第37話 二人分の約束
波乱の週末が終わりを告げ、待ったなしに押し寄せてくるのは憂鬱の月曜日。当然、外の雪降る曇り空みたく、僕の内心も晴れ晴れとはしていない。
「よう、灯! 休日ぶり!」
珍しく舞代は用事があるらしく、僕一人で下駄箱に入ったところで掛けられる声一つ。振り返ると、そこには爽やかスマイルの愁斗がいた。
「おはよ、愁斗。相変わらず活き活きしてるな」
「そうか? って、あれ?今日は舞代さんと一緒じゃないんだな」
「何か用事があるって言ってた」
「へー、そうなんだ」
いかにも興味に欠けるといった印象を与える返答。ただ、別に他の人の用事にめちゃくちゃ首を突っ込んできたらそれはそれでゾッとする。
「そういや、灯なんかやけに元気ないな? 失恋か?」
「何でそうなる…………って、別に月曜はいつもこんな感じだろ?」
「いやいや。いつもはもうちょっと目が生きてるはずだ。やっぱ失恋か?」
どんだけ失恋に繋げたいんだというツッコミは一旦置いておこう。
「違うよ。単純にちょっと疲れてるんだ。土日忙しくてさ」
前の週末を思い返す。土曜日はほとんど一日コースで葵木とショッピングモールを回り、翌日である日曜日はこれまた一日舞代と映画を見たり、ゲーセンで遊んだりと、家でゆっくりする暇がなかったのだ。当然、疲労が抜けきるわけもなく、僅かに身体が重い。
「へぇー、どっか行ってきたのか?」
「最近できたでかいショッピングモールあるだろ? そこに二日連続」
「あー、ちょとと離れたところにあるあの…………って何で二日連続?!」
流石に、土曜日は葵木と二人で遊んで、日曜日は舞代と二人で映画を見に行きましたなんて馬鹿正直には言えない。
「まぁ、色々あったんだよ」
ある程度言葉を濁したところで、僕は靴を履きかえようと、自分の下駄箱に視線を落とした。無論、その動作はごく自然で、まさか視線の先に上靴以外のものが映るなんて思ってもみなかった。
「えっ?!」
「ん? どうかしたのか…………っ?!」
傍にいた愁斗も僕と同じく、内心に生じた、驚きがそのまま言葉を得たような声を出す。まぁ、それも当然の反応ではあるか。
普段からそこに常備されている上靴ではない。
「マジかよ………………………………これ」
僕と愁斗の視界に映るのは綺麗な色をした二種類の封筒だった。
「あっ、灯君おはよっ!」
「おはよっ、灯っ!」
動揺隠せないまま教室に入り、席に着くと、隣と前に座る舞代と葵木からいつも通りの元気な挨拶。確か、舞代の話からして土日のことはお互い知っているみたいだから、その辺は気を遣う必要もないか。
「あぁ、おはよう」
「おっはよう!」
「愁斗君もおはよう」
「おはー」
やはり休日が明けても、この三人は変わらない。何となく、安心するな。
「そう言えば、灯。先週の宿題やったか? やってたら見せて欲しいんだけど…………」
「一応やってきたけど、凄い眠い中でやったから合ってるかは分からないぞ」
「大丈夫だ! そこは気にしないから」
さぞ当たり前のことを言っているように聞こえる辺り、僕も少しばかり常識がずれてしまっているのかもしれない。無論、断る理由もないので、素直に宿題のプリントを渡すが。
「サンキュっ、灯! あとでジュース奢るぜい!」
「ありがとう?」
普段なら、絶対に言わなさそうな愁斗の返しに困惑から疑問形で答えてしまう。いや、こんな日常茶飯事のことにジュースなんて買ってたらお金なくなるだろ。
「おうよ!」
本当に、細かいことは気にしないなこいつ。でも、今はそれくらいのテンションの方が、僕も気楽だ。
作り笑いで周囲に溶け込みながら、僕の目が見つめるのは自分の手元。握られた二通共に未開封の手紙だった。
キーンコーン。
「ふぅー、終わったぁ」
「愁斗、ジュース奢ってくれ」
鳴り響いた鐘の電子音が告げるのは午前の授業終了とそして昼休みの開始。気だるい身体を叩き起こして僕はその場に立ち上がり、ほとんど授業中に寝ていた愁斗にジュースをせがんだ。
「あぁ、いいぜ! 自販機へレッツゴー」
ごめんな、愁斗。
別に、僕は愁斗にジュースを奢って欲しかったわけではない。目的はそこじゃなく、ただ聞いて欲しかったのだ。朝の手紙の話を。
「灯、何がいい?」
「じゃあ、寒いからホットコーヒーで」
「おー、渋いねぇ。ほれっ」
愁斗の手から投げられたホットコーヒーを片手でキャッチ。気分はまるで、漫画やアニメのキャラクターのようだが、普通に手は熱くてヒリヒリする。
「あの手紙のことだろ?」
前後文脈を無視する勢いで愁斗から投げ掛けられた問いはまさに僕の内心その通りだった。
「愁斗ってこういう時妙に鋭いな」
そう言って、僕は懐から二通の手紙を取り出した。もちろん、今もまだ未開封である。
「朝からの動揺みてりゃ流石に分かるさ。で、中は見たのか?」
「まだ見てない」
「まぁ、中身は十中八九ラブレターだろうからな。応援するぜい、友よ!」
ただ単にこのラブレター(仮)の中身を見たいだけなのではないか。もし、これが他人事だったらそんなツッコミを入れていたかもしれない。けれど、いざ自分事になるとそうは思えないんだよなぁ。
「じゃ、開けますか」
なるべく余裕を保てるように、わざとらしくリアクションは薄めを意識。意を決して手紙を開く。
佐倉灯君へ
どうしても伝えたいことがあります。今日の四時に一階西側奥の空き教室に来てください。
佐倉灯君へ
ずっと言いたかったこと、今日伝えさせてください。五時に駅で待ってます。
「これは…………ラブレター?」
差出人不明、実質時間と場所以外の指定がなく、文面には話したいことがあるとだけ。ラブレターと呼べるか怪しいくらい情報量が少ない。
「……………………なるほど」
よく分からずに首を傾げる僕の横で、愁斗はなぜか納得した様子。ただ、そこには先ほどまでの能天気マイペースを象るような表情はなく、どちらかと言えば、険しい表情に近いものがあった。
「何か分かったのか?」
「あぁ、大体は分かった。けど、」
言葉を一度切って愁斗はどこか申し訳なさそうな表情を作り、僕に向けた。まさか、ここに来ての嘘告白とかないよな。流石に僕でも二日くらいは凹むぞ、それは。
「けど……………………?」
「今回の話。俺は手伝えないな」
「えっ?!」
正直、その答えは全く以て想像していなかった。だって、愁斗には受ける理由もないけど、断る理由がないじゃないか。どうして突然きっぱりとそんなことを言うのか分からない。
「悪い。けど、多分これで正解なんだと思う。これは俺の出る幕じゃない」
「どういうことだよ? それ」
「そのまんまの意味だな。まぁ、一つアドバイスするなら多分、これ噓告とかじゃないから、灯はどっちも行け」
ちょっと待て、全く意味が分からない。理解の追い付かない頭をいくらフル回転させたって、それは同じ。ただただ、現状が理解できない。
「すまん。俺から言えるのはそれだけ。あとは、多分行ってみれば分かるから」
「ちょっ、どこ行くんだよ愁斗!」
どこまでも含みのある言葉を残して、愁斗はどこかへと走り去ってしまった。流石に運動部の彼と帰宅部の僕じゃ距離が縮まることはなく、数秒でその姿を見失ってしまう結果となった。
「はぁ、はぁ。マジで分からないって………………………」
結局、放課後まで愁斗が意見を変えることはなく、約束の時間は僕の心の準備など無視して、すぐそこまでやってきていた。
「ふぅ……………………平常心、平常心」
僕なんかとはレベルが違うけど、少しだけラブレターをもらった時の舞代の気持ちが分かる気がする。何だか、凄く不安だ。
時計の秒針が、カチカチ。もう指定された時間まで残り五分を切っている。
「よし……………………行くか」
今一度、大きな深呼吸をして僕は教室を後にする。果たして、一人目の呼び出し相手はどんな人だろうか。そもそも、差出人不明だから二人とも名前どころか学年も性別も分からない。分からないからこそ、逆に想像が膨らんでくる。
指定時刻二分前、一階西側の空き教室に到着。今に始まったことではないが、相変わらず人気に欠ける場所だな、ここは。周囲に生徒は愚か、教員の姿も見えないとは。
「もう、来てるかな……………………」
前側の扉に手を掛けて、止める。直前になってめちゃくちゃ緊張してきた。
「落ち着け、僕。まだ告白と決まったわけじゃないだろ?」
自分で自分に問い掛ける。そうだ、全くその通りである。まだ決めつけるのは早い。
大丈夫、大丈夫。怖いのは僕だけじゃない。ここに呼び出した手紙の主も、駅前で待っているかもしれないもう一人の手紙の主も、似たような気持ちは抱いているはず。
「よし!」
気持ちを強く持って、扉を開ける。目に入るのは、片付けられた机と椅子。そして、雪降る外の景色を窓越しに眺める一人の女子生徒の姿。
スタイルの良さと、一つ結びの鮮やかな赤髪。そして彼女の周りを漂う活気なオーラ。こんなの、見間違いなどするはずがない。
「………………………えっ」
何で……………………
「待ってたよ、灯」
安堵と嬉しさを浮かべた表情で葵木はそう言った。
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