第18話 蒼色の過去
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『…………あのさ、ちょっといい?』
彼、佐倉灯君と私、葵木七科が初めて会話したのは高校の入学式が終わって一か月くらい経った頃、たまたま席替えで隣になった直後だった。
もう、大分新しいクラスの中でもグループあるいはコミュニティの基盤が形成される時期。そのせいか、入学式当初は当たり前の光景だった新しい人脈の形成が前触れもなく途絶え、グループ内での会話がその頻度を書き換えていた。もちろん、私自身もかなり活発なグループに所属していたから日常生活はほとんどその中で片付いてしまう。
だから、彼から声を掛けられたときは正直、困惑してしまった。
『佐倉君、何か用でもある?』
名前を忘れていなかったことに安堵しつつ、私は営業スマイルのような作り笑いを浮かべる。
正直、学校で人に話しかける時はいつもこれで対応している。それが勿論同じグループの仲であっても。おかげで、やりたくもない人気者の役職を背負う羽目になってしまっているが、わざわざ降りて評価を落とそうとも思わない。
とはいえ、人気者と言うのはあまりにも私には合わない立場だった。
ここ一週間くらい、ほとんど周りからの頼まれ事ばかり。学校での自由な時間なんてほぼないに等しい。
ほんとは、人から頼られるのあんまり好きじゃないんだけどな。
きっと、彼も私に頼み事だろう。いや、あるいは相談か。どちらにしても私にとってみれば、負担であることに間違いはない。
そんな浅はかな私の推論など知る由もなかった彼は私に言う。
『葵木さん、何かすげぇ無理してない?』
『えっ?!』
ホームルームの最中だというのに、思わず声を上げてしまった。
どうして、顔には出してないし、愚痴も言った記憶はないのに。
彼は、佐倉灯という男子生徒は見事に、私の内心状態を言い当ててしまった。
その日の放課後、私はすぐに灯を呼び出し、一緒に駅まで帰ろうと誘った。もちろん、ただの理由付けでしかないが。
『どうして、分かったの?』
校門を出て開口一番、私は彼に訊ねた。
『あぁ、この前見たからかな』
どうやら、灯は数日前、私が教室に入る前に溜息をついていたところを目撃していたらしい。それも二回も。
『…………そうだったかぁ』
いや、二回だぞ。いくらなんでもそれだけで気付くだろうか。いや、仮に気付いたとしても自信が湧くレベルの話ではないだろう。
『それはそうと、いいの? 僕なんかと一緒に帰ってるところ、見られたら困るんじゃない?』
『別にいいよ。私、電車通だから』
『電車で見たことないんだけど』
『逆方向だからじゃない?』
『そゆこと…………』
『それはそうと、まさか広めたりとかする気じゃないよね?』
『葵木さんが実は頼られて迷惑してるって?』
確認のつもりで言ったのだが、とんでもなく鋭い返答が灯からは帰ってきた。それまではオブラートに包んで隠していたがまさかここまでストレートに言ってしまうとは。
思えば、この時にはもう、私は彼に惹かれていたのかもしれない。
『そうそう』
本来ならば否定すれなり取り繕うなりすればいいものを私はあっさり彼の言い分を認めてしまっていた。
『何で?』
『何でって…………これは一応私にも非がある話よ?』
そうだ。自惚れなどではないが、これに関しては私がクラス内で人気になり過ぎたというのも原因の一つである。だから、一概に否定して彼らを傷付けるのは筋違いもいいところだ。
でも、所詮そんなの日和っているだけの逃げ言葉。結局は私も甘えているだけなのだろう。
『僕は葵木さんに、非があるとは思わないけどな』
ただそれを見透かしてか、それとも本心のままか、灯は私の非を認めようとはしなかった。
『だって、別に人から好かれようとして好かれてるわけじゃないし、期待してほしいなんて頼んでない。かと言って強引に現状を変えようとしたって、得より損の方が大きいだろうし。それって葵木さんのせいじゃないと思うけどね』
『それは……………………』
『まっ、その辺人間関係で折り合い付けなきゃいけないよな。うん。どうせ暇だから、僕が出来ることなら手伝うよ!』
どうして、そんなにもあなたは優しいのだろう。
ずっと、周りから期待されて。本当はそんなの求めていないなんて言えなくて、自分に非があるって、認めてつまらない日常に浸っていた。
そんな逃げて、逃げてで、保身ばかりの私に否定ではなく肯定で向き合ってくれている。
『まっ、まぁ葵木さんが嫌じゃなかったらだけど、どうする?』
思い返せば、この日から私の日常は始まったんだ。いや、日常だけじゃない、この気持ちだって芽生えたのはこの日からだ。
『お願い…………する』
『そうこなくっちゃ! これからよろしく、葵木!』
『うん、よろしくね! 灯っ!』
これが、私と灯の出会い。思い返せば、何ともロマンチックなシュチュエーションで私たちは知り合っていた。
きっと、この気持ちに嘘はない。
だから、いつか打ち明けよう。
そんな計画と共に私の頭の中では灯とそういう関係になるシュチュエーションが絶えず想像されていた。
今日、この日までは。
「舞代六花さん、僕は君のために頑張りたい!」
駅で、六花のことを追い掛けていった灯を追って、私も電車乗った。そして、吹雪きで道に迷いながらも、埠頭に佇む六花と灯の姿を見つけた。
風と雪が唸る音で大半の声は良く聴こえなかったけど、私の耳はその一言だけは聞き逃すことをしなかった。
「……………………えっ?」
言葉の意味が分からないまま、ポツンと零れた声は天の音で掻き消される。信じたくなくて、認めたくなくて、私は空耳を疑った。
が、そんな私の期待は一瞬のうちに崩れ去る。
六花が涙を流しながら灯に抱き着いていた。さっきまで泣いていたはずなのに、どうしてか彼女の表情は今まで見た中で一番活き活きとしていて、可愛さと儚さがとてつもなく強調されていた。
でも、それ以上に私の中でショックだったのは灯が六花の抱擁を拒まなかったことだろう。決して強く抱きしめているわけではないが、離そうともしてはいない。
「…………どうして?」
到底受け入れられなかった。
そこは、私の場所だったはずなのに。
私は灯のこと、大好きなのに…………………………………………
長い抱擁が終わって、お互い恥ずかしそうに距離を取る。けど、二人ともその表情は実に爽やかなもので、曇りの一つだってない。
じゃあ、今の私はどうだろうか。取り乱した友達を救った男の子と救われた女の子がハッピーエンド。物語としては満点だろう。でも、
あぁ、そうか。
私は、灯が好きだから、六花に嫉妬してしまっているんだ。
遠くもどかしい二人の背中を眺めながら、私は強く、その拳を握り締めた。
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