第19話 風邪のクリスマスはドキドキ
二学期の終わり、告白の覗き(合法)、そして舞代の追憶と、イベントとしてみれば数日分の密度を持った一日はまるで嵐のようなスピードで駆け抜けていった。
翌日
「へっくしょい! …………くしょい?! こりゃやばいな」
エアコンの効いた暖かな自室、僕はベッドからほとんど動けずにいた。しかも、これがまた、金縛りや足が吊るといった一時的なものではなく、ただ身体を強烈なだるさが襲っているのだ。
だるい、クラクラする。額に手を当ててみれば少し冷たい感触の後に熱を感じる。心なしか喉も痛いし、咳も多い。
うん、十中八九これは風邪だ。
原因に関してはもう、心当たりがありすぎて逆に風邪であることを否定する方が難しいレベル。吹雪の真ん中にあった埠頭の寒さを思い出すと、かなりの寒気がしてきた。
「取り敢えず、まずは連絡しよ」
体内に残った僅かな元気でベッドの傍、椅子に置かれたスマホを手に取る。
開いたメッセージアプリから僕がメッセージを送ったのは隣の部屋で今も受験勉強に励む妹、
意外にも、メッセージは数十秒ほどで既読が付き『了解』の二文字が帰ってきた。
「よし、取り敢えず、これで大丈夫かな」
中三、一度しかない受験だ。しかも、本当にもうそろそろ本番だからな。流石に、苺には移せない。というか、移す気もない。
「どうしよう……………………」
だるい、きつい、動きたくない。その三拍子は揃っていたものの、僕は渾身の力を振り絞り、冷却シートと体温計を取った。
あぁ、冷たい。冷却シートを額に張った直後の感触が何だかきつい自分を安心させるかのように、落ち着かせてくれる。
「さて、体温は…………」
ぴぴぴぴっ。電子音に呼ばれる。ちなみに、がっつり熱だった。
「何で今日なんだよ」
いや、どうせ関係ないか。僕には恋人なんていないし、意中の人も今はいないから。別に今日がクリスマスだからって、いつもと変わらない。
もはや、半分泣き寝入りという形で僕は再びその意識を手放した。
ブーブブ、ブーブブ
次に僕が目を覚ましたのは、風邪だと分かってから三時間ほど経った頃だった。恐らく、メッセージの通知音がしなければ、僕は昼が過ぎるまで寝ていただろう。
もうぬるくなってしまった冷却シートを張り替え、横になりながらメッセージアプリを開く。
てっきり、苺からの連絡かと思ったが、新着のところには二人の人物のメッセージが表示されていた。
葵木
『結局、昨日は大丈夫だった? 六花に訊いたら大丈夫って言ってたけど、灯にも確認したくて…………』
舞代
『昨日は本当にありがとう。その、体調は大丈夫? 私、心配で』
まさか、わざわざ昨日のことで連絡してくれるとは。本当にいい友達を持ったと思う。
何様か分からなくなりそうな心の声に一瞬だけ耳を貸して、僕は二人の現状報告のメッセージを送った。
数秒後、葵木が既読。からの、即返信の通知が鳴った。
葵木
『ちょっ、大変じゃん! もしかして、看病する人いないんじゃない? 私、今日暇だからそっち行く!』
それから、十五分くらい経った頃だろうか、舞代の方も既読が付き、これまたすぐに返信の通知。
舞代
『ごめんなさい! きっと私のせいだよね。本当にごめんなさい。今からすぐに準備して灯君の家に行くね。今日一日看病させて!』
この人たち、会話のキャッチボールって知ってるのかな。
明らかに僕の解答を待たずして、放たれたと思われる返信が二件連続で訪れると、流石にこんな状態の僕でも不安になる。
もう、これ断れないよな。
仕方ない、そう覚悟を決めたその時だった。
ピンポーン、とインターホンの音が鳴る。恐らく、来客は僕の予想を裏切らないだろう。
ダル重な身体を頑張って起こし、僕はマスクを着けて家の扉を開けた。
「灯っ、大丈夫?!」
「灯君っ!」
家の中に飛び込んでしまいそうなほどの勢いで、玄関に入ってきたのは葵木と舞代の二人。どうして、二人でいるのかというのは…………もう面倒だから訊かないことにしよう。
「いっ、いらっしゃい」
もう断る気力も、追い返す気力もない僕は出来る限り平静を装った声で二人の美少女を家の中に入れることとなった。
僕の家に入ってからの二人の行動は実に早かった。
あらかじめ買ってきておいたのであろうスポーツドリンクと紙コップそしてストローを用意する舞代。対して、葵木は冷却シートの替えと、濡れたタオルを用意してくれた。
「ちなみに、二人はどうしてここに?」
先ほどまで寝ていたのが功を奏したのか、少しだけ楽になった身体を濡れたタオルで拭いた後、再度部屋に入ってきた二人にそう訊いてみる。
「どうして、って。メッセージで送った通りだけど」
「私も、ただただ灯君が心配で…………」
訊くまでもないと言わんばかりに言う二人。もう、反応が取りづらい他ない。
「そっか…………」
えっ、今日クリスマスだよ。昨日まで半分人間不信みたいだった舞代はともかく、葵木は一緒にいる相手くらいはいるだろうに…………
「別に気にしなくていいよ…………私、彼氏とかいないから」
顔に出ていたのだろうか。なぜか、葵木は僕の心を見透かしているともとれる一言を突き刺してくる。
「そうなのか……………………」
「まっ、そんな話、今はどうでもいいけどね。取り敢えず、灯は寝てて」
「あぁ、色々ありがと葵木。それに、舞代も丁度スポドリ切らしてたから、凄い助かったよ」
まぁ、折角僕のことを心配して来てくれたんだ。しかも、わざわざ看病までしてくれて…………こんなにもありがたいことなんてそう滅多にあるものじゃない。ここは素直に甘えようじゃないか。
眠ってしまおう、そう思ってゆっくりと瞳を閉じる。何も考えず、ただ意識を手放すように。
普段であれば、これですぐに眠りの世界へと誘われるのだが、今日に限ってそれが起きなかった。
「…………寝れないなぁ」
そりゃ、そうだろうよ。だってベットのすぐそばに友達とは言え、客観的に見ても圧倒的な美少女が二人もいるんだから。緊張でレム睡眠すらできやしない。
「ごめん、ちょっと寝すぎたみたいであんまり眠くないかも…………」
「そっか…………あっ、灯君、お腹空いてない?」
このアングルじゃどうしようもないけど、舞代若干上目遣いなんだよなぁ
明らかに本人は無意識だろうが、その瞳には期待という名の星々が輝いている。ちらりと、隣に座る葵木を見るが、彼女も似たり寄ったり。
「えっと、まぁ空いてるかなぁ」
そう、言葉にしてから自分の身体に問い掛ける。数秒後、幾度かの思考を経て体の方からも安全信号が点灯した。
「あの…………もしよければ私に作らせてくれない?」
少しだけ恥ずかしそうに、舞代は声量控えめでそう提案した。
「じゃあ、お願いしようかな」
「うん!」
舞代はそう言うと、どこか機嫌良く部屋を後にした。
「私も、六花のこと手伝うよ。おかゆで良い?」
「あぁ、お願いするよ。ありがとな、葵木」
「お安い御用っての……………………灯のためなら頑張れるから」
葵木は少しだけ恥ずかしそうに目を逸らすと、そのまま舞代を追い掛けていった。ちょっとだけぼぅーとしていたからか、小声で言った最後の方は聞き取れなかったが。何と言ったのだろうか。
「まっ、いっか」
ベッドに向かって仰向けで寝転がる。まだ、若干身体が熱いが、朝よりは明らかによくなっている気がする。しかも、何だかお腹も空いてきた。それもこれも、葵木と舞代が看病してくれたおかげなのだろう。
再び、彼女たちが戻ってくるまでの間、僕は真っ白な部屋の天井を眺めながら、二人の作るおかゆをイメージしてみるのだった。
「お待たせ、昆布がゆ作ってきたよ」
十五分くらい、経ったか。部屋に戻ってきた舞代が持ってきたのは昆布がゆだった。
「うおっ、美味しそう…………」
ほくほくと湧き上がる湯気が更に僕の食欲を煽る。しかも、おかゆの中だと昆布が一番好きだからか、余計にそう感じてしまう。
「私と七科ちゃんで作ったんだ」
「そういや、葵木は?」
「七科ちゃんなら、道具を片付けてくれてるよ」
わざわざ、片付けまで。本当に助かるよ、葵木。
「ささっ、冷めないうちに召し上がれ」
「あぁ、いただきます」
吐息で米を冷まして、パクリと一口。瞬間、昆布の塩辛さを纏った柔らかな米が僕の喉を通り越して行った。控えめに言っても、自分で作ったときの五倍くらいは美味である。
「どうかな…………?」
舞代が不安そうな顔をして訊ねてくる。僕は、今の味覚をそのままに、感想を伝えた。
「めちゃくちゃ美味い」
「本当に?! 良かったぁ」
明らかに強張っていた表情が崩されて、めちゃくちゃ警戒感のない表情がその姿を覗かせる。その可愛さはもう言うまでもないだろう。
「お待たせ…………って結構しっかり食べてるじゃん」
しばらくすると、洗い物を終えた葵木が帰ってきた。
「葵木、洗い物ありがとう。めっちゃ助かる」
「別にいいって、それくらい」
「七科ちゃん、おかゆ美味しかった、って」
舞代がそう言ってニコッと笑いかける。一瞬だけだったが、明らかに葵木は不意を突かれたようで、その表情を真っ赤に染めていた。
「っ…………そう、なら良かった」
それにしても、二人の作った昆布がゆ…………本当に美味しいな。
「ふぅ、ごちそうさま」
どうやら食欲は低下していなかったようで、器いっぱいに盛られていたおかゆはあっという間になくなってしまった。
「お粗末様でした…………っと、もうこんな時間か」
時計を見てみると時刻はもうすでに六時を過ぎようとしていた。
「葵木、帰りの電車大丈夫なのか?」
「うーん…………そろそろ、帰らないといけないかも」
「だったら無理しなくてもいいよ。僕の方は大分調子良くなってきたし、あんまり長いしたら風邪映るかもしれないからさ。あっ、舞代もね」
流石に、わざわざ看病してもらった分際で長居してくれなんて頼めるわけもない。というか、言葉通り、風邪でも移したら申し訳なさでいっぱいになってしまう。
「オッケー」
「うん、分かった」
少しばかり残念な表情をしたようにも見えたが、どうやら二人とも納得してくれたようだ。
「あっ、帰る前にちょっとトイレ貸してもらってもいい?」
「ん、あぁ。いいけど。葵木、場所分かるのか?」
「この前来た時も借りたからね」
そう言えば、つい最近ここで勉強会をしたばかりだったことを忘れていた。無論、その日に関しては学校をサボったということも。
「灯君…………」
葵木がトイレに立ったため、二人きりの空間と化した自室。最初に言葉を紡いだのは舞代だった。
「どした?」
「体調は…………どう?」
「朝よりは全然いいよ。明日か明後日には完全復帰できそう」
「そっか…………」
どこか、舞代の表情は浮ついてしまっている。それに気のせいかもしれないけど、どこか恥じらいの色がその表情に見える。
「うん」
その理由が分からなかったのはほんの数秒だけだった。
「じゃあさ……………………もし灯君が元気になったら」
「私と、遊びに行こ?」
一瞬何を言っているのか、分からなかった。いや、今もあんまりよく分かってないけど。
「っ…………?!」
思考が、現状についていけていない。聞き慣れない衝撃ワードに僕は喜びよりも先に驚愕してしまった。
「駄目…………かな?」
まるで弱々しくも儚い小動物のように目を潤ませながら僕を見つめるのは舞代の瞳。それは、反則だろ。その一言を声に出そうとするものならそれこそファウルである。もちろん否定することも同義だ。そう、内心が強く宣言した。
「全然、そんなことないよ! 元気になったら行こう!」
「っ…………本当?」
「本当、本当。言質取れたと思ってくれていい」
「分かった…………じゃあ楽しみにしてるね!」
それからしばらくして、お手洗いを終えた葵木が戻ってきたこともあって、二人は帰宅した。
僕はと言えば、もう先ほどの舞代の言葉が頭から離れず、この後は寝るまでどこかう上の空であった。
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