第24話 球技大会はガチ




 冬休みが明けてしばらく経った頃か、場所は教室、今は放課後のホームルーム。



「えー、それでは来週行われる球技大会に参加競技を決めるぞー」



 普段通りの声で担任教師はそう宣言した。年が明けたとしても相変わらずこの人は調子変わらずである。


「……………………にしても球技大会かぁ」


 忘れていたが、私立高校且つ進学校でもないからか、この学校はまぁまぁ年中行事が多い。無論、今名前が挙がった球技大会もその一つである。


 黒板を滑る白のチョークは競技名と定員数をそれぞれ描いていく。


「灯君、競技どうするか決めた?」


 ツンツン、と肩辺りを叩かれたかと思えば、隣に座る舞代だった。


「うーん、どうしようかなぁ。正直球技は全般あんまり好きじゃないんだよなぁ」


 正直、野球とかサッカーは出来る気がしないし、バスケとかはルールとかよく分からないからな。


「舞代は、どうするの?」

「私は、ドッジボールにしようかなぁって思ってるよ」

「ドッジボールかぁ…………」


 確か、今回の種目の中では野球と並んで数少ない男女混合の種目である。


「あの、灯君…………もし良かったら灯君も…………」


「よーし、じゃあこの中から選んでもらうぞ。一分後に挙手してもらうからなぁ」


 舞代が何かを言おうとしたタイミングで種目と定員が記された黒板が完成してしまった。考える時間が一分しかないというのはかなり苦しいが、担任教師の性格的に考えて仕方ない。


 そんなことよりも、今僕が考えなければならないのは種目だ。



 思考の海に沈んでいく。



 整理しよう。競技数は野球(男女混合可)、サッカー(男女別)、バスケットボール(男女別)、テニス(男女別)、バレーボール(男女)、ドッジボール(男女混合可)の六種目。ただ、野球、サッカー、バスケは出来る気がしないし、バレーやテニスは本職に勝てる気がしない。



「じゃあ、出たい種目に挙手しろぉー。えーと、まずは野球」


 本当に一分経ったところで希望を取り始める担任教師。ただ、もう消去法で選択肢が一つしかないので、選ぶまでもない。


「じゃあ、最後。ドッジボール」


 周囲の挙手を確認しながら僕は手を上げた。正直、舞代一人いてくれたらまず、本番も孤立することはないし、気が楽だからな。



 そう思ったのはほんの一瞬の出来事である。



 定員ぴったりの八人、その中で見慣れた顔が舞代と僕を除いて二つ。葵木と愁斗だった。


「おっ! 灯と舞代さんもドッジボールかぁ。気が合うなぁ!」

「ほんと凄い偶然だね!」


 偶然かは分からないが、葵木と愁斗が一緒であるというのは嬉しい誤算である。運動神経が良いのはもちろんだが、何というか変に緊張しなくていいのはやはり大きい。


「よーし、じゃあドッジボールは定員ぴったりで決定だな。一応、球技大会だからな。全力を尽くすようにしろよー、名目上だけでもな」



 まず、あんたが全力を尽くせよ。

 内心そうツッコんだ。



「そう言えば、舞代さんと葵木は何でドッジボールにしたんだ? 灯は多分消去法だろうけど…………」


 続々と他の競技のメンバーが決まっていく中、完全に雑談モードとなった愁斗が葵木と舞代にそう訊ねた。まぁ、僕が消去法なのはともかく、それは気になるな。


「私はドッジボールはやったことなかったからかな。なんか面白そうに見えたの」


 何となく、舞代の気持ちは分かる。初めてやること、特にスポーツなんかは想像がつかない分面白く思いがちだ。もちろん個人の意見だが。


「しょーきょほう」


 対して、ほとんど選定理由が僕と同じだったのは葵木。まぁ、彼女の場合は出来る出来ないではなく、恐らく興味の是非だろう。そのあたりが羨ましい。


「ちなみに、愁斗は?」


「ん、俺か? 俺はもちろんワンダーフォーゲル部の知名度アップのためだな!」


 どうやら、部活経験者の概念が存在しないことを狙ってまたアピールするつもりらしい。聞いておきながら、大体予想通りである。


「何だか、愁斗君らしいね」

「そうだなぁ。でも、このパターン多分だけど……………………」


 恐らく、この後の展開も僕の予想通りではある。ただ、これは


「そういうことだから、今回のドッジボール、何としても勝つぞ皆!」


 これは、いくらなんでも僕のモチベーションと差がありすぎやしないだろうか。






 時刻は午前九時。今日は球技大会本番。場所は体育館。


「えー、では球技大会ドッジボールの部、一回戦を開始します」


 両者の挨拶が終わり、コートに入った僕はもう既に息の上がりかけた状態にあった。


「はぁ、はぁ、はぁ。なぁ愁斗、こんなに練習する必要あったか?」


 理由は至極単純だ。今から一時間ほど前。僕、舞代、葵木、そして愁斗は学校に来て今に至るまで練習していたのだから。いや、今日だけではない。ここ一週間ずっとそんな感じである。


「もちろんだ。本番前だからこそ、しっかり身体動かしておいた方が良いに決まってるだろ?」


 こいつ、めちゃくちゃ爽やか系イケメンな見た目をしているのに、中身は全く爽やかではない。もう暴走してるだろこれ。


「って…………いうか。舞代も葵木は何で疲れてないんだ?」


 視線の先には体操服のジャージ上下に身を包んだ。葵木と舞代の姿が二人とも少しだけ汗はかいているものの、そこの疲労の色はない。


「どうして…………って言われても」

「まぁ、ちょい激しめのウォーミングアップって感じなんじゃない?」



 訂正しよう。愁斗は多分暴走していない。ただ、僕の体力がないだけなのだ。



「愁斗、ごめんな…………頑張ろう」


 幸い、まだ気を取り直すことは出来たらしい。大きく深呼吸して、集中力のスイッチを入れる。


「おう…………なんだかよく分からんけど、頑張ろうな!」


 爽やかな笑顔を向けながら、愁斗は僕に掌を向けた。それに応えて、僕も自分の掌を彼にぶつける。


 どうしてかな、今になってやる気が出てきた。


「じゃあ、両チーム準備できたので、始めます!」


 審判と思わしき男子生徒が、ピッとホイッスルを吹く。それと同時にタイマーが動きだし、ボールを持った愁斗が振りかぶる。


 その手から放たれたボールは激しく回転しながら凄いスピードで相手チームの内野を襲った。


 野球部顔負けのボールを取れる訳もなく、落球音と共に初手ダブルアウト。


「よっしゃー!」


 爽やかな笑顔を絶やすことなく、それでいて純粋に勝負を楽しんでいる愁斗。彼の姿は恐らく、このコート内で誰よりも存在感を放っているだろう。


「流石、ワンダーフォーゲル部だな!」


 アシストの意味も込めて、僕はそう大声で言った。よく耳を澄ませれば、周囲の観衆からワンダーフォーゲル部という単語がよく聞こえてくる。


「宣伝ありがとな、灯!」

「まぁ、僕にできる最大限のアシストだからさ」


 結局、その後は愁斗はもちろん、葵木、舞代やその他チームメイトの方々のおかげで難なくそれ以降も勝ち進むことが出来た。




 そして、


「ドッジボール決勝戦を行います!」

 

 決勝戦、周囲の観衆は一回戦と比べれば倍以上の数。会場の盛り上がりもまた、一回戦とは比べ物にならない。


「まさか本当に決勝までくるとは…………」


 コートに整列し、一礼。ちなみに、決勝の相手は三年生のクラスであり、見るからに精鋭揃いと言ったところである。


 ピィィィィィィィィィィィィイイイイイイイイイ


「行くぜー!」


 試合開始と共にボールを持った愁斗があいさつ代わりのストレート。だが、一回戦とは異なり、そのボールはあっさり内野の三年生に取られてしまった。


「うおっ、まじか」


 時間にして僅か二、三秒のこと。ボールを持った三年生は報復と言わんばかりにストレートを投げ込んだ。

 激しい回転と共に愁斗と同様か、それ以上の速さのボールが自陣を襲う。恐らく、この球を取れるのは、誰もいないだろう。ただ一人、うちのクラスの守護神を除いては。


 響かない落球音。それはキャッチの証。


「なっ?!」


 驚きの声を上げたのはボールを投げた三年生。でもそれがおかしな反応かと言われればそんなことはないだろう。


「ふぅー、危なかった!」



 ボールを取ったのは愁斗や他の男子生徒ではなく、舞代だったのだから。



「舞代さん、ナイスキャッチ!」

「凄いよ! 舞代さん!」


 愁斗だけでなく、周囲のチームメイトからも温かい声。恐らく、いや、間違いなくこのワンプレーで流れが変わった。


「七科ちゃん!」


 舞代が投げたボールは外野の真ん中、葵木のいるポジション。


「ナイスパス、六花!」


 言葉通りのパスは葵木の手中に収まり、振りかぶることさえも置いていって、投げられたその玉は三年生の先輩に当たり、そしてコートに落ちた。


「なっ?!」


 再び、敵チームで驚きの声。

 パスをもらってからの投げだしが異常なまでに早いクイックスロー。速度は愁斗よりも劣っているが、葵木の決定力はこのチームの強みだ。


「どんなもんじゃい!」


 スコアは一つリード。これで終わってくれれば、それが理想的だが、ここは決勝。そんなことはあり得ない。


「ここから逆転だ!」


 内野の前線に立っていた男子生徒がそう叫ぶ。すると、三年生チームは見るからに活気づき、パスや攻撃がその鋭さを増すこととなった。


 いくら何でも、それを舞代一人で守り切ることは出来ず、気付けば自チームの内野は僕と舞代、そして愁斗の三人だけとなってしまっていた。


「はぁ、はぁ。こりゃ…………まずいな」


 善戦はしていたものの、愁斗もどうやらかなり体力を使ってしまっているようで、動きにキレがなくなってしまっている。そんな状態で激しい攻撃の中心に置かれてしまえば、流石に耐え抜くことは出来なかった。


「わりぃ、当たった」


 ボールを僕に託して、愁斗は外野へと出ていく。これで内野は僕と舞代の二人だけとなった。


 ボールを持つ。あー、そう言えば逃げることに必死でまだ一度も決勝でボールを触っていなかったか。



「灯っ! 頑張れ」

「灯っ!」



 二つ、声援が聞こえる。それが愁斗と葵木の者だということはすぐに分かった。情熱が伝わると言えば、スポ根みたいで変だけど、何だかそんな感じがする。けど、別に嫌じゃない。



「頑張って…………灯君!」



 ボールを掴み、そして投げる動作に入る。もちろん、僕には愁斗のような剛速球は無理だ。だから、それっぽく見せる。


 振りかぶり、一気に放つ…………と、見せ掛けて僕は外野のサイドにいた愁斗にパスを渡す。もちろん、視線は敵に固定である。


「…………ナイスパス、灯!」


 完全に反応が遅れた敵チームに対して、愁斗はすぐさまボールをリリース。内野のダブルアウトを誘発した。


「くっ、くそっ!」


 敵チームの反撃で外野から激しい攻撃。だが、舞代の防御に内野の数は減らない。


「よし! 葵木、パス!」


 舞代からボールを受け取り今度は葵木にノールックパス。ボールの先には待ってましたと言わんばかりに準備万端の葵木がいた。


「本気出すのが遅いっての…………バカ」


 ピィィィィィィィィィィィィイイイイイイイイイ!


 内野で舞代が守り、僕がパスを回し、外野で愁斗と葵木が相手を削る。それを続けること数分。ついに試合終了の鐘が鳴り、結果は残り人数が二対一で僕達のクラスが勝利、即ち優勝したのである。


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 直後、両チームに巻き起こる歓声が体育館いっぱいに響いた。


「やったね! 灯っ」


 よほど嬉しかったのだろう、葵木に後ろから飛び付かれた。背中の辺りに柔らかい何かが密着してかなり恥ずかしいのだが、本人が気にしていないのだからもうどうしようもない。ただ、純粋に嬉しさを分かち合いたいだけなのだろう。


「あー、ちょっと。そう言うのは場所を考えてやってもらえると……………………」

 キャッキャ、キャッキャと騒ぐその姿を見兼ねたのか、運営側の生徒が呆れた様子で僕たちに駆け寄り、そう伝えた。


「…………あっ、はい」


 恥ずかしくなったのか、葵木はサクランボみたく顔を真っ赤にさせて僕から離れた。

「かっ、帰ろっか灯………………それに皆も」


 結局、凍り付いたこの場は運営側の注意と、僕達のクラスの退場によって収まり、結果としてはドッジボール部門優勝ということで球技大会は幕を閉じた。

 なお、この後めちゃくちゃクラスメイトの話題に僕と葵木、そしてなぜか舞代のことが上げられることとなったらしい。



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