸に手を当てると大きく深呼吸をする。
ぎこちなく近づいてきた。
手足が一緒だよ。
ギンジは一度私の顔を見ると目を泳がせ、それから目を見つめる。
「コンスタンス。ええと、俺と結婚してくれるかい?」
「ああ。もちろんだ」
それからギンジは背伸びをして私にキスをした。
今度は手を後ろで組んだままにしておく。
長い長いキスに頭がぼうっとしてきた。
かなり長い間そのままでいたが、ようやくギンジは顔を離す。
やっぱりキスはするのもいいがされるのもいいな。
「もう1回」
私のリクエストにギンジは応えた。
3度目のキスを終えるとギンジは豪華な部屋の隅に置いてあるベッドを見やりながらため息をつく。
「これ以上はお預けなんて辛すぎる」
「どこまでできるか試してみるか?」
「残念だが今度にしよう。プロポーズを受けてくれたし、式を挙げるまで我慢する。みんなを待たせているんだろ?」
「ああ、そうだった。すっかり忘れていた」
連れだってギンジの部屋を出ると、少し離れたところでファラーラ様たちが待っていた。
全員がなぜかそろって片頬と片耳が赤くなっている。
廊下は人払いしてあるとはいえ、それはちょっと……。
思わず白い目を向けてしまった。
「盗み聞きとは女王陛下にあるまじき行為と思いますが?」
「なかなか出てこないから何か事故でもあったんじゃないかって心配しちゃったわ。それに私はまだ即位してないし」
「でも、王位を継ぐことは承諾されてますよね」
「不本意ながらね」
このような事態の原因となったギンジがファラーラ様に詫びる。
「勝手なことをしてしまって申し訳ありません」
「他に方法がなかったんでしょ」
「全員が無事に生きのびられる方法はこれしか浮かびつきませんでした」
「それで、どうやって前女王に退位宣言書を書かせたの?」
オホン、と大きな咳払いがした。
「積もる話もあるだろうが、先に食事にしないかの? 正直、吾輩としては人間の国の統治者にそれほど興味がないのでな」
私はその場にいる者たちの顔を見回し、そこにラーメンを食わせろと書いてあるのを発見する。
ファラーラ様は鷹揚な笑みを浮かべた。
「久しぶりにギンジさんが腕を振るいたいと言うならば、少しぐらいお話しをするのが遅くなるのを待つのはやぶさかではないわよ」
それじゃあと腕をまくるギンジを押しとどめる。
「あー、ギンジが残していたものは私が全部使ってしまった。勝手なことをしてすまない。それでも足りずに私が作ったものではギンジの足元にも及ばなかったよ。特にスープがな……」
私が謝罪するとギンジは手を振った。
「いや、全然構わないですよ。俺のものは全部コンスタンスさんのものだから。いいですよ。今から作りましょう」
「スープは仕込みに時間がかかるんじゃ?」
ギンジは会心の笑みを浮かべる。
「そんなこともあろうかと、ここの厨房を借りてスープは作ってあるんです。麺はこれから作らないといけないが……」
「ギンジ、一応生地は作って寝かせたものがある」
「そいつはいいや。じゃあ早速仕上げといきましょう。俺とコンスタンスの初合作だ」
「それじゃ支度をしやす」
ヒューイたちが歓声をあげながら屋台を運び入れた中庭に向かって駆けていった。
負けられないとギンジに弟子入りしたドワーフ3人もドタドタと後を追う。
やれやれ騒がしいやつらだと言う顔をしているエルフたちもクールな顔が緩んでいた。
「楽しみですねえ」
リーシャの口角も上がりっぱなしである。
「うむ。コンスタンスの作ったものも本人が言うほど悪くはなかったがな」
ダールがファラーラ様について歩きながら私の作ったものへのフォローを入れた。
「さあ、行こうぜ」
ギンジが私の手を取って歩き出す。
ん?
誰か足りないような?
バンと後ろで扉が勢いよく開いた。
「酷いよ。目をつぶって耳を塞いでいたのに置いていくなんて」
セラムがプンスカして追いかけてくる。
「本当に言いつけに従うとは思ってなかったんだ」
私とギンジはセラムに詫び、ラーメンを大盛りにすることで許しを乞うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます