第36話 舞代と二人(後編)
「…………そろそろ入場開始だね」
しばらくゲームセンターで楽しんだ後、僕達が向かったのは映画館だった。
正直ゲームセンターだけで入場開始時間前まで楽しめるとは思ってもみなかったが、まさか舞代があそこまでハマるとは。ゲームセンターデビューでメダルからアーケード、クレーン、詳細ジャンル問わずめちゃくちゃやり込むは想像できない。当然、お金も滅茶苦茶使ったけど。
チケットを買って、舞代と一緒に入場ゲートの前に立つ。資金的に舞代が心配だったが、本人曰くめちゃくちゃお金を持ってきていることに加えて、今回の映画はカップル割で少し安くチケットを買うので問題はないとのこと。
「何か緊張するな」
どうして映画館に行くと上映までの間、こんなに緊張してしまうのだろう。普通に困るのだが。まさか、僕だけにしか起こらない現象じゃないよな。
「あっ、灯君もなんだ。実は私もこういうところに来ると緊張しちゃうの」
前言撤回、すぐそばに同じような境遇の少女がいました。
「始まってしまえば気にならなくなるんだけどなぁ」
「うんうん、分かる分かる。始まっちゃうとね」
「そう言えば、舞代は飲み物とか食べ物はいらないタイプか?」
ショップの方を見てみると、そろそろ入場時間ということもあってめちゃくちゃ混雑していた。何か買うのであればそろそろ並んだ方が良いだろう。無論、僕は格安で集中して映画を見たいので、利用しないの一択だが。
「うん、要らないかな。映画に集中したいし、あと…………手袋取らないといけないから」
そうだった、若干忘れがちだが、今の舞代には体温がない。もちろん、人肌に触れなければ周囲に知られることはないが、場所は暗い映画館。万が一ということもあるだろう。まぁそもそも、集中したいから体温があっても買わないか。
と、また新たにお互いの共通点が見つかったところで入場可能の声が掛かる。僕達同様、映画を待つ客は続々と中へ入って行った。
「入れるみたいだし、行こうか」
「そうだね」
まだ、少しばかり明るさが残るシアターに入り、僕と舞代は中盤、真ん中の席に着いた。公開されてからそこそこ時間が経っているからか、周囲を見渡してもあまり人はおらず開放的な空間である。
「楽しみだなぁ」
舞代の独り言に僕もうんうんと頷いて激しく同意。そう言えば携帯をマナーモードにし忘れてしまったか。
慌てて、携帯をマナーモードに終えたところで館内が消灯。始まる前の予告が流れ始める。
始まった。そう認識して、僕は一度自分の耳に手を当てた。最初の方は大音量にびっくりしてしまうから。これは、その対策である。
予告が一通り終わって、本編が始まる。流石にここまでくると耳が音量に慣れてくるので、僕は手を空けて、視界の中心にスクリーンを置いた。
日常パート多めの導入部分から流れるようにイベントが発生。交差し合うメインキャラクターたちの心情は見ていて全く飽きない。
終盤、ヒロインの告白シーン差し掛かるタイミング。吹雪く寒空の下、駅の前。主人公の前にはメインヒロインの雪ちゃん。ちなみに、僕の推しヒロインだ。
今まで主人公に対して抱いてきた想いを打ち明ける雪ちゃんに主人公は自分の想いに気付き、彼もまた雪ちゃんへの想いを言葉にして紡いでいく。
最後は吹雪が止み、晴れた空の下で主人公と雪ちゃんがキス。まさに、感動のフィナーレである。
舞代はどう見てるのかな。
ふと、そんな疑問が頭に浮かんだ。どうして、そんなことはこっちが訊きたいが、僕は思考することを無視。そのまま、チラリと横を見る。
視界の中心にはスクリーンに視線くぎ付けの舞代。その瞳はとてつもなく澄んでいて、よほど感情移入してみていたのだろう、手は僅かばかり震えている。でも、それら全てが彼女が映画館を満喫していることの裏付けでもあった。
最後、五分近いエンドロールが終わりを告げる。映画を見終えた客がそそくさと館内を去っていき、残るは僕と舞代だけとなった。
「終わっちゃったね」
「そうだなぁ」
本当に、上映時間は長いようで、短くて。体感時間にしてみればまさにあっという間。日々の学校とはえらい違いである。
「どうだった、この映画?」
「凄い良かったよ。舞代は?」
「私も、まだ興奮冷めやらぬって感じだよ! それで、もし灯君が良かったら何だけど、この後一緒にお昼でもどうかな? 映画の話いっぱいしようよ!」
そう言えば、もうそろそろお昼時だったかスクリーンという閉鎖空間に長いこと座っていたから気にならなかったが、意識してみると確かに空腹感はごまかせそうにない。
「うん、いいよ! 僕も舞代と舞代と興奮を分かち合いたいしさ」
「うんうん……………………へっ?!」
「ん?」
「いや……………………そう言うのはやっぱり段階を踏まないと…………私は凄く嬉しいんだけどね………………………」
じっと思考してみたところで、自分が放った爆弾発言に気付いた。いくら故意ではないとはいえ、これは気まずい。
「ごめん! そう言う意味じゃないんだ。本当にごめん!」
心からの謝罪に合わせて、舞代へ頭を下げる。異性と二人きりの映画館でこの発言はデリカシーがないとかそう言うレベルの話ではない。
「そっ、そっか。良かったぁ、灯君が本気で言ってるんだったら私もう、びっくりで腰が抜けるかと思ったよ」
今まで積み立ててきた信頼のジェンガが一瞬にして崩れ去るかと思いきや、舞代は安堵の表情を浮かべながらホッと溜息。パッと見た感じそこに他意はなさそうだ。
「ほんと…………ごめん」
「大丈夫だから、ね? 大丈夫だよ…………あっ、そうだ。ご飯食べに行こう!」
僕が謝罪と共に答えようとしたところ、口を動かすよりも先に舞代に手を引っ張られる。まだ少しだけ罪悪感が残る内心そっちのけで、僕はフードコートへと連れていかれた。
「うわぁー、人多いね」
流石、休日お昼時のフードコート。ただでさえ大規模なショッピングモールの中なことも相まって、お昼の混雑は半端じゃない人の多さである。
「と、取り敢えず、座ろうか」
「うん! そうだね」
席を探して何周かしたところで空き席を発見。ちょうど二人掛けだったので、向かい合う形で僕は舞代と座る。
何か、デートみたいだ。
先程、とてつもない発言をしておきながら、僕という人間はどうしてこうも…………
「…………デートだね、これ」
すみません、何でもないです。どうやら、そこは僕の感覚もおかしくないらしい。
昨日の葵木みたく表情が赤っぽいわけではないが、漂う空気には限りなく似たものを感じる。何だか、こっちまで恥ずかしくなってきた。
「そっ、そうだなぁ………………………あははは」
ただでさえ、似たようなことが昨日会ったからか、再び心の中で申し訳なさが生まれてくる。忘れようと思って、忘れられる代物だったら楽だが、そんなことはない。
「もしかして、昨日のこと考えてた?」
若干、机から身を乗り出す形で僕に顔を近付けて、舞代は問う。こんな状況で嘘が付けるはずもなく、僕はうんと頷いた。
「七科ちゃんとのデートはどうだった?」
「…………っ?!」
舞代から放たれた言葉はまさに銃弾並みの衝撃を僕に与える。葵木から聞いたのだろうか、というかデートと言うことになっているのか、昨日のことは。
「昨日七科ちゃんから聞いたんだ」
何で知っているのか、その問いを先読みしてか、舞代はすらすらと答える。もちろん、何でそれを知っていて今日僕を誘ったのか、なんてツッコミどころは他にもあるが、今がそう言うときじゃないのは僕でも分かる。
「楽しかったよ。服屋さんとか、カフェとか、本屋さんに行ってさ」
「そっか」
先ほどまで晴れていた舞代の瞳が曇り空をぷかぷかと浮かばせている。少しばかり怖いが、よく考えれば自分で蒔いた種だ。向き合わなくてどうする。
「ごめん……………………」
「ううん、謝らなくてもいいよ。隠さないで言ってくれてありがとね」
ゲーセンや映画の時の純粋な笑みじゃない、どこか思わせぶりな作り笑い。これもまた、出会った時には見せなかった彼女の一面という奴だ。
「それは…………」
「もし、隠してたら二股って言ってたかも」
被せるようにして舞代が言うのはギリギリアウトな発言。今回ばかりは言葉通りじゃないからね。っていうか、葵木のあれは多分デートとかじゃないからね。
「さて…………それじゃあ質問タイム終わりっ! 一緒にご飯食べよ?」
まるで、何事もなかったかのように、映画を見終えたその続きのように、舞代が嬉々とした表情を見せる。
「あぁ、そだね」
その後、僕はこれまでの困惑と純粋な子の時間に対する楽しみが入り混じった不思議な感覚に酔わされっ放しだった。
時刻は三時を回った頃。フードコートでお昼にプラスアルファ、スイーツまで食べて満足したところで、僕と舞代は帰りの電車に揺られている。
「それで! 後半怒涛のヒロインレースからの最後に雪ちゃんの告白って展開良すぎだと思わない?」
「思う思う! 最後の最後で誰が来るか分からないところの雪ちゃんだからなぁ。もう流れが完璧としか言えない!」
行きと同様に車内で盛り上がる話題と言えば、本日の映画。ただでさえ、お互い期待していた作品であったことに加えて、特にラストシーンに関しての語りは停車まで尽きることを知らない。
「私、今まではナナちゃん単推しだったけど、今回の見たら雪ちゃんもいいなって思っちゃった!」
「でしょ? あの秘められた想いの爆発は心打たれちゃうんだよなぁ!」
こういう作品知識前回のトーク、本当に久しぶりだな。
「うん…………うん!」
「ほんと、誘ってくれてありがとな。めちゃくちゃ楽しかったよ」
恐らくだけど、舞代が誘ってくれなかったら僕一人でこの映画を見に行くことはなかっただろうからな。舞代には感謝しかない。
「私も、灯君と一緒に映画見れて凄く楽しかったよ!」
ニコッと、舞代は笑顔を見せる。可愛くて、真っすぐで、それでいて少しだけぎこちなくて、でもそんな笑顔を隣で見られていることが凄く嬉しくて。
『じゃーん! どうかな?』
「…………っ」
どうしてか、その笑顔が昨日の葵木と重なった。そっくりだ、昨日も今日も。なのに、相手は葵木と舞代で違う。違うはずなのに、感じるものが凄く似ていた。
「灯君………………………………迷ってるんだね」
「えっ?!」
まるで、心の内側を見透かされているかのようだった。力なく垂れていた両手が今は舞代と手を繋いでいる。目を逸らそうとしてもじっと、それでいて優しい彼女の眼差しが視界から離れてくれない。
「私と、七科ちゃん。どっちも大切だから」
誘導尋問か、いや分からない。思考の糸がねっとりと絡みついて、上手く解けなくて、僕は何もできなかった。
「きっと、灯君はまだ分かってないんだと思う。その気持ちに…………」
「気持ち?」
気持ちって、僕の気持ちのことか。言われてみれば、確かに分からないかもしれない。一方的な内心への問い掛けが不発のままどこかへ通り抜けていく。
「それって一体…………」
言い掛けたところで舞代が人差し指を立てて、僕の口許に寄せてきた。突然の行動に驚いて声が止まる。
「決めるのは、灯君だよ?」
にこやかな笑みに不気味さは一つもない。いつもと印象は全く違うのに、違和感も拒絶もない。
「えっと……………………」
そうだ、映画だ。今日の映画の話をしよう。いや、普通に考えてこの状況でそれは無理か。転換する話題を見つからなくて、僕は口籠ることしかできなかった。
「…………大丈夫」
舞代は一度、低いトーンで僕にそう告げて、僕の手を握る。次に見えた彼女の表情は可憐さと力強さを併せ持っていた。
「例えどんなことになっても、私は灯君の傍にいるから!」
透き通った彼女の瞳が映すのは、分からない心に惑う僕の姿だった。
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