第39話 雪色の想い
「そのさ……………………言いたかったことって何?」
夕方五時、降雪の駅前。向かい合ってしばらくの沈黙に、先手を打ったのは僕の方だった。流れるように通り過ぎていく人ごみのせいか、この場が止まっている僕と舞代だけの空間に思えてならない。
「五時に駅前で待ってますって手紙。あれ、舞代のだろ?」
「そうだよ」
「じゃあ、その、言いたいことっていうのは?」
別に期待があったわけではないし、早く内容を知りたいわけでもない。けれど、この場でじっと時間が経つのを待っているだけは正直、意識と平常心が悲鳴を上げてしまいそうだ。
「何だと思う? 私の言いたいこと」
少しばかりいたずらな笑みを浮かべて舞代は訊ねる。その表情はつい昨日の映画館後、立ち寄ったフードコートの時と、酷似している。何となく、どこかに誘導されているようなそんな気分だ。
「もったいぶるなよ」
「えへへ、聞いてみただけだよ。別に私だって勿体ぶるつもりはないから。ただ、ちょっとここは場所が悪いし…………電車乗ろっ?」
手袋越しに手を繋いで、舞代は僕を連れて駅の構内に入っていく。確かに、こんな帰宅ラッシュのど真ん中は大事な話をするには少々場違いである。多分、立場が逆なら僕も同じことを言っただろう。
あぁ、これから僕たちはどうなってしまうのか。
校内の人波に呑まれながら、僕は数十分後訪れる未来についてぼんやりと想像してみるのだった。
『ご乗車ありがとうございました。次は…………駅…………駅』
聞き慣れた電子音と共に、開いた扉から僕と舞代は外に出る。動くスペースも座るスペースもないような満員電車からの脱出は実に心地良い。普段なら冷たい風が今はどこか気持ち良かった。
「人、多かったね」
「そうだなぁ」
流石の舞代も満員電車には少々苦労したようで、その表情には疲労の色が窺える。今度からはこの時間帯の電車はパスしよう。そう心に決める。
「ちょっとここで待とうか?」
「分かった」
僕も舞代もたかが満員電車ごときでは手紙のことを忘れはしない。古めかしいプラットホームを続々と乗客が後にしていく中、僕と舞代だけが隣同士に小さなベンチに腰を下ろしていた。
そこから五分ほど経ってしまえば、僕と舞代以外は誰もいない寂しげなプラットホームの完成である。
「……………………懐かしいね。この場所」
雪で悪くなった視界の先にあるであろう海の方を見ながら、呟くように舞代は声を出した。
「初めて舞代と会ったのは、ここだったよな」
お互いに沈黙を貫いていた満員電車の中で落ち着いたか、自然と困惑の念はなく、会話が頭にすんなりと入ってくる。
「まさか、こんな関係になるとは思ってもみなかったよ」
「そうだな」
流石に、初めて出会った時に今のような関係性を想像するのは無理があるだろう。だって、一言しか話してなかったのだ、そもそも学校が同じなんて気付かなかったし。
「実は私たち、出会ってからまだ三か月ちょっとしか経ってないんだよ?」
「まぁ、めちゃくちゃ濃密な三か月だったけど。ほんと、色々あったなぁ」
「そうだね。最初は全然クラスに馴染めなくて、三日で衝突しちゃって………………でも、灯君が助けてくれて、気付いたら七科ちゃんと愁斗君みたいな共通の友達も出来て、一緒に勉強したりして、マラソン大会でクラスの衝突も一息ついて、そしたら芝野先輩に告白されて……………………また、灯君に助けられて」
葵木の時と似たような話の流れだが、過去を辿る今はそんなこと気にならない。ただ、記憶を思い出していくことに身も心も任せていた。
「確か、その後僕は熱を出して、舞代と葵木が二人で看病してくれて、舞代とは治った後に水族館にも行ったな。新年は五人で初詣して、新学期は雪合戦。球技大会、ゲーム大会はチームワーク最高だった」
思い出してみると、本当に濃密でうっすらと日常からずれたような日々が続いてたんだな。語りながら、自分でもそんなことを思う。
「うん、うん。それでね、灯君とはイルミネーションデートもして、映画館にも行って、二人で動物園も回って、バレンタインデーには一緒にチョコレート食べたよね?」
「そうそう、あのチョコレート滅茶苦茶美味しくて、舞代の前で食べ切っちゃったんだよな?」
「…………灯君が美味しいって言ってくれて私凄く嬉しかったんだ!」
何となく、思い出を語る大人の気持ちが分かる気がする。たった三か月しか時を経ていないというのに、これは全部昔のことで、楽しかったことで、それを振り返ると、とても和やかな気持ちになる。
「そっか………………………………」
「ねぇ、灯君」
物思いに耽ってしまいそうになるところ、舞代の声で視線は彼女の綺麗な瞳に一直線。だから、すぐに分かった。さっきまでと舞代の様子が違う。
「あの日からずっと言いたかったこと、伝えても良いかな?」
緊張と高鳴る鼓動で息が詰まりそうだ。けれど、もう後戻りなんてできないから。僕は首を縦に振った。
それを確認して、舞代はその言葉を声に出した。
「あの日からずっと君のことが大好きです…………佐倉灯君、私と付き合ってください」
つい三十分くらい前に告白されたのにな、心の高鳴りは相変わらず。それと同時に身体中を緩やかで温かい風が吹き抜けた気がする。
「あの……………………っ」
瞬間、僕の唇ギリギリに近づけられるのは舞代の人差し指。日曜日の映画館デートの時もそうだったが、これで口を動かすというのは無理な話である。
「返事は待ってほしいの。ちゃんと考えて……………………灯君が選んで?」
含みのある言い方だったけど、何となく言いたいことが分かった。舞代の姿に若干、葵木の姿が重なったから。
「分かった…………」
「うん、じゃあ今日は帰るね……………………私の気持ち、聞いてくれてありがとう」
言って、舞代は恥ずかしそうに僕の手を数秒握って、プラットホームを後にしていった。
「灯君っ、」
舞代の姿が完全に見えなくなる直前、視界に映るのは正面を向いた舞代の姿。
「私、待ってるから!」
その言葉に内心かなりドキッとしつつも、平常心で手を振る。その後、舞代の姿はほんの数秒で白の景色へと消えていった。
葵木と、舞代。
『私、灯のことが大好き!』
『あの日からずっと君のことが大好きです』
結局、自分の気持ちが分からないまま、僕は一人、帰路についた。
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