第21話 一年の終わりをゲームで締める
「あー、今年も終わりかぁ」
舞代とのデートが終わり、気付けば今年も今日一日だけとなった。まぁ、だからと言って何かするわけでもない僕は自室で読書に耽っている。
流石に大晦日だからか、舞代からも葵木からも連絡はない。もちろん、愁斗からの連絡もないわけだが、一昨日くらいに年末は山登りとか言っていたので、多分彼が僕に連絡を送ることはないだろう。
「はぁ…………」
案外、読書以外に何もやることがないというのは暇なものである。というか、読書にも強制義務はないので正直、暇潰しでしかないし、大分飽きてきた。
「しゃあない。久しくやってないけどゲームするかぁ」
無論、しゃあなくはないが、僕は久しぶりにゲーム機の電源を付けた。
すぐに飽きると思ったが、ゲームは案外長い時間続き、結局体勢ほとんど変わらずにお昼を挟んで三時間ほど自室で過ごすことが出来た。のだが、
「ソフトの数が少ないんだよなぁ……………………」
恐らく、全盛期のゲームソフト数なら今日一日溶かしてしまうことは簡単だっただろう。だが、現在家に存在しているのはその僅か一割くらい。残りの九割はお小遣いとなって財布へと消えてしまっている。
完全にネタ切れだった。
「……………………何かまだゲームしたい」
恐らく、久しぶりにゲームをしてしまったことで当時の感覚が呼び起こされてしまったのだろう。普段なら長いと感じてしまう三時間があっという間に思えてきて、三時間ちょっとのゲームでは満足出来ない。恐らく、今日ここで満足出来なければ僕の冬休みはほとんどゲームで潰れることになる。今日という一日を溶かしつつ、明日という一日を救うために、僕はまだゲームをしなければならなかった。
「…………………………………………どうしようか?」
辛うじてゲームに支配されていない頭で精いっぱい考える。今まで自制していた分、満足感を求めたゲーム欲はもう一種の魔物である。せめて何か気を逸らすものを……………………
リビングから救援要請が入ったのは、丁度その時だった。
「灯、ちょっとおつかい頼まれてくれない?」
「おつかい?」
「そう、おつかい。母さんは今から買い物に行くし、父さんは仕事だし、苺は受験勉強で忙しいでしょ。だから、お願い灯! 頼まれてくれない?」
「俺で良ければ全然いいよ」
流石に、母さんにわざわざ二回も買い物させるというのもどうかと思ったので、僕は素直にその頼みを承諾した。
「ほんと! まぁ、助かるわぁ。最近携帯の充電コードが調子悪くてね。今充電できてないのよ。だから、コードを買ってきてくれないかしら?」
確かに、充電出来ないはもう調子悪いのレベルではない。
「はい、これお駄賃ね」
外に出る直前、思い出したように母さんが僕の手に千円札を三枚ほど握らせる。正直、コード一本にしては少し多い気もするが。
「あの、これちょっと…………」
「余ったら灯のお小遣いにしなさいね」
「ありがとう」
そこに他意はなく、僕は母さんに最大限の感謝を込めて言った。
「結局ここに来ちまったなぁ」
最寄り駅から電車で二駅。僕は割と大きめのショッピングモールに来ていた。正直、母さんのおつかいだけであれば近所のコンビニくらいで済むのだが、僕の手元には臨時収入とゲームを求める気持ちがある。
恐らく、家の近くで僕の欲求に一番答えてくれそうなのはこのショッピングモールだった。
まぁ、他と比べてかなり力を入れていると言っても過言ではないゲームセンターがあるからなんだけどな。
モール内の電化製品店でなるべく高耐久のコードを買った後、僕はゲームセンターへと直行した。
ただでさえ煩いショッピングモールの中でもここは完全に喧騒の中心。クレーンゲーム、コインゲーム、アーケードゲーム、対戦ゲーム、音ゲー、スロットなどジャンルを数えれば多種多様。老若男女様々な人が行き来して、営業時間中は静かになるということを知らない。
それにしても、どれにしよう…………取り敢えず最初はクレーンゲームだろうか。最初にお菓子でも取れれば、ゲーセンの達成感に関しては問題なく味わえるからな。
丁度、積み上げられたお菓子が今にも散乱してしまいそうなほど不安定な台を発見。即ロックオン。
僕はすぐさま百円玉を投入…………しなかった。
「「あっ、すいません…………えっ?」」
聞き覚えのある声が重なった。同じ台を狙って、お金を入れようとしたタイミングも同じ。そもそも、それ自体が珍しいというのに。
まさか、相手が知り合いだなんて誰が予想できるのだろう。
「えっ、ちょっ灯?! なんで、ここにいるの?!」
葵木が僕の目の前にいた。
「こっちが訊きたいんだけど」
「えっ、いや。私は、最近よく来てるんだよね。一人で」
「一人で?」
「でなきゃ思う存分楽しめないじゃん」
意外だった。葵木はみんなでわちゃわちゃするのが好きだとばかり思っていたが、どうやらそうではないらしい。
「そうなんだな」
「で、どうして灯はここにいるの? ここって灯の家からだと二駅以上離れてなかったっけ?」
葵木が若干不機嫌な様子で言う。いや、これは不機嫌というより、思いがけない事態にどんな反応をしたら良いか分かっていないというべきかもしれない。
「あー、何か無性にゲームがしたくなってさ。中学時代によく通ったここを思い出したんだよ」
「ふーん、そう…………何か意外」
「意外か?」
「灯ってあんまりこういうの興味ないかと思ってた」
「こう見えて、実は元ゲーマーでさ。視力悪くなってなかったら今も続けてた」
一瞬だけ、葵木の表情が変わった気がする。警戒で堅かった壁が一気に壊れていくようなそんな感じか。知らんけど。
「あぁ、あとこのクレーンは譲るよ。別に凄いやりたかったわけじゃないから」
ここはこんなに広いんだから、わざわざ葵木と一つの台を取り合うこともないだろう。
「待って」
台を離れて、そのまま他のクレーンを眺めようとしたところ、葵木に腕を掴まれた。心なしか、顔を赤らめているような…………
「せっかくだからさ………………………灯が満足するまででいいから一緒にゲームして遊ばない?」
意外な勧誘に、僕は驚いた。
「えっ、さっき一人の方が楽しいって言ってなかったけ?」
一度落ち着きを取り戻すため、なるべく自然な流れでそうツッコむ。
「灯の場合は話が別。だって元とはいえゲーマーだったんだし…………」
なるほど、そりゃあゲーム好きなら自分と同じタイプやレベルの人と一緒にゲームするの、楽しいよな。
「何か、分かる気がする」
冷静になるつもりが同調してしまった。
「で、どうするのよ?」
「あぁ、僕は凄い嬉しいよ」
「オッケー。じゃあ、手始めにこのお菓子二人で山分けしましょ!」
そう言って、葵木はコインを入れるとスムーズな指使いでクレーンをお菓子の山に落とし、一気にそれを崩壊させた。
「どんなもんよ!」
両手いっぱいにお菓子を持ちながら葵木が胸を張って見せる。豊満な胸とボディラインが凄く強調されている。
「凄い…………冗談抜きで」
「はい、灯にもあげる」
いろいろな意味で葵木に圧倒されていると、目の前にお菓子のパッケージ。葵木はニコッと笑って僕にお菓子を半分分けてくれた。
「ありがとう…………にしても、ほんと凄いな葵木。正直見縊ってたよ」
「じゃ、これで見直したでしょ?」
「うん、うん。めちゃくちゃ見直した」
「…………正面から言われると嬉しいな」
葵木が何か言ったが、ただでさえ小さかった声に周りの音が重なって完全に聞き取れない。
「ん、何か言ったか?」
「いっ、いや。何でもない。そんなことより、次のゲームしよう!」
次に向かったのは、音ゲーコーナーだった。
「音ゲーと言ったら…………もう分かるね?」
「もちろんだ…………」
葵木の、問い掛けに僕はなるべくシリアスなムードを醸し出して言う。もちろんフリだ。
「「スコア対決!」」
やはり同じことを考えていたか。どうやら、葵木もまた僕と同じ世界の住人らしいな。このノリが通じるとは……………………はっきり言ってめちゃくちゃ楽しい。
「よーし、負けないからな!」
「私だって…………音ゲーもまぁまぁ自信あるんだから」
お互いにコインを一枚入れて、対戦モードを開始する。
「うぅー、負けた…………悔しい」
結局、本当にギリギリだったけど僕は葵木に音ゲーで勝利した。この分野は結構自信があったが、まさかここまでの接戦を強いられるとは。
「めちゃくちゃ接戦だったのに! でも、凄い楽しい!」
悔しそうな表情をしながらも、葵木の表情はいつも以上に活き活きとしていた。まるで教室の人気者の笑顔が作り物のような、そんな気までしてくるくらいに。
「次はどうする?」
「格ゲーをやりましょ」
「来たなっ。でも、これは僕マジで自信あるぞ」
「悪いけど、私も格ゲーが一番得意なんだよね」
お互い、一番手のジャンルか。
「ちなみに機種は?」
「これでどう?」
格ゲーコーナーに着くと、すぐさま葵木は一番端側にあるレトロなデザインの格ゲー席に座った。
「まさか、メインの格ゲーも同じとはな…………」
「相手にとって不足なしってとこね」
キャラクターを選択し、ゲームスタート。
これまた古めかしいBGMと共にバトルが始まった。ちなみに、このゲームはデザインこそ、昔ながらだが、操作性はとてつもなく繊細であるため、運の要素はほとんどない。
つまり、完全に実力での勝負である。
「攻めるっ!」
葵木のキャラクターがじわじわと距離を詰めてくる。警戒はしているが、スピード重視の葵木のキャラに対して、僕のキャラは継続力重視だから、防御面は脆い。
近付いていた距離がほとんどなくなり、葵木の攻撃がキャラクターに直撃する。当然回避行動に出るわけだが、スピードにものを言わせたその立ち回りで体力ゲージを半分失ってしまった。
これは、加減どころか様子見だってしている暇はない。
「一か八か…………」
迫りくるキャラ。応戦するなら距離を詰めるところだが、僕は敢えて画面端にキャラを移動させた。
これで嵌められたら終わり…………だが、逆にコンボの継続にはもってこいの位置である。
指が懐かしい感覚を伝えてくる。ギリギリの状況で、いつも逆転に導いてくれたそのコンボの感覚を。
流れのままに身を任せ、僕はキャラを動かす。葵木の攻撃を回避し、初劇を入れ込む。
そこからは確定コンボと大技で一気に体力を削り、そして残りを仕留める。
GAME 1P WINS
「ふぅー」
「そんなぁー。私の無敗記録がぁ」
画面に表示されたその文字を見て、僕は安堵し、そして葵木は悔しいそうな表情を浮かべた。
「レート戦じゃないから大丈夫だろ」
「そういう問題じゃないっての。もう一回、もう一回勝負しよ!」
「おう!」
それから、お金はセーブしつつ僕は葵木と色んなゲームをして遊んだ。どれもこれも接戦で、舞代の時とはまた違うドキドキがあって良かったな。最後にめちゃくちゃ頼まれたプリクラだけは謎だったが。
「灯、今日はありがと、楽しかった!」
「僕も楽しかった、ありがとな!」
「その…………また、行きたいね」
「ん? あぁ、また行きたいな」
こんな葵木、初めて見たな。いつも活気があって凛々しくて、人気者で。それが葵木何だって思っていたけど、こんな一面があったとは。
「あっ、じゃあ。私そろそろ電車来るから帰るね」
「おう、良いお年を」
「灯こそね!」
こうして、今年最後の一日は葵木との真剣ゲーム対決で幕を閉じた。なお、帰りがとてつもなく遅くなってしまったので普通に母に心配されてしまったのは言うまでもないだろう。
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