第22話 新年は五人で




 目覚めた時刻は午前八時、もう西暦が更新されてから八時間も経ってしまっている。


「あー、年明けたなぁ」


 大晦日、普通に葵木とゲーセンではしゃぎ過ぎたため、僕は日を跨がずして眠りについた。だから、年末年始恒例の年明け一発目のメッセージ送信にも不参加。逆に、携帯を開くと、「あけおめ」の新着メッセージが何件か寄せられていた。



「取り敢えず、返信だけしてから降りるか」



 例年、佐倉家は寝正月をしないからな。受験生の苺はよく分からないが、恐らく父さんと母さんはもうリビングにいることだろう。


 一つ、一つ、メッセージを返していく。とは言っても、メッセージは五件。学校のクラスグループ、舞代、葵木、愁斗、その三人とのグループチャットである。


「あけましておめでとうございます、っと」


 ただ、そのことについて別に寂しいとは思っていない。なぜなら中学の時はそもそも携帯を持っていなかったため、メッセージの受信という概念が僕の中になかったのだから。ゼロと五の差は巨大である。



「そう言えば、こういうのってちょっと考えて送った方が良いのかな」



 ボケてみたりとか、話題を広げてみたりとか、絵文字使ってみたりとか。やってみるのもいいかもしれない。まぁ、正直もう送ってしまったから後の祭りではあるけど。


「まっ、いっか…………降りよ」


 リビングに降りると、僕を除く佐倉家の三人が揃って机を囲んでいた。


「あぁ、灯おはよう」

「灯おはよー」


「父さん、母さん、あけましておめでとうございます」


 おはよう、をすっ飛ばして僕は新年の挨拶を終わらせる。一応ね、こういうのは礼儀だから。身内とか関係ないから多分。


「おお、そうだったな。あけましておめでとうございます」

「今年もよろしくお願いします」

「こちらこそ。あぁ、苺。あけましておめでとうございます」


 席に座りつつ、隣にいる苺にも新年の挨拶。てっきり部屋にいるものと思っていたが、朝ごはんでも食べに来たのだろうか。



「うん、あけおめ。お兄ちゃん」



 凄い冷たいわけでもなく、凄い温かいわけでもない、常温で苺は新年の挨拶を済ませる。そう言えば、久しぶりに会話したな。最近は受験勉強で忙しかったから仕

方ないことではあるが。


「灯。お雑煮作ったんだけど、食べる?」

「食べたいかも」

「オッケー。すぐ用意するわね。苺はどうする?」

「私も欲しい」

「はーい、そっちもすぐ用意するわね」


 そして、特に新年だからと言って何か語るべきこともなく、お雑煮がやって来るのを待つ。

 恐らく、もう準備されていたのだろう。五分くらいで母さんは僕と苺の分のお雑煮を持ってきた。



「はい、知ちゃん特製新年セットよ!」



 ほくほくと湯気を立てているお雑煮は、色合い、具材もバリエーションも豊かで見るからに美味しそうだった。補足すると「知ちゃん」というのは僕の母、佐倉知さくらとものあだ名である。


「うおー、美味しそう」

「うん、美味しそう」


 早速食べる。うん、汁とお餅と肉がそれぞれ独立していながらもいい感じで混ざり合って用意風味を醸し出す…………自分でもちょっとよく分からんがとにかく美味かった。


 苺も多分美味しかったんだろう。箸の進みが早い。


「そう言えば、灯、今日の予定は?」


 父さんに予定を聞かれたタイミングでピロロン。携帯の通知音が鳴った。


「あぁ、ごめん」



 愁斗

『皆で初詣行くんだけど、灯も来ないか?』



「えっと、愁斗と葵木と舞代と初詣に行くことになりそう」


 今さっき決まったことだけどな。


「そうか、折角だから楽しんで来なさい。父さんもプラモ作りを楽しむから」


 怒るとは思っていなかったが、父さんは嫌な顔一つせずにそう言った。今までの経験からしてプラモ作りの話は正直突っ込まない方が良い。深い深い趣味の沼に引きずり込まれそうだ。


「あぁ、そうするよ」

「あっ、灯。初詣行くんだったら、ちょっとお願いがあるんだけど」


 と、意外にもここで口を挟んだのは母さんだった。お願いがあるらしいが、何だろうか。お守りでも買ってこさせたいのだろうか。


「御守りなら種類教えて欲しいかな」



「ううん、そうじゃなくて。もし嫌じゃなかったら苺も一緒に連れて行ってくれない?」



「「えっ?」」



 その時、僕と苺の声が重なった。






「何でこうなったの……………………」

「さっき言われた通りだろ」


 揺れる電車内。ほとんど人のいない車内で僕と苺はそんな会話をしていた。

 母さん曰く、最近勉強ばっかりの苺に息抜きをさせてやりたいらしい。確かに頑張る娘を心配する気持ちは何となく分かる気がする。


「けど、私だけ学年違うしほぼ初対面じゃん…………気まずいよ」


 ただ、一方で苺の気持ちもよく分かる。僕だって苺の友達四人に対して僕一人だったら気まずいもん。


「まぁ同情するけど、ここまで来ちまってるからなぁ。そこは割り切ろうよ。多分、苺の思ってるような奴らじゃないから」


「ほんとに?」


 いつだったか舞代が見せた不安そうな表情。ではなく、苺が見せるのは完全に疑いの目を向けた時の顔だった。


「あぁ、僕のお小遣い半分賭ける」

「じゃあ、もう心配しない」


 乗られたらどうしようかと思ったが、それを聞いた苺はすんなり引いてくれた。安堵する反面、この性格であの三人と関われるのかという一抹の不安もその影を大きくしている気がする。

 そのままの調子で、お互い警戒すること実に二駅。そして今、学校前の最寄り駅にて、見知った顔が乗車して、僕らの前に立った。言うまでもなく、柴山家の愁斗である。


「よっ、灯。偶然だな」


 否、集合場所がここではなく葵木の最寄り駅であるため、ここでの出会いは必然である。


「って、あれ? 舞代さんと一緒じゃないのか。それに、隣の子は…………どちら様で?」


 苺を見るや否や、不思議そうな表情を浮かべる愁斗。苺は初対面の彼に驚いて僕の背中に隠れる。

 ちなみに、舞代が一緒でないのは彼女が一本早い電車に乗ってしまったからである。恐らく、もう着いてしまった頃だろう。


「あぁ、こいつは苺。俺の妹」

「へ? 灯って妹居たのか?! 知らなかった」

「だって言ってないからな」


「へへっ、そりゃそっか。あっ、俺、灯の友達の柴山愁斗って言うんだ。よろしくな苺ちゃん!」


 僕のやる気なしツッコミを華麗に受け流し、愁斗は苺に自己紹介をした。こっちから紹介する手間が省けて個人的には助かる行動である。


「佐倉苺です。えっと、中三です。愁斗先輩よろしくです」


 若干緊張した様子で苺も自己紹介をする。僕は敢えてもう口を挟まないことにした。多分、愁斗が何とかしてくれるだろう。そう思えてならなかったのだ。


「中三ってことは一個下か…………ていうか受験生じゃん」

「はい…………その、お兄ちゃんや愁斗先輩の高校、受けようと思ってます」

「おおー、マジで?! もし合格出来たら、こりゃあパーティーだなぁ」

「受かるといいんですけどね…………」

「そうだなっ! 応援してる!」


 若干、自信なさげな苺の表情さえも吹き飛ばしてしまうような笑顔で愁斗は言う。恐ろしいのは、それが偽りの仮面ではなく、本気でそう思っているところだろう。正直もし異性だったら僕の心はときめいていたかもしれない。


「…………ありがとうございます」

「あぁ、あと敬語とか無理して使わなくていいよ。俺も灯と同じ扱いで良いからさ」

「えぇ、と…………………………やっぱまだちょっとそれはきついです」

「オッケー、じゃあいいや」


 ちなみに、この後も苺は愁斗の圧倒的なフレンドリーさと切り返しの速さに圧倒されてしまうばかりだった。




「えっと…………佐倉苺です。お兄ちゃんの妹で、中三です。今日はよろしくです」


 デジャヴではない…………ついさっき同じような出来事があっただけだ。

 それに自己紹介の相手だって今回は愁斗ではなく、もっと厄介な二人。葵木と舞代である。


「えっ、灯って妹いたんだ。私、灯と愁斗の友達の葵木七科です。よろしくね苺ちゃん…………っていうか、めっちゃ可愛い!」


「私は舞代六花。灯君と愁斗君の友達だよ。よろしくね、苺ちゃん。…………ちなみに、七科ちゃんに激しく同意だよ!」


 開口一番にこれである。

 確か、女子はお世辞でも可愛いを連呼する聞いたことがあるが、多分これはガチの方である。葵木と舞代の視線は完全に苺のことをロックオンしていた。もう、これは同性じゃなかったらアウトなレベルではなかろうか。



「えっと、七科先輩、六花先輩。よろしくお願いします」



 うっすらと危険を感じ取ったのか、苺が若干引き攣った笑顔でそう答える。ただ、ちょっとこれは助け舟を出せそうにないな。


「さて、自己紹介も終わったことだし五人で初詣行くとしようぜ!」


 意外にも、ここで助け舟を出したのは愁斗だった。無論、彼の場合、これが故意かどうかは怪しいところだが。


「そっ、そうですね」


 ホッとした表情で苺が同調する。取り敢えず、良かったな苺。


「それもそうね。行きましょうか」

「神社ってこの近くなのか?」

「えーと、結構大きな神社で御守り、おみくじのバリエーションはかなり豊富だったような。境内もかなり広いし」

「合格祈願の御守り、あるかな?」

「あるんじゃないか」

「苺ちゃん、どこの高校受けるの?」

「お兄ちゃんと同じところを受けようかと…………」


 と、苺を中心にそんな雑談を繰り広げながら歩くこと十分とちょっと。


 意外にも神社はまだ混み合う前だったようで、すんなりと鳥居をくぐることのできた僕らはそのまま、五人で賽銭箱の前まで辿り着くことが出来た。


 カラン、カラン。


 鈴を鳴らし、頭を下げる。

 さて、何を願おうか。一秒くらい考えて、結局、僕は何も願わなかった。神頼みとは言うけど、生憎今この瞬間、僕が望むものはない。


「灯君は何か願った?」


 参拝を終えると、すぐに舞代がそう訊いてきた。流石に、神社で取り繕うのもどうかと思うので、素直に「願っていない」と、答える。


「舞代は何か願ったの?」

「うん…………灯君ともっと仲良くなれますようにって」


 にこっと、笑って舞代は言う。そんなに恥ずかしい文言に思えないのは僕がおかしいのだろうか。


「もう十分仲良くないか?」

「えっ?! いや…………そういう意味じゃなくて…………その、」

「二人とも、参拝早かったな!」


 舞代が何かを言おうとしたタイミングで葵木と愁斗、そして苺も参拝を終えて戻ってきた。


「三人が長かっただけじゃないか? 僕は毎年こんな感じだし」

「そういうもんかね?」

「多分な」


 参拝時間の長さなんて、もはや分かりようがないと思う。我ながらめちゃくちゃ適当な返事をしてしまった。


「それより、これからどうするんだ? 取り敢えず初詣は終わったけど…………」

「そうね…………」


 どうやら、どちらかと言えば葵木も僕と同じ立場らしい。特にやりたいこともないけど、帰る気にもなれないパターンである。


「はい、私、おみくじ引いて、御守り買いたいな!」

「私も賛成で」

「俺もさんせー」


 そんな僕らとは対照的なのが、舞代、愁斗、苺の三人だった。愁斗と舞代は分かるけど、苺が御守りに興味を示すとは、受験の重要性を改めて実感する。


「じゃ、賛成多数なのでみんなでおみくじ引きましょうか!」


 おみくじコーナーに移動し僕たち五人はそれぞれ、小銭を一枚取り出した。

 カランコロン、の落下音五つ。一人一枚ずつ、運勢の書かれた紙を取る。


「じゃ、せーので開けましょうか」

 

「「「「「せーのっ!」」」」」

 

 重なった皆の声に合わせて、おみくじを開く。ちなみに、僕は中吉でほとんど当たり障りのないことばかりが書いてあった。


「皆どうだった?」

 僕以外の四人は、舞代が中吉、葵木が吉、苺が大吉、愁斗が小吉という結果だった。無論、それぞれ書いてあることは様々である。


「苺ちゃん、大吉だよ!」

「きっと、高校受験が上手くいくってことよ」

「そう…………かな、でもそうだったら嬉しいな」


 最近やや険しめの表情が多かった苺が、言葉通り今日は見違えるくらいに嬉しそうな表情をしている。いや、多分これは僕も同じだろう。葵木や、舞代、愁斗が苺にとっても共通の友達となっている、そう認識できることが凄く嬉しかった。


「そうだ! 折角だから皆で御守り買わないか?」


「いいじゃん!」

「うん、買おうよ!」

「是非、買いましょう!」


 愁斗の提案により、僕らは皆でそれぞれ別々の御守りを買うことになった。

 合格祈願の御守りは苺。良縁祈願の御守りは愁斗。開運祈願は葵木。無病息災の御守りは舞代。そして、僕は総合的な御守りを買った。


「今年も皆で頑張ろうな!」

「ええ!」

「うん、頑張ろうね!」

「頑張ります!」

「頑張ろう」


 帰り、駅のホームでそんなことを五人そろって宣言した。

 新年一発目から去年までの僕には似つかわしくもない青い風が吹き付けるような感覚。それは、きっと勘違いなんかじゃ済まされないだろう。

 何か、こういうのもいいな。

 

 形のない微かな期待を胸に抱きながら、高校デビューした僕の初詣はその幕を閉じた。




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