第23話 久々の学校は雪合戦で
冬休みというのは冬期休業という割には案外短かったりすると思う。
もちろん、小中高の中でも若干の誤差はあるが、それでも長くて二週間あるか怪しいくらいだろう。
「あー、もう学校が始まるのか…………」
朝、のんびり八時過ぎに起床することも許されない。電車はいつも通り駅の前に来て、それに乗って学校の最寄り駅で降りる。それからは学校までの道のりを自分の足で歩く。
憂鬱、と言えば間違いではない。少なくとも、夏休み明けの僕だったら完全に途中で愚痴の一つも零してしまっていただろう。
「あっという間だったね。冬休み」
雪色の通学路、僕の隣を歩きながら舞代がそう言った。どうしてだろう、舞代もそうだが、学校に行けば葵木や愁斗がいると思えば、自然と陰鬱な気持ちが夏場のソフトクリーム顔負けの速度で溶けてしまう。最近の私的七不思議である。
「そうだなぁー」
思えば、この冬休みは恐らく、人生で一番人と多くの時間を過ごした冬休みだだった。
初日、次の日、大晦日、元旦と四日も身内以外の誰かと過ごしているわけだからな。ゼロだった去年と比べれば凄い成長である。
まぁ、多分僕の成果じゃないだろうけど。
「灯君は冬休み、楽しかった?」
ちょっとだけ恥ずかしそうな舞代が視界の中心に据えられる。天候と言い、この状況と言い、水族館デート(仮)が頭にちらついてしまって、もう仕方ない。
思い出したが最後、もうドキドキで僕の顔は熱を持っていた。
「もっ、もちろんだよ。その…………舞代も葵木も愁斗も傍にいたから、凄い楽しかった」
いざ宣言するように声を出すと、恥ずかしさが風と共に背中へと吹き付けてきた。恋愛漫画の主人公って、こういうの流れるように言っちゃうんだよな。控えめに言っても尊敬しかない。
「そっか……………………そっかぁ」
そっけない返事と共に、舞代は顔を隠すようにしてそっぽを向いてしまった。よく見ると、どこか、ニヤニヤとした表情を浮かべているが、何か嬉しいことでもあったのだろうか。
「えへへ……………………」
心の声駄々洩れですよ、舞代さん。
恐らく、これは本人に指摘するべきではないだろう。それよりか、話を逸らした方が幾分か彼女へのダメージが少ないはずだ。
「そう言えば、三学期って何があるんだったけ?」
「えっ? 三学期」
「そう、三学期」
ちなみに、話を逸らすとは言いつつも、僕自身これについては結構気になっていた。なぜかって、そりゃあ入学式でもらった年間行事予定表がスクラップされた状態で見つかったからな、確認のしようがないだろ。
「うーん、そう言えば何があるんだろうね。ごめん、私も転校してきたからその辺のことよく分からないんだ」
先ほどまでのギャップ萌えな表情を崩して、舞代は普段通りの落ち着きのある優しい声で言う。聞き慣れた声ではあるけど、やはりさっきのギャップが凄くて若干違和感があったが、気にしないことにする。気にし過ぎは良くない。
「まぁ、テストがあることは間違いないんじゃないかな」
しょんぼりとした様子で舞代が続ける。確かに、「テスト」という言葉は彼女にとってみればあまり良い響きのする言葉ではないだろう。僕も勉強が嫌いだからその気持ちはかなり分かる方だと思う。
「まっ、いざってときはまた皆で勉強会をしよう。僕はいつでも学校をサボる準備は出来てるから」
「灯君……………………うん、一緒に学校サボろう!」
舞代のどんよりとした表情が晴れる。ユーモアのつもりで言ったんだが、どうやら本気で受け取ってしまったらしい。
たとえ、サボりがばれても怒られるときは僕が舞代の隣にいる。無論、逆も然り。よし、学期末は覚悟しとくか。
「はははっ」
「ふふふっ」
考えてみたら、面白くなってつい笑い声をあげてしまった僕。もらい笑いしてしまったのか、舞代もクスクスと笑っている。
まさか、異性とこんな風に笑い合える日が来るなんて、思ってもみなかったな。
新学期というだけのことはあって、学校内は日常よりも少しだけ騒がしかった。いや、そもそもうちのクラスの場合通常がかなりの喧騒状態なので、それを考慮すると少しだけではないのかもしれない。
「おはよー」
「おはよう」
やる気なさげに挨拶をして、僕と舞代は席に着いた。遠目から「春だねぇ~」とか、「あの二人、まさか…………?!」とか、「リア充ウラヤマ」とか聞こえてきたが、多分僕は関係ないだろう。ウラヤマ君のことだろう。あれ、ウラヤマ君って誰だっけ。他クラスの子か。まぁ、どちらにしてもおめでたい話である。
「よっ、灯。久しぶり!」
席に着くや否や、前の席に座っていた愁斗がくるりと椅子を回転させて、僕の真ん前に来た。予想を裏切らないとはまさに、彼のことだろう。もう見るからに新学期でテンションが高い。
「あー、お久―」
温度差。とは思ったけど、まぁもともとこういうキャラだし、変にテンション上げたらそれこそおかしいだろう。これでも周囲からの評価はだって多少は気になる。
「舞代さんも久しぶり!」
「うん、愁斗君。久しぶりだね」
そう言えば、愁斗と会話をし始めてからウラヤマ君に対する会話が消えたか。いや、ただ単に話題変換しただけか。
「灯っ、おはよっ!」
そんなことを考えていると、後方から扉が開き刹那の時を経て、僕の肩に軽い衝撃。しまった、反応が遅れた。
回避すること間に合わず、そのまま後ろに振り返ると、したり顔の葵木が立っていた。くそ、いつもなら回避間に合ったのに。僕の馬鹿。
「おはよ、葵木」
「今日は反応鈍かったね」
「浮かれてるのかもなぁー」
「かもじゃなくて、浮かれてるんじゃない? ちょっと意外だけど」
「そうか?」
「だって夏休み明けはもっとこう目が落ち着いてたから」
逆に今は目が落ち着いていないのか。
突っ込む前にまた考えてしまう。だって強ち間違いでもないから。葵木に、舞代。愁斗は普通だけど、どこかこの二人を見ていると落ち着かない…………ような気がする。
「そうか…………も?」
「ふふっ、何で疑問形なのさ、もう」
「おいおい、朝から痴話げんかか、お前ら二人は変わんないな!」
ニタニタ笑いながら愁斗が僕らを茶化す。なぜか、周囲の奴らは見慣れたもののように、温かな視線を送っている。ちなみに、遠くの席ではまた、「リア充ウラヤマ」「けしからん」「美少女二人とそう言う仲とは…………こいつ出来るぞ」と再びウラヤマ君の話が出ているようだ。
「別にそんなつもりじゃないんだけどなぁ…………」
「っ、っそうよ。私と灯はそんなんじゃない…………から」
なぜか、葵木がどこか恥ずかしそうな表情でそう言うと、特に女子のクラスメイトから歓声が巻き上がった。何々、怖いんだけど。
「灯君の……………………バカ」
気のせいか、僕の隣。廊下側から冷たい空気が流れてきたような、そんな感じがした。
それから時間は立って、正午前。今日は新学期初日ということもあって始業式をしたら担任連絡をして終わりである。そして雪ばかりの天候で部活動もほとんど残っていないので、実質昼前にもなってしまえば、学校内には教員以外誰もいなくなるのだ。
そう、僕ら四人を除いては――――
「今から雪合戦をします!」
四人で駄弁りつつ、物足りなさを感じながらもそろそろ帰ろうかとしていたところ葵木が突如そう宣言した。
「えっ?! 何で突然…………」
これには流石の僕も困惑が気持ちを通り越して言葉になってしまう。隣に座る舞代も若干驚いた表情をしている。
「ふと思い出したの。確か、灯と雪合戦する約束をしたんだけど、年末結局やらなかったなぁ…………ってね」
あぁ、そう言えばそんな約束をしたような気がする。確か、あれは舞代を連れ戻すために学校を早退した日のことか。
「灯君、そんな約束してたの?」
「うーん、多分してた気がする」
「そうなんだ………………………………」
「舞代は雪合戦やりたくない?」
どこか冷たい声でそう答える舞代に僕は問う。もしかすると、まだ過去のトラウマで雪に対していいイメージがないのではないか、そんな不安があったから。
だけど、どうやらそれは杞憂だったらしい。
「ううん、めっちゃやりたいよ。雪合戦」
予想とは異なり、舞代はシリアスなムードと純粋な笑みでそう答えたのだ。
「じゃあ、六花は参加決定ね。他二人はどうする?」
「俺はもちろん参加するぜー!」
愁斗がさも当然のようかにノリノリで参加表明。もうさ、これ同調圧力にも近い何かだろ。参加するしかないじゃん。
「灯はどうする?」
それに、内心ちょっと雪合戦にも憧れがあるしな。
「じゃあ、俺も参加する」
ということで、四人全員の参加が決定。教室から移って場所は校庭の真ん中。当然、部活動で残っている生徒はおらず、雪も舞代のおかげがスキー場並みに積もっている。
「わぁー、結構積もってるね!」
「そうだなぁー、これソリとか滑らせたらめっちゃ楽しそうだぜ」
確かに、めちゃくちゃ雪合戦に向いた場所になってる。周りは何もないし、深く積もってるから本当に雪だけを投げ合えそうだ。
「隙ありっ!」
どうやら、もう雪合戦は始まっていたらしい。背中の辺りのヒヤッとした感覚に振り返ると、腕いっぱいに雪玉を抱えた葵木の姿があった。
「ちょっ、不意打ちかよ?!」
「あはははは! ちゃんと見てないと、当てちゃうんだから!」
そう、今は雪合戦だ。当然、参加している僕には雪玉を相手に投げ付ける権利がある。たとえ、相手が葵木でも、愁斗でも、無論、舞代でも。
ならば思う存分、その権利を使わせてもらおうか。
雪玉をいち早く丸めて、葵木に向かって投げ付ける。当然、不意打ちに満足して油断している葵木がそれを回避できるわけもなく、そのドヤ顔に雪玉が直撃する。
「ぶはっ?! もう、やったなぁあああ!」
被った雪を払って葵木が反撃の雪玉を投げ付けてくるが、油断していなかったこともあり、しっかりと回避する。
「ちゃんと、見てりゃこれくらいどうってことないぜ…………ぶはっ?!」
ふはは、ざまぁないぜ。と内心ドヤ顔だったものの、今度はサイドから攻撃を受
けてしまう。
横を見ると、若干申し訳なさそうな表情な舞代の姿があった。ちなみに、その手には追撃用の雪玉が何個かストックされている。
「ごめん…………でも、楽しいから!」
舞代は凄く楽しそうだった。純粋に、雪合戦をエンジョイしていた。白に染まったダッフルコートやスカートのことなんて気にせずに、この状況を受け入れていた。
「おっと、俺のことも忘れてもらっちゃ困るぜ!」
笑顔の舞代の後方。白銀の髪を掠めて雪玉が飛んでくる。声からして、やったのは愁斗だろうな。
「もう、皆やる気なんだからさ」
はぁ。
どうしてかな、嬉しい時でも溜息って出るんだ。いや、今までにこんな経験がないから僕自身どうしていいのか分からないんだ。
こんなの、
「僕だって、やる気出すしかないじゃん」
「灯、隙あり!」
「読めてるっての!」
「きゃっ?! やったなぁー」
「うおっと。舞代さん、コントロール良いなおい!」
新学期初日。学校行事的には始業式のみの今日。誰もいない校庭で、僕たちは雪合戦をした。四人だけの、それでも最高に楽しい雪合戦を。
結局、お昼過ぎくらいに教員がやってきたため、半強制的に下校させられたけど、それまでは雪合戦をしたり、雪だるまを作ったりして遊んだ。何だか、高校生らしくないって。そうかもしれないけど、そんなことは誤差でしかないだろう。
だって、こんなにも楽しかったんだから。
「灯君っ、また明日ね!」
最寄り駅で舞代と別れる。
今日みたいに、ハチャメチャな雪合戦で遊んでもいい。冬休みの時みたいに二人で遊びに出てもいい。苺も誘って五人で遊ぶでもいい。
とにかく、また会いたい。
「舞代、また明日な!」
別れ際、僕が思ったことは至極単純且つ明快。そして、言葉にしてしまえば凄く気恥ずかしい再会の望みだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます